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JAXA、2025年の大阪万博で火星探査機MMXによる火星からの生中継を検討 – 産経新聞

2025年に開催されることが決定した大阪万博で、火星探査機MMXからの生中継を放映する計画があると、産経新聞が報じています。
アポロ11号で月面着陸の生中継はありましたが、火星からの生中継はもちろん世界初です。また、無人の深宇宙探査機(月や火星などの探査機)からの生中継を一般の人がみられるイベントというのも世界ではじめてかと思われます(少なくとも編集長=寺薗は聞いたことがありません)。

MMXと火星

火星を背景にして飛行するMMX探査機の想像図 (© JAXA)

MMXは、火星の衛星からのサンプルリターンを目指す探査機です。火星に2つある衛星(フォボスとデイモス)のうちどちらかからのサンプルリターンを実施、もう1つの衛星についても観測を行う予定です。打ち上げについては2024年度が有力とみられています。

記事によりますと、2025年に開催される大阪万博において、火星の衛星を探査しているMMX探査機から火星の映像を撮影した上で、地球(万博会場)に生中継することが検討されているとのことです。おそらくは大型のスクリーンに上映することになるのではないかと思います。
2024年に打ち上げの場合、MMXは火星に向かう途上にあることから、万博開催期間である5〜11月には、火星に向かうMMXからの火星の映像が得られることが期待されるようです。さらに、もし火星に近い距離(記事では200〜300キロ)からの映像が撮れれば、火星の表面などもはっきり見えるかも知れないとしています。

記事では宇宙研所長の國中均JAXA理事・教授のコメントとして、「リアルタイムの映像を通じて、日本がいよいよ火星への布石を打つことを、ぜひ知ってほしい」と述べられています。

リアルタイム、とありますが、当然のことながら、火星と地球とは距離がありますので、撮影した時点と地球で見る時点とでは時間差があります。ただ、探査機からの映像を直接上映するということであれば、生中継と称してもよいのかとは思います。

地球外からの生中継として記憶に残るのは、ちょうど50年前のアポロ11号の月面着陸でしょう。アポロ以降、月を含め、他の天体(月より遠い宇宙空間)からの生中継というのは行われたことはありません。火星からの生中継が実現すれば世界初、世界でもっとも遠くからの生中継になるかと思われます。
はやぶさ」「はやぶさ2」でも小惑星からの生中継はありませんでしたし、ハイビジョンカメラを搭載していった月探査機「かぐや」でも、生中継はせず、いったん地球にダウンロードされた映像を後日公開する形を取りました。

ただ、技術的な課題はかなりあります。距離が遠いために電波が弱まり、通信速度が遅くなる可能性があります。もし遅くなってしまうと、「カクカクした」映像になるか、低解像度の映像しか中継できないという懸念もあります。
逆に、もし高精度の映像を中継しようとすれば、しっかりとしたカメラと高速通信が可能なアンテナを搭載していく必要がありますが、その開発や試験にも当然費用がかかりますし、すでにMMXの基本設計が進んでいる(と思いますが)中で、もしそれを変更して搭載するとすれば全体計画に支障が出る恐れもあります。
また、通信時間の確保や(探査機との位置の問題などでもし日本のアンテナが使えない場合、NASAなどの海外のアンテナを借りる必要があります)中継ができない場合のバックアッププランなど、検討すべき事項は多々存在します。

もっとも、國中所長がコメントをするくらいであれば、MMXチーム内でもこのことは了承済みであり、すでに計画が進んでいる可能性もあります。
國中所長が「日本がいよいよ火星への布石を打つ」と述べていますが、日本は火星探査では諸外国の後塵を拝しているだけに、世界中から人が集まる万博という機会をうまく活かした日本の宇宙技術のプロモーションとしての役割は大きいでしょう。

2019年5月9日(木)|Categories: 火星衛星探査計画 (MMX)|

2019年11月、徳島周辺で宇宙関連のイベントを開催したい個人・団体を募集します

2019年11月6日(水)〜8日、徳島県徳島市のアスティとくしまにおいて、第63回宇宙科学技術術連合講演会(宇科連)が開催されます。
年1回、この時期に開催される宇科連は、日本における宇宙関連の学会としては最大級で、昨年の久留米大会では1500人に迫る登録者がありました。3日間にわたる会期中、大学・研究所・企業などから参加する研究者・技術者により、最新の成果の発表などが活発に実施されます。

月探査情報ステーションでは、この宇科連の開催に合わせ、過去何回かイベントを実施してきました。このような学会に来訪する研究者に少しだけ長く滞在してもらい、一般の方に宇宙科学、月・惑星探査の最先端の情報をお伝えすると共に、それらを一緒に楽しむような企画を通して、より広く宇宙開発や月・惑星探査に親しんでいただこうというのが、この企画の目的です。

過去、

  • 2007年…札幌において宇科連開催後に、研究者によるトークイベント「宇宙を楽しむ市民シンポジウム」を実施
  • 2010年…静岡において宇科連開催後、浜松にて研究者のトークイベント、クイズなどの企画を実施
  • 2016年…函館において宇科連開催後、札幌にて研究者のトークイベントを実施
  • 2018年…久留米にて宇科連開催後、福岡にてトークイベントを実施

などの例があります。

今回の宇科連に隣接する期間においても、このような市民向けイベントを実施したいと考えております。徳島近隣の個人・団体(科学館やプラネタリウムなど)で、このようなイベント開催に興味があるという方は、以下の内容をお読みの上、ぜひお問い合わせください。

  • 宇宙開発や宇宙科学に関連するイベントであれば種類は問いません。過去の例ではサイエンスカフェのような形態や講演会、トークショーなどがあります。
  • イベントの名称は特に決まりはありません。過去には「宇宙を楽しむ市民シンポジウム」「宇宙セミナー」といった例があります。
  • 日時については、学会が終了した翌日の土曜日(技術者や研究者が帰る日を1日伸ばすことを前提として)を想定しています。すなわち、今回の場合は2019年11月9日(土)となります。翌日の10日(日)も考えられますが、この場合参加する研究者にもう1日追加で滞在していただくことになります。また、その前の11月3日(日)・4日(月・祝日の振替休日)も可能性があります(寺薗自身は火曜日には徳島入りする予定ですので、3・4日も十分にチャンスがあります)。
    なお、11月9日(土)の午後にはすでに神戸にてイベントが予約されております。あらかじめご了承ください。
  • 学会開催地である徳島市内でイベントを開催する場合には、講師謝礼だけが必要となります。それ以外の近隣地で開催する場合には、徳島市と開催地までの交通費および講師謝礼等が必要となります(日曜日の場合にはさらに宿泊費のご負担が必要になる場合もあります)。
  • 基本的には、編集長(寺薗)ともう1名の研究者の参加を想定していますが、過去には編集長1名だけのケースもあります(最近は1名のみのケースの方が多いようです)。

イベントの内容は月・惑星探査関係が中心となるかと思いますが、例えば「はやぶさ2」を含めた小惑星探査、日本の月・惑星探査計画など、いろいろなケースが考えられます。

ご興味をお持ちの方は、ぜひ「お問い合わせ」ページからお問い合わせくださいませ。
せっかくの学会というチャンスに、できる限り多くの方に、最新の月・惑星探査情報を直接お届けできる機会を設けたいと思います。ぜひ皆様のお問い合わせをお待ちしております。

2019年4月23日(火)|Categories: お知らせ|

嫦娥4号の着陸地点が「天河基地」と命名される

今年1月3日に世界初の月の裏側への着陸を行った中国の探査機「嫦娥4号」ですが、この着陸点が「天河基地」と命名されました。また、周辺のいくつかの地名についても命名されています。人民網日本語版が伝えています。

 

嫦娥4号着陸点とその付近で命名された地名

嫦娥4号着陸点とその付近で命名された地名
(写真: 新華社)

これらの地名は、中国の月探査を実施している中国国家航天局と、中国科学院、そして国際天文学連合(IAU)が15日に合同で記者会見を開いて発表したものです。
月に限らず、太陽系の天体の表面の地形の命名は全て、IAUの中にあるグループ「惑星システム命名ワーキンググループ」(WGSPN)が決定します。今回はIAUの承認を受けたわけで、これらの地名は正式なものとして使われます。
なお、これらの写真は、着陸する前の嫦娥4号、及び2010年に月に到着した周回機である嫦娥2号が撮影したものです。

今回命名された地名は、着陸点に加え、その周囲にある3つのクレーター、そして中央にある山です。この山は、着陸したフォン・カルマン・クレーターの中央丘です。

天河は中国語で「天の川」の意味です。基地という意味のラテン語(stabio)をつけて「Stabio Tianbe」が正式な名前になります。
そして、この基地をはさむようにして南北にあるクレーターは、北側のものが「織女」(いうまでもなく「織姫」)(英語名称ではZhinyu)、南側のものが「河鼓」(中国語で「彦星」の意味)(英語名称ではHegu)と名付けられました。私たちにもなじみ深い天の川伝説ですね。着陸点(の天の川)を挟んで、織姫と彦星が向かい合っている形です。

また、着陸点から北東にあるクレーターは「天津」と名付けられています。
さて、ここで皆さん疑問に思われるかも知れません。なんで2つのクレーターが「織姫」「彦星」と来たのに、3つめが星と全然関係ない中国の大都市「天津」の名前なのか、と。
実はこれは、中国の大都市「天津市」ではありません。はくちょう座の「デネブ」を意味します。
上の図をよくみてみて下さい。3つのクレーターが三角形を描いていますね。織姫星(ベガ)と彦星(アルタイル)とくれば、夏の夜空に描かれる大きな三角形「夏の大三角形」を思い出すのではないでしょうか。その三角形の3つめの頂点になるのが、はくちょう座にある明るい星、デネブです。中国語ではデネブを「天津」(正確には天津四)といいます。
こうして、月にクレーターの「夏の大三角」ができ上がったというわけです。

なお、残る「泰山」ですが、これは中国・山東省にある、観光地としても名高い名山の名前をとったものです。

織女クレーター

嫦娥4号着陸点付近の「織女クレーター」
(写真: 新華社)

彦星クレーター

嫦娥4号着陸点付近の「彦星クレーター」
(写真: 新華社)

 

天津クレーター

嫦娥4号着陸点付近の「天津クレーター」
(写真: 新華社)

 

月の「泰山」

嫦娥4号が着陸したフォン・カルマン・クレーターの中央丘「泰山」
(写真: 新華社)

2019年2月19日(火)|Categories: 嫦娥4号|

オポチュニティについて知るべき6つのこと

残念ながら運用終了となってしまった火星ローバー「オポチュニティ」。その歴史と意義については別の記事をご参照いただくとして、ここではビジュアル中心に、オポチュニティに関する6つの事実について述べていきましょう。

オポチュニティが撮影したエンデバー・クレーター

オポチュニティが撮影したエンデバー・クレーター。クレーターの西の縁から振り返って撮影。ローバーは南を目指して進行している。2014年夏撮影。
(Photo: NASA/JPL-Caltech/Cornell/ASU)

1. オポチュニティは双子である

「スピリット」と「オポチュニティ」の比較

「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」の2台のローバー、「スピリット」と「オポチュニティ」の比較。左側がスピリットの成果、右側がオポチュニティの成果。2019年2月4日現在(但しミッション終了時も変わらず)。
Photo: NASA/JPL-Caltech

探査をよく知る方であれば、オポチュニティは2つのローバーのうち1つであることをご存知かと思いますが、ご存じない方も多いかも知れません。
オポチュニティはもう1台のローバー「スピリット」と共に、火星を探査するために打ち上げられました(打ち上げ日は異なります)。両者をまとめたミッション名が「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」です。
オポチュニティ・スピリット共に、同一の機構を持ったローバーです。

この両者を比較した数値を並べたのが上の絵です。英語なので日本語で簡単に解説しましょう。なお、左側がスピリット、右側がオポチュニティの成果です。

<スピリットの成果>

  • ミッション期間…約6年
  • 写真撮影枚数…12万4838枚
  • 総走行距離…4.8マイル(約7.7キロメートル)
  • 最大登はん斜度…30度

<オポチュニティの成果>

  • ミッション期間…約14年
  • 写真撮影枚数…21万7594枚
  • 総走行距離…28マイル(約45キロ)
  • 最大登はん斜度…32度

スピリットは2011年5月にミッション終了が宣言されていますが、それよりも早く動けなくなったタイミングをミッション期間としているようです。

いずれにしても、2台のローバーが達成した成果はこの簡単な数字だけをみてもすごいものがあると思います。

2. オポチュニティとスピリットは、火星がかつて液体の水が多い環境であることを実証した

オポチュニティが発見した鉱物粒

オポチュニティが発見した鉱物粒。その色と形から通称「ブルーベリー」と呼ばれるこの鉱物はヘマタイトというものであることが判明。水によってできる鉱物であることから、火星がかつて水に富む環境であることが明らかになった。ファーム・クレーター近くにて2004年4月にオポチュニティが撮影。
(Photo: NASA/JPL-Caltech/Cornell/USGS)

2台のローバーの最大の成果は、なんといってもこれでしょう。

もともとこの2台のローバーは、火星に水があるのか、あればどのくらいの量なのかを調べるということが最大の目的でした。そして、ミッション開始から3ヶ月も経たないうちに、その最大の証拠を発見することになったのです。
それが、この写真にある丸い玉でした。

写真では大きそうにみえますが、直径は数ミリ程度です。この形状から「ブルーベリー」と研究者の間で呼ばれるようになりました。
この「ブルーベリー」ですが、内部を分析したところ(このローバーは写真撮影だけでなく、分析できる装置を持っていた、というところもポイントです)、赤鉄鉱(ヘマタイト)と呼ばれる鉱物が内部に存在することがわかりました。赤鉄鉱は地球上では鉄鉱石の原料としてよく出てくるもので、その成因として、湖のような場所、あるいは鉱泉のような場所で生成されます。その成因を考えると、火星でこのような鉱物がみつかるということは、かつて湖…つまり、液体の水が存在していたことを示すわけです。

スピリットとオポチュニティは、ほかにも水が存在する数多くの証拠を発見しています。
例えば、「堆積岩」と呼ばれる種類の岩を地球以外ではじめて発見しています。堆積岩は、元の岩石が風化してできた砂や岩などが水中で堆積し、それが地中の圧力を受けることでできる岩で、その存在はとりも直さず水の存在を意味します。オポチュニティの観測では、この堆積岩は一時的な湖のような場所で堆積したものではないかと考えられます。

さらにオポチュニティは石膏の岩脈を発見しています。石膏もまた、地球上ではごくありふれた鉱物ですが、これは実は塩分を含んだ水(端的にいえば海水です)が干上がることで生じるものです。石膏の岩脈は、そういった水が岩のすき間に入り込んでいたことを示す証拠といえます。

まだあります。オポチュニティは、エンデバー・クレーター内で中性のpH(ペーハー)を示す粘土鉱物をみつけています。粘土鉱物は、岩石が水の作用を受けて風化され、細かくなってできるものです。しかもそれが酸性でもアルカリ性でもなく中性ということは、いわゆる飲料水のような中性の(実際の飲料水はpH値が6〜8程度。7が中性です)水が存在していたことを示します。

こうして2台のローバーは、火星がかつて水に富む環境であったことをはっきりと示す証拠を多数みつけ出してきたのです。

3. オポチュニティは数多くの記録保持者

オポチュニティによるパノラマ撮影

オポチュニティによるパノラマ撮影。火星到着から2470火星日に撮影(2010年10月31日)。
(Photo: NASA/JPL-Caltech/Cornell)

約15年にわたって活動を続けてきたオポチュニティ。その活動の長さも記録ではありますが、ほかにもいくつかの記録もあります。
火星表面の総走行距離は45.16キロメートル。これは地球外を走行した人工物としては最長の記録です。2014年に達成しました。
ちなみに、当初の予定は90日間活動することでした。オポチュニティはその60倍にもわたって活動を続けたことになります。

4. オポチュニティは「小さいけどできるやつ」だった

「ピリンガー・ポイント」のパノラマ写真

オポチュニティが撮影した、「ピリンガー・ポイント」という場所のパノラマ写真。エンデバー・クレーターの西の縁にある。表面の様子を見やすくするため、色を若干変えて強調する「フォールスカラー処理」が行われているため、実際の色と若干違うことに注意。
(Photo: NASA/JPL-Caltech/Cornell/ASU)

オポチュニティが14年間も活動できたのは、決してミッションが簡単だったからではありません。むしろそのミッションは困難の連続でした。例えば、右前輪がほかの車輪よりも多く回転することがしばしばで、そのため技術者がローバーを後ろ向きに走行させて右前輪の寿命を伸ばすようなことも強いられたりしました。

写真をみればおわかりの通り、火星の表面は決して「走りやすい」なんてものではありません。だいたい舗装されているわけがありません。岩だらけ、砂だらけ、しかもクレーターであれば急傾斜もあります。こんな過酷な環境を、14年間にわたり、オポチュニティは1人(?)で走り続けてきたわけです。

ローバーはイーグル・クレーターというクレーターの中に着陸しました。これを当時は「ホール・イン・ワン」と呼んだりしたものですが、その喜びもつかの間、このクレーターからの脱出が大変でした。
ローバーの車輪はクレーターからはい上がる際にスリップを繰り返し、これに対応するため、ローバーの運用者は特別な運用法(運転法)を編み出す必要に迫られました。そしてこの方法は別のクレーター、エンデュランス・クレーターからの脱出にも使われました。このクレーターから脱出する際、クレーターの縁の壁の傾斜は31度にも達していました。一口に31度といいますが、実際に地球上で31度の坂に出会ったら、それが舗装されていてもものすごい急坂であることはおわかりでしょう。火星の岩と砂だらけの環境での31度の坂への挑戦がいかに大変なものか、ご想像いただけるでしょうか。

2005年4月26日、オポチュニティは車輪を風で堆積した柔らかい砂にとられ、動きが取れなくなります。数週間にわたり「パータゴリー砂丘」と名付けられたこの場所で、オポチュニティは進退窮まる状態となってしまいました。そこで技術者は、探査機を運用するジェット推進研究所(JPL)内に同様の砂を入れた砂箱を作り、そこでテストを繰り返し脱出方法を練りました。最終的にローバーは振動を繰り返すことで脱出に成功します。

オポチュニティを襲った危機の中でも最大のものは砂嵐でしょう。砂嵐が起こると太陽光がさえぎられ、オポチュニティの運用に必要な太陽光が得られなくなってしまいます。2007年に発生した砂嵐の際には、活動を最低限に絞った上でバッテリーの消耗を最小限に抑え、嵐が終わるのを待ちました。しかし2018年の全球規模の砂嵐を乗り切ることは結局はできませんでした。オポチュニティは1ヶ月近くも暗闇の中に閉ざされ、これがエネルギーを奪い、通信途絶の原因となりました。

5. オポチュニティとスピリットは、美しい火星の画像をたくさん送ってきた

オポチュニティが捉えた塵旋風

オポチュニティが捉えた塵旋風。オポチュニティは、「マラソン谷」の南側の縁の一部を構成する「クヌーセン尾根」に向けて登ろうとしているところで、後ろを振り返って撮影している。
(Photo: NASA/JPL-Caltech)

スピリットとオポチュニティの写真が何となく「等身大」の感じがあるのは、おそらく、そのカメラの位置(アイポイント)が人間の目の高さと大きく変わらないということもあるのではないでしょうか。
2台のローバーは、そのカメラで火星の美しい風景をたくさん撮影しました。

2台のローバーが撮影し、地球に送信した写真の総数はなんと34万2000枚にも上ります。さらに、これらは全て撮影後速やかに一般に公開されました。科学者だけでなく、一般の人も、火星表面の写真をすぐに入手することができたのです。インターネット時代の探査であったからとはいえ、これは本当に画期的なことでした。
2台のローバーは、さらに31枚もの360度パノラマ写真を撮影しています。

6. オポチュニティとスピリットの物語は、これからも続く

オポチュニティの轍

オポチュニティが自身のナビゲーション用カメラで撮影した自身の轍。2010年8月4日撮影。
(Photo: NASA/JPL-Caltech)

オポチュニティとスピリット、2台のローバーの成功により、NASAの火星探査計画は劇的な復活を遂げました。
NASAはその前、1998年と1999年に、相次いで2機の火星探査機「マーズ・クライメイト・オービター」と「マーズ・ポーラー・ランダー」を失ってしまいました。2001年に火星に到着した「2001マーズ・オデッセイ」に続き、7年ぶりに火星に送り込まれた2台のローバーは、火星の探査を順調に行うと共に大きな成果を挙げ、アメリカの火星探査計画の進展を後押しします。

ローバーもその後大きな進展を遂げます。2012年に火星に到着した「マーズ・サイエンス・ラボラトリー」(キュリオシティ)は、まさにその英語の名称の通り、「動く火星実験室」として、オポチュニティとスピリットを上回る装備を持ち、火星表面の岩石などをより詳しく探査できるようになりました。
そしてさらにその後輩…オポチュニティとスピリットからいえば「孫」というべきでしょうか、次の大型ローバーが2020年に打ち上げられる予定です。この「マーズ2020」ローバー、そしてキュリオシティも、オポチュニティとスピリットが残した経験や教訓、実績を元に設計・製作されています。この2台のわだちの上を、後輩にあたる2台のローバーが進んでいるといえるでしょう。

そして、オポチュニティとスピリットという2台のローバーのミッションは、何百人という技術者や科学者を育てました。こういった人材は、将来の火星探査計画に置いて重要な役割を果たすことでしょう。いや、火星探査だけでなく、他の月・惑星探査計画でも、その経験をいかんなく発揮し、新しい知識、新しいデータをもたらしてくれるはずです。

2台のローバーの運用は終わりましたが、彼らが残した伝説は、次の時代、次の世代へと引き継がれていきます。

2019年2月14日(木)|Categories: マーズ・エクスプロレーション・ローバー|

火星ローバー「オポチュニティ」ミッション終了、15年の活動に幕

2003年に打ち上げられ、2004年に火星に到着、火星表面で活動を続けてきたローバー「オポチュニティ」が、ミッションを終了しました。当初の90日という予定を大幅に超える、約15年間にわたる活動を終えることになりました。

火星探査ローバー「オポチュニティ」

マーズ・エクスプロレーション・ローバーのうちの1台「オポチュニティ」。もう1台のローバー「スピリット」も同じ形。
(Photo: NASA/JPL-Caltech)

オポチュニティは、昨年(2018年)6月10日より、地球との交信ができない状態となっていました。当時、火星では全球を覆う激しい砂嵐が発生しており、その影響を受けて太陽電池の発電量が低下、そのままローバーの機能が回復できない状態に陥った可能性があります。
上のローバーの絵をみるとわかりますが、テーブルのように水平に設置されている太陽電池は砂が上にたまりやすい構造です。90日のミッションを想定していたのでこれでも十分と判断したわけですが、これがとんでもなく長く生き延びられたのは、火星の朝晩の気温差によるつゆがこの太陽電池の上に降り積もるチリを洗い流したり、火星の風が砂を吹き飛ばしたりしたためと考えられています。しかし、今回発生した巨大な砂嵐によって、それではとても除去できない量の砂が太陽電池の上に積もり、結果的に発電量が低下、通信が不能になった可能性が考えられます。もちろん、15年も経過したローバーですから、電池や各種機能に老朽化の影響があったことも否定できないでしょう。

NASAでは通信途絶後、8ヶ月をかけて1000回以上にわたってオポチュニティとの通信を試みましたが、全て失敗に終わりました。そして12日(アメリカ現地時間)、探査機を運用するジェット推進研究所(JPL)の宇宙フライト運用施設(SFOF: Space Flight Operations Facility)の技術者たちが、最後となる交信を試みましたが、オポチュニティからの信号はありませんでした。
これ以上の回復試行は無理と判断し、NASAとしてはオポチュニティの運用終了を決定したことになります。これで、15年(最後の交信が2018年6月10日でしたから、そこまでを考えれば14年半)にわたるオポチュニティの長い長い活動に、幕が降ろされました。
最後の交信は、NASAの深宇宙通信網(DSN)の1つ、カリフォルニア州にあるゴールドストーン通信所にあるアンテナから行われました。

マーズ・エクスプロレーション・ローバーのプロジェクトマネージャーであるジョン・カラス氏は、「我々はオポチュニティを回復させるためのあらゆる技術的な努力を傾け、このたび、(オポチュニティからの)信号を受け取る可能性が、これ以上努力を続けたとしても極めて低いと判断した。」と結論づけました。

オポチュニティについて振り返ってみましょう。
オポチュニティがアメリカ・フロリダ州のケープ・カナベラル空軍基地から打ち上げられたのは今から16年前、2003年7月7日でした。この年は「6万年に一度」ともいわれる火星大接近が話題になり、そのこともあってこの火星探査機が大きな話題になったことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。月探査情報ステーションが、月探査以外の話題としてはじめて火星を選び、「火星・赤い星へ」というコーナーを設けたのもこの年です。

約半年間の飛行ののち、オポチュニティは翌2004年1月25日に火星に着陸しました。着陸した場所は、メリディアニ平原という、火星の赤道付近にある平原地帯です。ここはかつて水が存在した痕跡があり、水、あるいは生命につながる手がかりが得られるのではないかということで着陸地点に選ばれました。もちろん、比較的平坦で着陸に適しているということも選択の理由ではありました。
なお、同時に打ち上げられた双子ローバーである「スピリット」は、火星の反対側に位置するグセフ・クレーターに着陸しています。
着陸に際しては、探査機をエアバッグで包み、バウンドしながら着陸するというユニークな手法が採用されました。

火星の上でローバーを走らせるということは、決して簡単なことではありません。
それまで火星の上を走ったローバーは「マーズ・パスファインダー」だけでした。こちらは非常に小さいローバーで、運用範囲も限られていました。それよりも大きな、重さ174キロもあるローバーを動かすということはまさに大きな挑戦だったわけです。
そのため、NASAのエンジニア、科学者、ローバー運用担当者が一丸となってこの難題へ挑むことになりました。当時の記録をみると、みんな火星時間に合わせて出勤し、退勤する(火星の1日は24時間37分ですので、地球時間と少しずつずれていきます)生活を送っていたとのことで、いかに努力していたのかが伺えます。

ローバーですから、一点にとどまることなく、あちこちに向かって走り、その場所で調査を行わなければなりません。しかし、途中にはローバーにとって決して条件がいいとはいえない場所もあります。道順も効率よく選ばなければなりません。そして地球との時間差(光の速度で10分以上の時間差があります)も考える必要があります。安全で効率がよいルートを選んだ上で、それをオポチュニティに覚えさせて動かす。特にはじめの頃はトラブルもいろいろありました。
そのうちローバー運用にも習熟してきますと、運用メンバーはいろいろなチャレンジも行いました。32度もある石だらけの斜面を登ったり(地球外におけるローバーの登攀記録)、クレーター内部に入り込むという危険な挑戦を行ったり(斜面を滑る途中で転倒したり、車輪が滑って登れなくなったりすればそこでローバーが立ち往生してしまいます)、丘を登ったりと、様々な挑戦をオポチュニティは行ってきました。

オポチュニティが最後に挑んでいたのは、パーシビランス谷(Perseverance Valley)の西側の縁でした。それについてJPLのマイケル・ワトキンス所長はこう振り返っています。
「パーシビランス谷よりもオポチュニティにとって適していた場所を私は思いつかない。この小さいながらも勇敢なローバーが成し遂げた数多くの記録や発見、そして不屈の粘り強さは、このローバーを開発し、適切に運用した人々の創意工夫、献身的な努力、そして忍耐力(perseverance)の賜物といえるだろう。」

オポチュニティはもともと、90日(3ヶ月)間、約1000メートル(1キロメートル)動くことを想定して設計・製造されていました。
しかし実際には、その当初予定をはるかに上回り、約14年間(2018年6月の通信途絶まで)にわたって動き続けました。当初予定の60倍にあたります。移動距離は45キロメートルにわたり、これは他の天体の上を動いたローバーの移動距離としては最長記録です。

オポチュニティの影

火星探査開始後180日目(2004年7月26日)に撮影された、オポチュニティの影。搭載されている障害物検知カメラで撮影。ローバーは当時、メリディアニ平原をエンデュランス・クレーターへ移動中。 (Photo: NASA/JPL-Caltech)

ここで、オポチュニティが成し遂げた記録をいくつかみてみましょう。

  • 1日での火星移動距離の記録。220メートル。2005年3月20日に記録。
  • 21万7000枚の写真を撮影。15枚の360度パノラマ写真を含む。
  • 52個の岩石の表面を詳細に観察。さらに内蔵の研磨装置を利用し、72個の岩石についてスペクトロメーター、顕微鏡での観察を実施(火星でのその場岩石研磨観測は世界初)
  • ヘマタイトという鉱物を発見。ヘマタイトは水が関与してできることがわかっている。
  • エンデバー・クレーター内で、火星の太古の時代に淡水(飲料水に近いもの)の池あるいは湖が存在した可能性が高いという強力な証拠を発見。

オポチュニティ、そして双子ローバーであるスピリットは、火星にある岩石を詳細に調べることができる装置を積んでおり、それがこの探査の目的の1つでもありました。それは、火星の過去の環境がどのようなものであったかを知ること、そして水が存在していたか、もししていたのならそれがどのくらいであったかを知ることが目的です。それらは、過去、火星が生命を育むのに十分な環境であったかどうかを知る(そしてもしかすればその生命が今でも生き延びているかも知れない)という期待にもつながっていきます。
オポチュニティの観測で、着陸したメリディアニ平原は、かつて水が多く存在し、生命を育むのに適切な環境であったことがわかりました。

マーズ・エクスプロレーション・ローバーの科学機器の主任研究者である、惑星科学者でコーネル大学のスティーブ・スクワイヤーズ教授は、「探査の最初から、オポチュニティは水に関する証拠をもたらしてくれた。オポチュニティとスピリットがもたらしてくれた発見をつなぎ合わせると、太古の火星は現在の火星…乾燥して寒冷で、荒涼とした世界とは全く違う環境であったことが明らかとなった。しかし古代の火星に目を向ければ、液体の水が地下、そして表面に存在したという明らかな証拠がある。」と述べています。
2台のローバーの探査がなければ、こういう「火星における液体の水の存在」の証拠、それもダイレクトな証拠をつかむことはできなかったでしょう。

ただ、オポチュニティが決してずっと順調に探査を進めていたわけではありません。むしろ、オポチュニティは数多くの困難に直面し、それを乗り越えて探査を継続してきたのです。
2005年だけでも、オポチュニティはまず前輪のうち1つを失い、発生電力が原因不明の減少を起こし、砂嵐によってできた砂溜まりに突っ込んで危うく動けなくなるトラブルを起こしました。月探査情報ステーションのアーカイブに残されている当時の記録をお読みいただければ、実際本当にハラハラドキドキの探査であったことがわかります。

2007年には2ヶ月にわたる砂嵐のため運用が危ぶまれたことがありました。2015年には搭載されている256メガバイト(256ギガバイトではありません。メガバイトです)のフラッシュメモリが使えなくなり、2017年にはとうとうもう片方の前輪の操縦ができなくなりました。

困難が発生するたび、地球の運用チームはローバーを再び運用できるようにする方策を編み出し、それは実際全て成功してきました。しかし、2018年の巨大な砂嵐は、ついにこのオポチュニティにとっての致命傷となってしまったのです。
こうして、オポチュニティの15年にわたる(実稼働期間は14年強)活躍は終焉を迎えました。

「オポチュニティのことを思うとき、私はこの頑強なローバーが、皆が思っていたよりもはるかに遠いところに赴いた、その場所のことを思い出すだろう。しかし、私がいちばん心にしまっておきたい思い出は、オポチュニティが地球上にいる私たちにもたらしてくれた効果だ。非常に大きな成果が得られ、驚くべき発見が成し遂げられた。それを支えたのは、このミッションによって育っていった若い科学者、技術者たちだ。一般の人たちと一緒に探査の1つ1つの道のりを歩んでいったということも忘れてはならない。マーズ・エクスプロレーション・ローバーの技術的な遺産は、すでに火星での活動を精力的に行っているマーズ・サイエンス・ラボラトリー『キュリオシティ』に引き継がれ、さらに来年打ち上げ予定の『マーズ2020』に引き継がれていくことだろう。」(カラス氏)

そうです。火星ローバーはこれで終わりではありません。
2012年に火星に到着した「キュリオシティ」は、現在精力的に火星表面での探査を継続しています。すでに到着から6年半も経過していますが、現在も着陸点のゲール・クレーター周辺の調査を行っています。
昨年11月には、火星内部構造を調べるという初の探査機「インサイト」が火星に無事到着・着陸しました。
そしてカラス氏の言葉にある通り、来年、2020年7月には、新たな火星探査ローバー「マーズ2020」の打ち上げが予定されています。なお、この同じ7月には、ヨーロッパとロシアが共同で行っている探査「エクソマーズ」のローバーと周回機の打ち上げも予定されています(エクソマーズの大気観測周回機および着陸実証機は2016年に打ち上げ。周回機は探査中。着陸実証機は着陸に失敗)。
マーズ・エクスプロレーション・ローバーの経験を踏まえ、「後輩」たちが次々に火星に向かい、さらに新しい発見を成し遂げていくことになるでしょう。

「10年以上にもわたって、オポチュニティは惑星探査におけるシンボルであった。私たちに、火星は過去水が豊富に存在し、生命の存在が可能であったことを教えてくれ、これまでみたこともなかった火星の景色を私たちの眼前に届けてくれた。オポチュニティは失われたが、私たちはオポチュニティによって得られた経験を次に活かしていく。それはキュリオシティであり、インサイトである。そして、JPLのクリーンルームでは、マーズ2020が打ち上げを待っている。」(NASA科学ミッション部門担当副長官のトーマス・ザブーチェン氏)

そして、最後にNASAのブライデンスタイン長官の言葉で締めくくることにしましょう。

「オポチュニティのような先駆的な探査があるからこそ、私たちは将来、火星表面で勇敢なる宇宙飛行士が歩く姿をみることができるようになる。そしてその日がやって来たとき、最初の足跡の一部は、過去に例のない、そして非常に多くのことを成し遂げた小さなローバー、オポチュニティに携わった人々のものでもある。」

2019年2月14日(木)|Categories: マーズ・エクスプロレーション・ローバー|