現在、アメリカ・テキサス州ヒューストン(より正確にいいますと、ヒューストンのちょっと北にある街、ザ・ウッドランズ=The Woodlands)で開催されている第46回月・惑星科学会議(LPSC)において、NASAが現在実施及び計画している月・惑星探査についての状況及び将来構想が発表されました。

LPSCでは、学会初日の月曜日の夕方、NASAの月・惑星探査の担当者が、出席者(ほとんどが科学者)に対してNASAの月・惑星探査計画の現状と将来計画を説明する特別セッション、通称「NASAナイト」が開催されます。今年も、NASAの惑星科学部門長のジム・グリーン氏をはじめとする月・惑星探査の担当者が、多くの出席者を前に発表を行いました。さらに発表後は会場の出席者からの質問を受け付けるという形で、大規模ではあっても打ちとけた形のセッションとなりました。

現在進行中の探査については、今年はやはり、準惑星ケレスの探査が開始されたドーン、そして史上はじめて冥王星フライバイを行うニューホライズンズがメインとなりますが、その一方、これまで7年間にわたり水星を探査してきたメッセンジャーが、この4月にもミッションを終えて水星に衝突するということも発表されました。
ドーン及びニューホライズンズについては、一般へのアウトリーチ活動(広報活動)が重要であるとも言及されました。

NASAの惑星探査予算については、2015年度(2014年10月〜2015年9月)については14億3800万ドル(日本円で約1743億円)と発表されました。こちらは当初の予算案よりも増額されたということで、この点が発表されると会場から大きな拍手が起こっていました。
拙著『惑星探査入門』でもご紹介していましたが、NASA、さらにはアメリカ政府の予算減少により、アメリカの月・惑星探査予算は2012年から減ってきました。実際、2015年度も前年より減少はしているのですが、この減少は2016年が「底」となり、それ以降は増額となることが発表されました。以前は2013年度予算以降、5年連続での大幅減少となっていましたので、この方針変更はNASAの月・惑星探査においても大きな前進を生むことになるでしょう。

昨年度の予算教書に登場し一躍注目を浴びた、木星の衛星エウロパの探査計画については、会場の関心も高いようでした。現在、基礎的な計画策定が実施されているようです。
この5月には機器選定が行われ、予算年で2016年(2015年10月〜2016年9月)には計画が具体化されてくるようです。すでに2月18日には、宇宙生物学者を迎えた探査機器についてのワークショップが実施され、(ひょっとしたら存在するかもしれない)生命探査についての議論が行われたとのことです。
また、外惑星、さらにはより遠いところを探査するための重要なエネルギー源となる原子力電池については、次世代の原子力電池の開発を進めることが明記されました。

2016年の月・惑星探査はかなり賑やかなことになるでしょう。2011年に打ち上げられた木星探査機「ジュノー」が木星に到着します。また、火星探査については、火星地下探査機(着陸機)「インサイト」の打ち上げが予定されています。小惑星探査の「オサイレス・レックス」も2016年打ち上げです。
その一方、長年にわたり探査を実施してきた月探査「ルナー・リコネサンス・オービター」(LRO)及び火星ローバー「オポチュニティ」については、2016年が予算の最終年度になると発表されました。この2つの探査についてはこの夏に予算の再評価が実施されることになるそうです。なんとかこれにより、限られた形でも構わないので継続が決まって欲しいと思います。
また、現在土星を探査しているカッシーニについては2017年度以降の延長は予定されておらず、「グランド・フィナーレ・ミッション」を行う計画であることも発表されました。

火星探査については、2016年の「インサイト」に加え、NASAが一部機器を提供しているエクソマーズ計画の打ち上げ(ヨーロッパ及びロシアの共同探査)があります。2016年はエクソマーズの周回機、2018年はローバーが打ち上げられます。2020年にはNASA独自のローバー打ち上げ(仮の名前として「マーズ2020」と呼ばれています)が計画されています。

国際協力については、ヨーロッパ(ESA: ヨーロッパ宇宙機関)、インド(ISRO: インド宇宙機関)そして日本(JAXA)の3つについて言及されました。
ESAについては、すでに彗星探査機ロゼッタ、水星探査機ベピ・コロンボ、木星探査機ジュース、火星探査機マーズ・エクスプレスでの協力関係が確立しています。これに加え、エクソマーズ計画でも協力が実施されます。昨年9月には、ESAが実施する予定のM4クラス(Mはmedium=中規模の略で、中規模クラスの月・惑星探査)にNASAが協力する旨の覚書が締結されました。
ISROについては、すでに月探査機チャンドラヤーンに、鉱物観測装置M3が搭載されたという例があり、戦略的な協力関係の構築が進んでいます。2014年には火星探査についての覚書がNASA−ISRO間で締結されました。将来的な協力関係の強化がうたわれており、注目されるのは、今後インドが実施する(かも知れない)火星探査においてNASAがパートナーとして参加することがこの覚書で述べられているということです。インドは昨年秋に初の火星探査機「マンガルヤーン」を火星周回軌道に投入したばかりですが、NASAとしては能力を高く評価し、今後の協力関係を結んでいくことを決めたものと思います。
日本(JAXA)については、いうまでもなくまず「はやぶさ2」での協力関係があります。元々の「はやぶさ」でも協力関係を結んでいましたが、アメリカとしては「はやぶさ2」で回収されるサンプルのうち10パーセントを利用する権利があるということです。もちろん、多くのアメリカの科学者も「はやぶさ2」に参加しています。
さらに、12月に金星周回軌道再投入を目指す「あかつき」についても、通信の中継や技術的な面での協力などを行うことが報告されました。

以上、お気づきかも知れませんが、国際関係の中で、中国およびロシアがすっぽりと抜け落ちているという点は非常に注目すべきでしょう。
中国は月探査を系統的に進めており、2013年冬には28年ぶりの月着陸を行うなど、技術的にも高度な能力を備えるに至りました。ロシアは2000年代には月・惑星探査分野ではぱっとしませんでしたが、最近では月探査計画を再始動するなど、再びこの分野へ参入する準備を整えています。中国とロシアとの協力関係が言及されなかったのが「たまたま」なのか、あるいはアメリカの宇宙戦略と絡むものなのか、今後注目していく必要があるでしょう。

小規模惑星探査計画シリーズであるディスカバリー計画、遠方の探査を重点とした中規模探査シリーズであるニューフロンティア計画についての今後の方針も発表されまいた。ニューフロンティア計画については2016年9月(これはアメリカの2015年度の最終月にあたります)に新しい探査計画公募(AO)が出るとのことです。すでに彗星からのサンプルリターンなどいくつかの計画が動き出しているようです。

全体にみて、大幅な予算削減が発表され、科学者の間で不満が噴出して大紛糾した2012年のNASAナイトに比べ、全体に和やかな雰囲気で進行していたことが私(編集長)にとっては印象的でした。質問も比較的個別の内容が多く、NASAに対して強く要求するというものはほとんどありませんでした。
特に、2016年の探査が「賑やか」になるということは、惑星科学者にとっても安心すべき材料なのかも知れません。

ただ、来年は大統領選挙の年でもあります。新しい大統領、さらにその大統領が策定する新しい(?)宇宙開発政策方針によっては、アメリカの月・惑星探査計画も大幅な変更が行われるかも知れません。
こういった形でNASAの責任者が科学者を尊重して直接説明する機会があるというのは、非常に重要なことと思います。JAXA責任者が重要な学会で自身の探査計画を説明する機会があるという話は聞いたことがありません。そして科学者から要望された内容が議論され、場合によっては計画に反映されていくという点も重要です。日本の月・惑星探査も諸外国から注目される(NASAもはっきりとこの分野における重要なパートナーであることを認識しています)時代になった以上、一般の人はもちろん、科学者への説明と、彼らからの情報のインプットをしっかり行うことが重要かと思います。