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金星探査機「あかつき」のはじめての観測データセットが公開される

まさに奇跡の「逆転ホームラン」で、一度は投入に失敗した金星周回軌道に5年越しで再投入を果たした金星探査機「あかつき」。昨年(2016年)4月から本格的な科学観測を実施し、多くのデータが得られています。
このほど(7月11日)、「あかつき」の科学観測データが、ミッションを実行するJAXA宇宙科学研究所からはじめて公開されました。基本的には研究者向けですが、一般の方もダウンロードすることはできます。

「あかつき」科学データアーカイブのトップページ

「あかつき」科学データアーカイブのトップページ(クリックすると直接そのページヘジャンプします)

宇宙科学研究所は、科学探査を行っています。そして、そのような科学データは原則としてある一定期間後に無償で全世界に公開されます。これは世界的な慣例でもあり、NASAなどでも同じように探査データは無償で公開されています。
宇宙科学研究所では、DARTS(ダーツ)(Data ARchives and Transmission System)というサイトで科学データが公開されています。宇宙科学研究所が打ち上げた科学衛星のほぼすべてのデータがここで公開されています。天文衛星や月・惑星探査衛星のデータはここで公開されており、例えば月周回衛星「かぐや」や小惑星探査機「はやぶさ」のデータもここからダウンロードできます。
ただ、データは科学者が使用することが前提になっているため、そのためのフォーマットや形式で公開されています。そのため、データを実際に使用する(例えば、画像データを実際にご自身のパソコンなどでご覧になる)には、対応するソフトウェアなどが必要になります。

今回公開された「あかつき」データは、電波科学観測(RS)も含む全ての観測データです。
データの形式は、NASAが提唱する科学データ公開形式「PDS」(Planetary Data System)に準拠したものです。NASAが加わっているかどうかは別として、最近の探査データはこのPDS形式で公開されることが多くなっています。

なお、各観測機器のデータは、雷・大気光カメラ(LAC)を除いて画像データの形で公開されています。この画像データはFITSという、天文分野などで一般的に使われるデータフォーマットで公開されていますので、対応するソフトウェアをお持ちであれば、皆様のダウンロードしてご覧いただくことは可能です。
FITSに対応するソフトウェアは無償で手に入るものも多いですが、一般的なものとしてはgimpなどがあります。
例えば、IR1 (1μmカメラ)の2016年3月26日撮影の画像(データ名: ir1_20160326_120350_097_l1b_v10)という画像をダウンロードし、gimpで開きますと、このような金星の姿が現れます(Ubuntu 16.04に付属のgimpを使用)。

「あかつき」観測画像の一例

「あかつき」観測画像の一例(ir1_20160326_120350_097_l1b_v10) (© JAXA)

ただ、すべてのデータがきれいというわけではなく、中にはこのようなものもあります。報道向けにきれいなものが選択されているわけではなく、取得されたデータすべてが公開されているため、このようなものも含まれています。

「あかつき」観測画像の一例

「あかつき」観測画像の一例(ir1_20160326_080351_097_l1b_v10) (© JAXA)

今回公開されたデータについては「ピアレビュー前」、つまり研究者の正式なレビューなどを経る前の公開ということになっています。そのため、仕様に関しては自己責任で行うように、という注意書きがあります。ただし、論文を書いたり解析をしたりするのではなく、「あかつき」が撮影した金星の姿を見てみたい、というのであれば、問題なく使用可能です。

「あかつき」に限らず、多くの科学衛星のデータが、DARTSを通して公開されています。使いこなすにはかなりの手間と時間がかかりますが、皆さんでもこのように、ネットワークとパソコンさえあれば自由にデータを入手・閲覧し、解析することも可能です。もし「我こそは!」という方は、ぜひ挑戦されてみてはいかがでしょう。

2017年7月18日(火)|Categories: あかつき|

日本、有人月探査計画に参入へ – 各社報道

昨日(6月28日付)に、大手メディア各社が、「日本が日本人宇宙飛行士を月へ送る」という記事を一斉に報じています。
そのリンクは記事最下段をご覧いただくとして、内容としましては、2025年以降に、日本人宇宙飛行士を月へ送り込むというものです。
ただし、その際に日本が独自の有人宇宙船の開発は行わず、国際共同で行われる(であろう)有人月面探査計画に日本も参入し、その枠組みの中で日本人宇宙飛行士を月へ送る、という形になっています。

今回の発表は、28日に開催された「日本の宇宙探査の方向性について話し合う文部科学省の委員会」(NHKによる)の中で発表されたものです。この委員会は、文部科学省の中にある科学技術・学術審議会の研究計画・評価分科会の下にある宇宙開発利用部会の「第20回国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会」です(大変長いですが、官公庁では委員会がこのくらいの階層構造になっていることは珍しくありません)。内閣府の宇宙政策委員会とは別に動いている模様です。

本委員会の資料はまだ公開されていないため詳細は不明ですが、各種報道を総合すると、「日本人の月への道」は次のようになります。

  • 2019年に打ち上げ予定の「スリム」(SLIM)探査機の技術を活用し、月面における有人移動技術などの開発を目指す。
  • 水や空気の浄化、宇宙船防護技術などを確立し、各国基地へ提供
  • 2025年以降(一部報道では2030年)をめどに日本人宇宙飛行士を月へ送る。

まだかなり荒削りな案ですが、今後このあたりは詳細化されていくでしょう。

さて、今回一種唐突に出てきた感がある「日本人を月へ送る」案ですが、この内容を理解するキーワードが2つあります。「ポストISS」と「ISEF2」です。

「ポストISS」とは、国際宇宙ステーション(ISS)の運用が終了したあと、国際的に実施される宇宙探査計画のことです。「ポスト」は「〜の後」という意味ですから、ストレートに訳すと「ISSのあと」という意味です。
ISSは2024年までは各国が資金を拠出して運営することが決まっています。しかし、その後の運営についてはまだ何も決まっていません。一部では民間譲渡などのプランも出ていますが、この時点でかなり老朽化しているであろうISSをこれ以上維持するのかどうかについては各国の意見はかなり分かれているようで、少なくとも現在のようなモデルで2024年以降もISSが維持されるかどうかはわかりません。

そんな中で、国際的にISSのあとどこを探査すべきなのか、という議論が盛んに行われています。最終的な目標は有人火星探査になりそうなのですが、そのためのステップとして有人月面基地を構築するという案はかなり有力視されています。
こういった国際共同の探査計画は、各国の宇宙機関が加入するISECG(国際宇宙探査協働グループ)の中で議論されています。このグループは宇宙機関がメンバーということで、もちろん、日本のJAXAもメンバーです。
この議論の枠組みの中で、日本が協力し、かつ日本の存在感を示すことができるミッションが、今回提示された「日本人を月へ送る」構想なのです。2025年以降となっているのは、ISSのミッション終了後ということが前提になっているからです。

もう1つのISEF2ですが、これは来年日本で開催される、宇宙探査に関する大規模国際会議です。
ISEF2は日本語名では「第2回国際宇宙探査フォーラム」となっており、文部科学省によると、2018年3月3日(土)から東京都内で開催されるとのことです。これは先ほどのISECGの関係者が一同に集い、将来の国際共同宇宙探査について検討する場となります。もちろん、日本で開催されるのははじめてです。
このような場で、(おそらくは)議長国である(になる)日本が存在感ある提案を示せる、あるいは国際的に受け入れられるポストISSミッションの提案をしていく中で、「有人月探査」という解が出てきたものと思われます。

各紙記事にもありましたが、現時点で日本はこの計画に際し、新たな有人宇宙船の開発を行わない予定となっています。この方針は、日本が独自の有人宇宙船開発を行わず、アメリカのスペースシャトルに宇宙飛行士を搭乗させる形で進めた1990〜2000年代の宇宙開発を踏襲したものと考えられます。
しかし、この方針は、途中でスペースシャトルの事故によって(つまり、外的要因によって)大きく狂わされた上に、最終的にはスペースシャトルの引退という事態になり、現在ではロシアの宇宙船による飛行という形を取らざるを得なくなっています。つまり、乗り物を相手に頼ると、相手の都合で計画が振り回されることが多いということになるわけです。
その意味で、いずれ、あるいはこのタイミングで国内でも有人宇宙船を開発すべきではないかという議論が出てくることは予想されます。

実は、JAXAには以前から有人月探査の構想がありました。
JAXAが2005年に公表した「JAXA長期ビジョン」は、20年先、すなわち2025年までにJAXAが行うべきことを指し示したものです。
この中には、「月の探査と利用」という一項が設けられ、次のように書かれています(26ページ)。

【背景と目的】

我が国は、月探査に関しては従来より月探査技術の取得を進めており、地球に最も近い天体である月への探査を、地球外天体へ人類の活動領域を拡大する第一歩と位置づけ、月がどのようなものであり、どのように利用できるかを知るため、1998年に世界に先駆けて月面の詳細観測を行う月周回衛星(SELENE)計画に着手した。

国際的に月の本格的な探査が行われようとしている状況において、これまで培ってきた実績と技術を活かし、月を探査し、利用の可能性を探っていくことは、我が国にとって以下のような大きな意味を持つ。

  • 人類のフロンティア拡大への貢献
    フロンティアの拡大は、人類に新たな知見、技術、生存圏の獲得をもたらす。地球周回軌道につづく次なるフロンティアは月あるいは月以遠と目されており、月の探査と利用への展開に向けた取組みは、月のみならず、将来の太陽系探査にも活用できうるものとなる。
  • 先端技術への挑戦による国際的地位の確保
    月探査において先端技術に挑戦し成果を上げることが、科学技術創造立国を掲げる我が国の国際社会における地位の確保に不可欠である。これにより、産業界の技術力の強化を図るとともに、次世代の新しい宇宙利用や発展の可能性を広げることとなる。
  • 月の起源・進化の解明と応用月は地球型惑星のもつ内部成層構造、惑星の原材料物質、初期進化の過程、衝突クレータなどに代表される惑星の表層進化年代や惑星地質などを知るうえで最適な天体であり、太陽系探査の一部となる。これらの科学的知見は月の利用可能性を探査するうえでの先導的役割を担う。
JAXA長期ビジョンにおける月探査のイメージ

JAXA長期ビジョン (JAXA2025) において示された有人月探査のイメージ。ここでは宇宙飛行士とロボットとが共同して探査を行うことがイメージされている。(© JAXA)

その後、アメリカにおける月探査計画(コンステレーション計画)の進展に伴い、日本でも有人月探査実施の雰囲気が高まり、2009年には内閣府に「月探査に関する懇談会」(以下「月探査懇談会」)が設置されます。ここでは有識者を交えて、将来のあるべき月探査の姿や国際協力などを探ることが進められました。
しかしその後、アメリカのコンステレーション計画は中止となり、その余波を受けた形で、月探査懇談会もいつの間にかなくなってしまいます。

また、無人探査についても、JAXA長期ビジョンに示されていたようにSELENE(セレーネ、のちの「かぐや」)が2007年に打ち上げられ、日本が大きな存在感を示すことにはなったのですが、その後の計画では他国に大きく水を開けられることになってしまいました。日本と1ヶ月違いで周回衛星を打ち上げた中国はその後、2013年に半世紀近くぶりの無人月着陸を実施、自らが「月探査第2段階」を開くことになりました。インドも2009年に「チャンドラヤーン1」を打ち上げ、来年(2018年第1四半期)にも着陸・ローバー探査機「チャンドラヤーン2」を打ち上げる予定です。日本は小さな無人探査機「スリム」を2019年に打ち上げるのがやっとという段階です。

多くの記事では、技術的な課題(その機関までに各種技術が開発できるのか)や予算面での課題(有人宇宙船を開発しないとしても膨大となる技術開発費)が指摘されていますが、それだけではなく、いままでの日本の(有人)月探査検討の歴史を踏まえた上で、日本としてどのような流れで有人月探査へと結びつけるのが適当なのか、他国の動向に対して日本としてどのように対応すべきなのかを早急に議論すべきではないかと思います。
月着陸計画が「かぐや」計画当時の1990年代後半から20年経ってようやく実現する(それも縮小した形で)というような状況の一方で、有人月探査を検討するというのは、海外からみてやや唐突な、あるいはアンバランスな提案ではないかとみられるかもしれません。

一方で、実は日本では将来の有人月探査をにらんだ技術開発は、細々とではありますが同じく1990年代後半から進められてきました。
例えば、月面は14日間の昼と14日間の夜があります。夜の間は太陽光が射さないため、月面はマイナス100度まで冷え、さらに太陽電池による発電もできなくなります。これを克服するため、昼間のうちに水を電気分解して水素と酸素に分け、夜間はその水素と酸素を結びつけて電力を得る「再生型燃料電池」というシステムがあります。燃料電池は熱も出すので、夜間保温にも最適です。このような技術検討は日本でもかなり進められています。
これらの技術開発をより加速し、世界に示せるようなやり方も必要かと思います。

また、もし有人月探査を実現するとなれば、現在の日本の月・惑星探査に関する枠組み(10年1回程度の中規模ミッション、数年1回程度の小規模ミッション)の枠が変更、ないしは廃止されることがないようにすべきです。このような基礎的な技術は体力となって有人月探査に貢献することになるわけですし、こういったミッションを通して若手技術者が育成されていけば、将来の有人火星探査にも日本が十分に貢献できることになります。間違っても日本の宇宙開発、あるいは月・惑星探査のリソースすべてを有人月探査に振り分ける、といったことをしてはなりません。

今後文部科学省、あるいは内閣府、宇宙政策委員会などでこの有人月探査構想についての検討が具体化してくると思います。政府の検討を見守るとともに、迅速な情報公開(宇宙政策委員会の資料は数ヶ月経ってネットにアップロードされるという現状で、また非公開で実施されています。このような状況は甚だ遺憾です)を強く希望します。

2017年6月29日(木)|Categories: スリム, 月探査 (ブログ)|

編集長(寺薗)執筆の宇宙資源に関する論考が雑誌『現代思想』7月号に掲載されました

編集長(寺薗)が執筆した宇宙資源に関する論考『宇宙資源探査の現状と課題 〜世界はいま、天からの恵みに目を向けている〜」が、雑誌『現代思想』の2017年7月号に掲載されました。

『現代思想』2017年7月号表紙今号の『現代思想」は、特集に「宇宙のフォロンティア」を掲げ、最先端の宇宙科学から、将来的な宇宙開発に必要となる宇宙倫理学までを網羅する、大変読み応えのある内容となっております。執筆メンバーも、私をはじめ、JAXA宇宙科学研究所の矢野創氏、東京大学の関根康人准教授、京都大学の磯部洋明准教授など若手メンバー、東京工業大学の井田茂教授や千葉工業大学の松井孝典教授などの重鎮までを網羅する、まさに今の日本の宇宙科学を代表する、そして将来の日本の宇宙科学の方向性を予想させるものとなっています。

私はこの中で、月及び小惑星から資源を採掘するという「宇宙資源採掘」について論考し、その世界と日本における現状、将来にわたる可能性と課題について述べています。なお、内容については、この「月探査情報ステーション」でお伝えし続けてきた内容も多数含まれており、そのまとめといっても差し支えないでしょう。
非常に濃い内容の1冊は私(寺薗)としてもおすすめです。皆様、書店で、インターネットで、ぜひお買い求めください。下に出版社とAmazon.co.jpへのリンクを貼っておきます。そして私のものを含め、記事をぜひお読みいただければと思います。

2017年6月28日(水)|Categories: お知らせ|

NASA、小惑星捕獲計画(アーム計画)を中止へ – space.comが報じる

以前から月探査情報ステーションが興味を持って追いかけてきた、NASAの小惑星探査フレームワーク「小惑星イニシアチブ」。その中でも大きな柱を占めていた、小惑星捕獲計画「アーム」(ARM: Asteroid Redirect Mission)が、正式に中止となる模様です。space.comが報じています。

小惑星表面で岩をつかむアーム探査機

小惑星表面で岩をつかみ、サンプル回収を試みるアーム探査機の想像図 (Photo: NASA)

この「アーム計画」は、地球近くにある小惑星(地球近傍小惑星)に無人探査機を送り込み、その表面の岩を捕獲すると共に、自身のエンジンで軌道を変更する実験を実施、捕獲した岩を地球-月付近の軌道へ送り込んだあと、地球から有人宇宙船で宇宙飛行士を送り込み、ドッキングして探査、一部サンプルを地球に持ち帰る、という計画です。
そもそもの計画はより大胆で、大きさ数メートル〜数十メートルサイズの小惑星をまるごと持ち帰る(!)というものでしたが、現在では上記のようなより「マイルドな」案に落ち着いています。アーム(ARM)の「R」が「Redirect」(軌道からそらす)となっているは、この当時の大胆な発想の名残りともいえます。

この小惑星イニシアチブ計画は、オバマ政権当時の2013年にNASAが提案したものですが、それ以降、このアーム計画については検討の遅延、技術上の困難(だからこそ中身が変更になったわけですが)、科学者からの批判などにさらされてきました。
この状況はアメリカ議会も感じ取ったようで、議会では「中止すべき」という意見が多数を占める状況となりました。さらに、2018会計年度(2017年10月〜2018年9月)のNASAの予算にこの「アーム計画」検討分が上程されていないことが明らかになるなど、計画は大きな試練を迎えている、というのが最近の状況でした。
実は編集長(寺薗)自身、知人から「どうもアームは中止になるらしい」という情報を複数受け取っておりましたので、今回の記事は「やっとオフィシャルになったか」という感想です。

今回の発表は、6月13日(アメリカ現地時間)に開催された「小天体アセスメントグループ」(SBAG)という団体の会合において、アーム計画の責任者であるミシェル・ゲーツ氏が明らかにしたものです。それによると、3月にはホワイトハウスより、ミッションを終了とすべきという予算に関する方向性が示され、それに従った形で4月のNASAの予算要求ではアーム計画を予算案に盛り込まない形としたとのことです。この4月の時点での情報は先のブログのタイミングとも合います。

ゲーツ氏は、「ミッション(アーム計画)は段階的な『店じまい段階』(closeout phase)にあり、今回の計画で得られた様々な技術的な進展は、今後他のミッションに活かしてく予定だ。」と述べています。
この「今回の計画で得られた様々な技術的な進展」がどのようなものなのかをゲーツ氏および記事は詳細に記していませんが、おそらくは、この無人探査機に向けて開発された太陽光を利用した電気推進計画(かなり強力な電気推進機構とのこと)、小天体への接近・離脱技術、小惑星(の一部)の捕獲技術(おそらくこれは、将来の小惑星資源採掘などにも活かせると思われます)などが考えられます。

議会からは歓迎の声が聞かれます。テキサス州選出の共和党議員で、下院の科学技術委員会の議長であるラマー・スミス議員は、8日に行われたこの委員会の下部委員会である宇宙科学省委員会の聴聞会のあと、「前政権の意向によるよろしくない発想に基づく計画が終了を迎えるのは歓迎すべきことである。今後その代わりに、より必要とされる他の技術が、他の計画のもと開発されることを望む。」と述べています。
ラマー議員の発言は、共和党議員ということ(さらにいえばテキサス選出)ということもあり、トランプ政権の意向が働いている可能性もあります。まだトランプ政権の宇宙政策の方向性は明確には打ち出されていませんが、共和党が伝統的に「月回帰」の傾向を持つことなどを考えると、(2000年代のブッシュ政権のように)「再び月へ」という政策を打ち出すかもしれません。「NASAはそのために働け」というやや高圧的なニュアンスさえ、上記の発言からは読み取れます。

一方、NASA側としては、上で述べたように、アーム計画で開発された技術を少しでも将来のために温存したいという考えのようです。NASAのロバート・ライトフット長官代行は(現時点でまだNASAの新長官は決まっていません)、同じく8日に開催された、下院の歳出委員会の下部委員会である商取引・司法・科学小委員会の聴聞会において、上で述べた太陽光電気推進技術は2020年早期に実現できる見通しであり、NASAが提案する、地球-月遷移軌道(地球-月間の軌道)に設置する「深宇宙ゲートウェイ」への輸送手段に使えると述べています。
NASAとしては、これまで膨大な資金をつぎ込んでアーム計画を検討してきただけでなく、アーム計画を有人火星探査構想の1ステップとしてまで位置づけてきただけに、ここで大胆な変更をされてしまっては、科学者・技術者の士気がそがれるだけではなく、すべての計画の見直しによりまた余計な費用と時間がかかってしまうという考え方なのでしょう。できる限り小規模な変更、あるいは既存技術の活用方法を探ることを考えているようにみえます。
「これ(深宇宙ゲートウェイ)は、我々がアーム計画のために開発してきた技術を使えばすぐにでも開発可能だ。さらには、商業的に利用するという方向性も考えられる。」(ライトフット長官代行)

なお、小惑星イニシアチブのもう1つの柱は、地球に危険を及ぼす小惑星を発見・監視するプログラム「小惑星グランドチャレンジ」です。こちらについては、その具体的な名前は出ていないものの、「有人探査の一側面として研究を続行する」(ゲーツ氏)とのことです。ひとまずこの点は安心です。

「アーム計画において開発してきた技術は、『アームだけで使える』というものではない。より広いミッションで使用できるようなものでなければ我々は開発はしないだろう。」と、アーム計画の研究者、ダン・マザネック氏は述べています。と同時に、彼が長年(といっても4年程度ですが)関わっていたアーム計画が中止になることに、当然ではあるにしても落胆と悲しみを述べています。
「私が知る限り、アーム計画は最良のミッションの1つだと思うし、ある意味夢のあるミッションだった。アーム計画はありとあらゆる異なる種類の考え方、異なる種類の概念を集めたものであった。いつか、何らかの形で、アーム計画が形を変えて復活してくれることを望みたい。私はいまでも、このミッションは素晴らしいものだと思っている。」(マザネック氏)
マザネック氏の言葉からは、政治に翻弄された現場の悔しさが伝わってきます。

そもそもアーム計画、というか小惑星イニシアチブは、その前に計画されていた月経由の有人火星探査計画(正確には有人火星探査を念頭に置いた有人月探査計画)『コンステレーション計画」の代わりとして出てきたものでした。コンステレーション計画が、やはり同様に予算超過とスケジュール遅延で、オバマ政権になってから中止され、その後立案されたものが小惑星イニシアチブだったわけです。
もちろん、アメリカの宇宙開発における究極の目標が有人火星探査であることにはここしばらく(少なくとも21世紀になってから)変化はありません。しかし、やってはダメで潰し、やってはダメで潰し、ということを繰り返しているうちに、アメリカの宇宙開発の体力全体が落ちてきてしまっているのではないか、という危惧を編集長(寺薗)としては抱いています。
それはまた、スペースXに代表される民間宇宙企業の勃興という形で現れているともいえますが、いくら民間セクターが頑張ったとしても、国家セクター部門に元気がなかったとすれば、いずれ足を引っ張る形になってしまうでしょう。
現に小惑星イニシアチブ計画の検討には小惑星資源採掘会社が加わっており、ある意味民間へお金を回し、民間宇宙企業を支えるもととなっていました。今後もしアーム計画がなくなり、これらの企業にお金が回らなかったとしたら、巨額の開発費を必要とする小惑星(宇宙)資源開発にも暗雲が垂れ込めることになります。いくらリスクを取る国、アメリカだからといって、やはり国という究極のバックがついていないものにはなかなか資金を呼び込めないと思います。

NASAはいまのところ公式にアーム計画の中止を宣言したという情報はないですし、そうするのかどうかもわかりません。ですが、アーム計画の(さらにいえば小惑星イニシアチブの)運命がほぼ決まったいま、そして共和党政権(トランプ政権)の先がみえない中で、アメリカの宇宙開発、とりわけ月・惑星探査がどのような方向へ向かうのか、注意深くみていかなければならないと思います。アメリカの宇宙政策は、同盟国である日本にも少なからぬ影響を与えるからです。

2017年6月17日(土)|Categories: 小惑星イニシアチブ|

嫦娥4号、月探査史上初の生物実験を実施へ

ここのところ情報が相次いでいる中国の月探査機「嫦娥」シリーズ。来年打ち上げられ、史上初の月の裏側への着陸を目指す嫦娥4号についてまた新しい情報が入ってきました。もう1つの史上初「月面での生物飼育実験」を行うとのことです。

人民日報が重慶晨報(Chongquing Morning Post.朝刊紙)の報道として伝えたところによりますと、嫦娥4号は植物の種と昆虫の卵が入ったコンテナが搭載されるということです。なお、この機器の開発者であるZhang Yuanxun氏によれば、植物はジャガイモとシロイヌナズナ(シロイヌナズナは遺伝子に関する実験などでよく用いられます)、昆虫はカイコとのことです。特殊なアルミニウム合金製のこのコンテナは、月面において植物や動物の成長過程を調べることを目的にしていると、人民日報は報じています。もちろんこのようなデータは、将来の有人基地における植物や動物の生育にも貴重なデータになることでしょう。

Zhang氏によれば、カイコは二酸化炭素を発生し、その二酸化炭素をジャガイモが光合成で吸収するという「ミニ地球」ができる可能性があるとのことですが、一方ではそのためのエネルギー源の供給や温度調整などが非常に大きな課題とのことです。また、特に月面は昼間は100度、日の当たらない夜間はマイナス100度まで冷えるという過酷な世界ですので、長期にわたるこのような生物実験では、この温度差から中を守る必要があります。
そのため、容器には特殊な断熱層が施され、また夜間などの日が当たらない状況に備えて光を発するパイプが装備されるそうです。こういった装置の駆動には強力なバッテリー(どのようなバッテリーか詳細は書いてありません)が使用されるとのことです。

機器開発には重慶大学をはじめとした国内28の大学が参加し、機器の長さは18センチメートル、重さは3キログラムとのことです。個人的には意外と大きな装置のように思います。

「ジャガイモ」といえば、昨年(2016年)に日本で公開された映画『オデッセイ』(原題: 『火星の人』)を思い出される方も多いのではないでしょうか。主人公が火星にひとりぼっちで取り残されながらも、身の回りのあらゆる材料でジャガイモを飼育し、それによって生き延びていくというストーリーは印象深いものでした。実際、火星の土(もちろん模擬の土ですが)を使ったジャガイモ飼育に成功したというニュースもあり、またジャガイモ自身がエネルギー価が高いこともありますので、将来実際に宇宙での食物栽培が行われるときに候補となる作物ではあると思います。
一方、カイコについても同様です。「カイコ(昆虫)を食べる」というと大変気持ち悪いイメージを持たれる方もいらっしゃるかと思いますが、実は、火星(や宇宙空間)における食物として、高栄養価のカイコはその筆頭といってもよい候補です。日本でもカイコを粉末にしてクッキーに混ぜるなど、食物としての利用が研究されており、将来の月面、あるいは火星滞在、さらにはその往復帰還の飛行などで、カイコを食料として利用することは大いにありうる話です。

今回の実験がそれらを念頭に置いたものなのかどうかはわかりませんが、選ばれたものがものだけに、将来的に中国が恒久的な月面基地、すなわち長期にわたって人が滞在する基地を作ることに非常に熱心に動き始めたのではないか、という予想がますます強く感じられます。

2017年6月16日(金)|Categories: 嫦娥4号|