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10年後には宇宙資源採掘が当たり前になる – ワシントン・ポスト紙の記事から

連休ということもありますので、少し柔らかめ(?)の記事をお届けしましょう。
4月28日付(アメリカ現地時間)のワシントン・ポスト紙の記事です。題名は「Space-mining may be only a decade away. Really.」。正直に和訳すれば「宇宙資源採掘はあと10年後の話でしかない。本当に。」というところでしょうか。つまり、いまから10年もすれば、宇宙空間で資源を採掘するという、SFのような話は現実になる、という主張なのです。記事を掘り下げてみましょう。
記事は企業系コラムニスト、トマス・ヒース氏により書かれています。

まず、宇宙資源といういい方ですが、これは広く、地球外(地球以外)から採掘された資源となるもののことをいいます。例えば月や小惑星、あるいはもっと将来には火星からの資源採掘ということも考えられるでしょう。
また、資源といういい方をしていますが、それにはいろいろなものが含まれています。例えば、地球上では極めて産出量が少なく、高価で取引される金属「レアメタル」などは典型的なものでしょう。しかしほかにも、例えば宇宙空間では貴重かつ確実に必要になる「水」、やはりどうしても確保しておかなければならないエネルギーなども資源として含めます。
こういった宇宙資源採掘はここ数年、特にアメリカを中心として採掘に向けた動きが盛んになっています。アメリカでは小惑星の資源採掘を目的としたベンチャー企業が2社(プラネタリーリソーシズ社、ディープ・スペース・インダストリーズ(DSI)社)立ち上がっています。また、ヨーロッパの小国、ルクセンブルクは、こういった宇宙資源採掘企業(さらには広く宇宙ベンチャー企業)への投資を行っており、上記2社もルクセンブルクに支社を置いています。
日本でも、現在月ローバー競争「グーグル・ルナーXプライズ」に参加しているチーム「ハクト」を擁する株式会社アイスペースが、将来的なビジネスとして月資源開発を構想するなど、その動きは着実に広がってきています。

さて、ワシントン・ポストの記事ですが、冒頭は「水は宇宙において新たな石油となるか?」という文章から始まっています。このことから、筆者が宇宙資源として水について重要視していることがわかります。
記事ではまず、ロンドンとシンガポールに本拠を置くエネルギー関連コンサルタント企業、ナビタス・リソーシズ社のトム・ジェームズ氏の言葉を引用しています。「中東産油国がここのところ、彼らの経済モデルをデジタル経済、そして知識ベース経済に転換しつつある。」、つまり、石油依存のこれまでのビジネスモデルから、中東産油国が脱却しつつあると述べているのです。
一方、アメリカの宇宙ベンチャー企業は、より低価格で打ち上げが可能な輸送機の開発を通じて、宇宙輸送コストを劇的に低減しようとしています。イーロン・マスク氏が率いるスペースX社や、アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏が率いるブルーオリジン社などがその例です。スペースX社は、ロケットの再使用により、それこそ今の宇宙輸送コストを100万分の1まで引き下げるという野心的な計画を持っています。

さて、こういった状況を踏まえて、いま中東産油国が宇宙開発、それも宇宙資源開発への投資を強めているというのです。目的は、月や小惑星に存在する水だとのことです。
前出のジェームズ氏によれば、「その投資目的は中東への投資を魅力的なものとするためだ」とのことです。そもそも中東諸国は宇宙開発には有利な立場にあるといいます。土地が広い割にほとんどが広大な砂漠で人口も少なく、また赤道に近いために打ち上げ条件にも有利(編集長注: ロケットを打ち上げる際には、地球の自転の速度を追加することが一般的です。地球は赤道に近ければ近いほど自転速度が速いため、その効果をなるべく大きくするため、ロケット打ち上げ場所はできる限り南に設けることが一般的です)であるからだといいます。
私(編集長)としてはこの意見にはやや同意しかねる箇所もあります。というのは、単に南にあればいいというだけでなく、ロケットを東に向けて打ち上げる際に支障となる陸地などがないといった条件も必要だからです。また、中東の地政学的な問題を考えると、ロケット打ち上げが軍事的な緊張を引き起こす可能性も考慮しなければなりません。

それでもすでに中東の宇宙開発の動きは加速しています。記事によれば、アラブ首長国連邦(UAE)は宇宙開発に関して巨額の投資(50億ドル…日本円で5600億円)以上にもわたる投資を行っています。すでに4機人工衛星の打ち上げ(ただし、打ち上げは他国に依頼)を行っています。また、記事にはありませんが、2020年の打ち上げを目指した火星探査計画「アル・アマル」を実施しており、その打ち上げは日本のH-IIAロケットで行われる予定です。
ジェームズ氏は、「中東はロケット・宇宙機の打ち上げには理想的な場所である。宇宙開発は長期的な視野に基づくものであり、一方石油やガスは永遠ではなく、いずれ産出量は減少し、枯渇する。そこで、彼らはより未来に向けた新しい技術への投資を始めているのだ。」と述べています。
UAEに限らず、中東全体が宇宙に目を向けていることは確かです。記事では、ブルームバーグの報道として、サウジアラビアがロシアと宇宙開発に関する協力協定を2015年に締結していることを伝えています。また、UAEの連邦の1国をなすアブダビ自身も、有力な宇宙開発企業として有力であるバージン・ギャラクティックに投資していることも述べています。

さて、宇宙資源で注目されるのが水だといいます。
言うまでもなく、水は人間をはじめとした生物にとって欠くことができないものです。それだけではなく、水を電気分解して水素と酸素にすれば、それを結合させてロケット燃料にしたり、燃料電池の形でエネルギー源とすることもできます。その水を得る場所として、片道4日の飛行で到着でき、水の存在が指摘されている月は魅力的な場所といえると、記事では述べています。
編集長としてはこの意見には同意できません。水を得るのであればわざわざ月に行かなくても、海水淡水化などの技術を突き詰めた方がはるかに安上がりだからです。また、現時点で月の水の存在については科学者の間でも意見が分かれており、現時点で月の水の量やその利用を論じる…というよりも、経済の論理で語るには時期尚早だと思われるからです。

そうだとしても、宇宙資源採掘は極めて魅力的です。記事によれば、先日ゴールドマン・サックスが公表したリポートの中で、「宇宙資源採掘はこれまで考えられてきたよりも非常に現実的なものである」と述べており、燃料としての水の利用(あるいは宇宙空間における不足)が、宇宙における水の利用に関する「ゲームチェンジャー」(立場を大きく変えるようなものごと)になるとしています。
宇宙空間で燃料などとして水を利用するということに関しては、編集長自身も非常に魅力的な話と思っています。地球に水を持ってくるというのは無理な話ですが、こと宇宙空間では水は貴重であり、また燃料などとして使うことは重要です。実際、月や火星で現地の水などの資源を利用して探査を実施する(英語ではISRU: In-Situ Resource Utilization、日本語では「現地資源利用」とでも訳せるでしょうか)ということは重要な研究分野になりつつあります。

また、水だけでなく、前述のレアメタルなども魅力的です。このゴールドマン・サックスのリポートは、プラネタリーリソーシズ社の2012年のインタビュー記事の内容を引用する形で、フットボール場(編集長注: おそらくアメリカンフットボールを指すと思います。原語はfootball field。アメリカンフットボールのフィールドは横100ヤード…約109メートルほどです)1つ分くらいの小惑星に含まれるプラチナだけで50億ドル(日本円で5兆6000億円)の価値があるとしています。そのうえでこのリポートでは、「小惑星の資源採掘は、軌道上経済(地球軌道上などでの経済活動)に際し、そこで必要となる資源供給を急速に担う役割を追うことになると思われる。」としています。

そのような状況で、ジェームズ氏は「今後5年以内に、地球の資源採掘会社やエネルギー企業が、宇宙資源開発を真剣に捉えることになるだろう。株主から突き上げられる前に。」と述べています。
しかし、同氏はその一方で、こうした資源採掘に向けた戦略について尋ねられると「ない」と答えています。

記事では「技術はすでにある」として、昨年打ち上げられたアメリカの小惑星探査機「オサイレス・レックス(オサイレス・レックス)」について触れています。日本人としてはここで、同様の小惑星サンプルリターンとして「はやぶさ」「はやぶさ2」を取り上げていないことを非常に気にしたいところではありますが、いずれにしても、記事ではそう述べているものの、大規模な資源採掘と、小惑星からせいぜい数キログラムのサンプルを持ち帰ることを同一視していいのでしょうか。
記事ではその点について、NASAの宇宙飛行士であり、小惑星に関する専門家でもあるポール・チョーダス氏にインタビューしています。
チョーダス氏は、毎秒十数キロという速度で宇宙を動いている小惑星を追跡し、資源があるかどうかを調べるのは困難であると述べています。
「どの小惑星が最も多く資源を有しているのかを調べるというのは実際かなり難しい。もちろんやろうとすれば可能ではあるが、それがコストに見合うものであるかどうかとなるとかなり厳しいと言わざるを得ないだろう。実際のところこの問題(コスト見合いの問題)に関し、私たちは答えを持ち合わせていない。どの小惑星が資源採掘対象として理想的か、ともかくもより多くの調査を重ねることが重要だということはいえる。しかし、(小惑星資源採掘が)有望なことは間違いがない。」と述べています。
この意見には編集長も賛同します。チョーダス氏はおそらく、地球近傍小惑星について述べていると思われますし、少なくともここ数十年で資源採掘対象となる小惑星は地球近傍のものとなると思いますが、それだけでも1万個以上もあります。それらすべてについてどのような組成であるか、また採掘可能な、あるいは資源として魅力のある物質がどのくらい含まれているかというデータはありません。だからこそオサイレス・レックスや「はやぶさ2」のような探査で、小惑星がどのようなものでできているかを「いまも」調べているのです。

さて、インタビューはさらに、プラネタリーリソーシズ社のクリス・ルウィッキー社長に移ります。
ルウィッキー社長は、鉱業という形態が宇宙資源採掘では最も普通になるだろうという見解を示しています。それは、基本的に宇宙にものを持っていくのではなく、宇宙からものを持ち帰るという形態になるからだということでした(この部分、私もややわからないのですが)。彼は10年以内には小規模なロボットによる小惑星の水資源採掘が可能になるだろうと予想しています。これが、記事にある「10年後には」の元になっているのでしょう。もっとも私(編集長)はまだ半分は懐疑的ですが。
「これは、(鉱業が)どのように持続可能な産業になるかということである。これは宇宙(開発)計画ではない。資源開発計画だ。同じ意味で、鉱物資源を保持しておくことは私たちの社会にとって大変有益である。私たちの経済をより発展させていく上で、宇宙は今後新しい手段になるだろう。」(ルウィッキー社長)

もちろん、地球での鉱業と同様、こういった資源採掘には法律をクリアしていく、さらには元になる法律の整備も重要です。この点に関し記事では、2015年に、当時のオバマ政権が宇宙法を改訂、アメリカの民間企業が採掘した宇宙の物質に対してアメリカとしての権利を認めるという画期的な条項を承認したことを伝えています(現行の宇宙条約に照らすとかなり問題があると編集長は考えていますが)。

さらに記事では、もう1つの小惑星資源採掘企業、DSIのチーフ・ストラテジスト、ピーター・スティブラニー氏にインタビューしています。
スティブラニー氏は、「もし宇宙で人類が大きな宇宙活動を始めるとしたら、必ず資源が必要となる。すべてを地球から運ぶというのには無理がある。」としています。
DSIは設立から4年と、プラネタリーリソーシズ社(2010年設立)に比べるとやや若い会社ですが、それでもベンチャーであることには変わりありません。そして、投資家や設立者からのより多くの資金を必要としています。同氏によると、同社は現在技術開発のステージにあるといい、特に現在では地球周辺低軌道からの打ち上げによる宇宙船打ち上げ技術の確立を目指しているそうです。

スティブラニー氏によると、宇宙資源採掘は「4次元問題」なのだそうです。つまり、4つの問題が複雑にからみ合い、それぞれを解決していく必要があるということです。その4つのうち2つは技術と法律ですでに述べた通りです。しかし残り2つは何でしょうか。スティブラニー氏はこう述べています。
「問題は、小惑星から資源を採掘するという心理的なバリアーである。これは非常に高いハードルで、それに比べれば技術的、あるいは資金的な問題はより低いといえるだろう。」
ちなみに資金ですが、ゴールドマン・サックスのリポートによると、資源採掘用の宇宙船を1機製造するには数千万ドル(日本円では数十億円)必要で、さらにカリフォルニア工科大学の指摘では、小惑星をまるごと捕まえて持ち帰ることができるような宇宙船の製造は26億ドル(日本円で2930億円)かかるとのことです。
この「小惑星をまるごと捕まえる」という構想は、アメリカが現在進めている小惑星イニシアチブ、そしてそのメインプロジェクトである(といってもプロジェクトとしてはほぼキャンセルされる見通しになっていますが)「アーム」(ARM: Asteroid Rendesvous Mission)の当初の内容です。
当初アームでは、小惑星を袋詰にしてまるごと地球-月間軌道まで持ち帰り、有人宇宙船をそこに打ち上げて小惑星の有人探査を行うという内容でした。しかし技術的な困難が指摘されて、現在では小惑星表面の数メートルサイズの岩を持ち帰る内容になっています。ただこれも、予算超過やスケジュール遅延、そしてなによりも政権交代によるアメリカの宇宙政策の方向性の転換などが影響し、ミッションが中止される見通しが濃厚となっています。

前述のジェームズ氏は、より低価格での資源採掘の手段として「ナノサット」と呼ばれる超小型衛星の可能性について触れています。ナノさっとであれば1機あたりの開発費はせいぜい200万ドル(日本円で2億2000万円)であり、その代わりこれらを大量に製造し打ち上げることで資源採掘を達成しようという考え方です。もちろん、大量生産ができればその効果でさらにコストを下げることも期待できますから一挙両得ともいえます。
実際、DSIはこのようなナノサット、あるいは小型衛星を活用することで、小惑星の資源採掘に先立つ、有用と思われる小惑星の詳細探査を行おうとしています。
しかし、ナノサットは小さいため、観測機器は超小型化する必要があり、また通信や衛星寿命などの点でも問題があります。現時点での過剰な期待は禁物であるといえるでしょう。

さて、小惑星資源採掘については、上述の通り「4つの問題」があるということですが、そのうち3つは技術、法律、そして心理的な問題でした。では4つ目は何でしょうか…それは小惑星資源に関する市場の関心の低さだと、記事では述べています。
しかし記事では、この関心の低さについては、宇宙人口が「限界」に達した時点で自動的に解決される、つまり地球上の資源に頼れなくなった時点で、自然に宇宙資源へと感心が向かうだろうと述べています。もっとも編集長としては、そこに至る期間が10年であるとは到底考えられないのですが…。
その時点で、投資家がその投資の見返りとして適切であると認識しさえすれば、宇宙資源開発は自動的に加速していくと、かなり楽観的な見通しを立てています。
「ゲームの終わりは、もし宇宙に1000人、あるいは1万人の人間が暮らすようになれば、現実的な選択肢は宇宙の資源を利用することだけだ。」(スティブラニー氏)

全体として記事は楽観的なトーンで書かれています。10年後に資源採掘は当たり前になる、という見出しも、小惑星資源採掘ベンチャー企業の経営者の言葉も、楽観的な部分が非常に強調されています。また、中東産油国(のようなお金持ちの国々)が宇宙開発に目を向け始めているという点も引き合いに出し、「宇宙開発、とりわけ宇宙資源開発には今後大きなお金が流れ込むだろう」という予想を立てています。
しかし、2013年から宇宙資源開発、とりわけ小惑星資源開発を追いかけている編集長としては、そこまで楽観的なムードにはなれません。そもそもそのようなムードを引っ張ってきたNASAの小惑星イニシアチブ自体が、メインプロジェクトの中止という危機的な状況に瀕しています。アームはまさに小惑星資源採掘のデモンストレーションともいえるわけで、国家としてこれをキャンセルするということはその方向性を小惑星「ではない」方向に向けようとしている表れではないかと思います。また、アームをはじめとして、小惑星イニシアチブに関する研究を受託することで、プラネタリーリソーシズ社やDSIはNASAから多額の研究資金をもらっていました。ですから、アームが中止されればこれらの会社も大きなダメージを受ける可能性もあります。
一方、アメリカの宇宙開発の矛先が月へと再び向かったとして、月の水が注目される可能性もありますが、月の水についてはまだ十分調べられているとはとてもいえない状況で、ここで「月の水を利用して月面基地」というのはまさに「山師」の言葉であると編集長としては思っています。

一方、宇宙資源そのものの将来的な可能性は編集長としても大いに注目しています。いずれ地球の資源は枯渇し、それが人類の成長の限界を招く可能性があるのは、記事でも述べられていた通りです。
それを突破するために人類は確実にいずれは宇宙へと資源を求めざるを得ないでしょう。ただ、そのときには全人類がその恩恵に浴せることが必要であり、どこかの国が独り占めする、あるいはお金持ちが独り占めするような、現行経済の枠組みや考え方のもとに進めるべきではないと思います。
そして、資源開発のためにはまずは十分な調査が必要で、いま進められている小惑星ミッションだけではとても足りません。科学的な観測もその点からも重要になるでしょうし、編集長としてはむしろ、「将来的な資源採掘」を錦の御旗として小惑星や月の科学観測を推し進めるというやり方も考えるべきだと思っています。
このような点に関して日本もできることは大いにあります。日本は小惑星からサンプルを持ち帰った世界で唯一の国であり、また鉱物学や地質学など、資源採掘に基本となる学問は世界最先端のレベルにあります。従来の科学ミッションの枠組みから離れることを前提で、このような視点からの科学ミッションの検討があってもいいのではないか、そのように思います。

スティブラニー氏が言うような、人間が1万人も宇宙で暮らす時代が10年でやってくるかどうかはわからない、というより否定的でしょう。しかしだからといってそれに備えないというのもまた態度としては正しくないと思います。この記事をお読みになった方が、いまの宇宙開発の現状をこの(月探査情報ステーションの)記事から汲み取っていただき、宇宙開発や月・惑星探査をどのように進めるべきか、お考えいただけると私としては幸いです。

2017年5月6日(土)|Categories: 月・惑星探査一般|

カッシーニ、土星と輪の間に巨大な空隙を発見

20年にわたるミッションの最後に、土星とその輪の間を22回にわたって通過するというミッション「グランドフィナーレ」を実施している土星探査機カッシーニですが、先日の第1回通過の際、面白いことがわかってきました。土星とその輪の間に、「何もない領域」があることがみつかったのです。

カッシーニの「グランドフィナーレ」における飛行の想像図

土星の北半球の上空を飛ぶ、最終ミッション「グランドフィナーレ」を実施中のカッシーニ探査機の想像図。これはグランドフィナーレにおける22回めの降下の際の状況。(Photo: NASA/JPL-Caltech)

カッシーニ計画のプロジェクトマネージャーである、ジェット推進研究所(JPL)のアール・メイズ氏は、「土星の輪とリングの間に、明らかに『何もない空間』が存在する。カッシーニがその中を通るコースを取るようにし、どうしてこの空間に、チリなどの物質がほとんど存在しないのかを確かめたい」と語っています。

土星とその間は、確かに地球から見ると何もない空間のようにみえます。しかし実際には、科学者はこの領域には、輪を構成している物質のような細かい石や岩、あるいはチリなどが存在していると考えてきました。ですから、今回この領域を通り抜けるというかなり危険なミッションを行うに際して、カッシーニ探査機は万全の対策を取ることにしました。
もしそういった石や岩、チリなどにぶつかってもダメージを最小限にできるよう、探査機の巨大なアンテナを進行方向に向けて、本体ができるだけやられないように工夫をしたのです。
その意味では、このような「何もない空間がある」ということは、探査機、そしてミッション計画を行う上では好ましい方向ではあります。しかし科学者にとっては、「なぜそこに物質がないのか」という新しい疑問が加わるという悩ましい結果をもたらしています。

カッシーニが送ってきた写真の分析によれば、土星の輪と本体の間の約2000キロメートルの領域には、想定されていたような大きな物質が存在しないとのことです。
もちろん、たまたまそうだった可能性もありますから、26日の第1回の通過の際には予定通り巨大なアンテナを進行方向に向けるという形で通過を行いました。

この際、カッシーニに搭載されている観測装置「電波・プラズマ波科学観測装置」(RPWS)が観測を行っていました。この装置は磁力計と共に、カッシーニ本体からいわば「飛び出す」形になっていたため、もし何か大きいものがあれば何らかの形での検出が行えるはずでした(まぁ、最悪の場合にはぶつかって破損、ということもありえたのですが)。
26日の通過の際、RPWSは輪の面の外側を通過する際、1秒間に数百もの粒子の衝突を検出しました。ところが、輪の面に入るとこの数は一気に数個まで減ってしまったのです。

なかなかこういうデータは視覚化しにくいものです。そこでJPLでは、このRPWSの観測データを音に変換し、探査機側の外側から輪の面を通過してくる間の粒子の検出の様子を音として理解できるようなビデオを作成しました。
このビデオでは、粒子の検出は「ピリピリ」とか「キー」とかといった音として聞こえます。下のビデオで、「Ring Plane Crossing」(輪の面の通過)というところで、しばらくの間この音が静かになる様子がわかります。

アイオワ大学アイオワシティ校の研究者で、RPWSの主任研究者でもあるウィリアム・カース氏は、「これには少々驚いた…我々は『聞ける』と思っていたものを聞けなかった。最初の通過の際のデータは我々は何回もチェックしてみたのだが、輪の面を通過するときの粒子の数は、私の指で数えられるくらいだった。」と驚きを語っています。
RPWSチームによると、この空間を通過するときにはほとんど大きな粒子はなく、1マイクロメートル程度…煙の粒子ほどの大きさの物質くらいがせいぜい存在していただけ、ということだと結論づけています。

ちなみに、実際に輪の面を通過した他の場合では、こういったことは起こっていません。例えば、昨年12月18日、土星のかすかな輪を通過した際は、輪の面を通るときにはうるさいくらいの音として粒子が検知されていることが、下の映像からもわかります。
図でも、輪に近づくに連れて急激に黄色・赤の部分がせり上がり、通過すると逆に減っています。

次回の土星の輪と本体の間の通過は、5月2日午後0時38分(アメリカ太平洋夏時間。日本時間では5月3日の午前4時38分)が予定されています。このときにはカッシーニは第1回のときとほぼ同じ軌道で輪と土星の間を通過する予定です。そして、カメラで輪の写真を撮るほか、探査機を(当初安全を見越して制限していた)速度を超えて回転させ、磁力計の校正を行う予定です。

今回の謎の空間も、カッシーニの最後のミッションでの大胆なチャレンジがなければ私たちが知ることはなかったでしょう。1つ探査をするといくつもの謎が生まれ、それによりまた新しい知識が積み重なっていくのです。

2017年5月5日(金)|Categories: カッシーニ/ホイヘンス|

月面ローバーチーム「ハクト」、追加資金のためのクラウドファンディングで目標調達額を達成

月面に純民間資金でローバーを送る技術競争「グーグル・ルナーXプライズ」(GLXP)に日本から参加しているチーム「ハクト」が、打ち上げの追加資金調達の一環として行っていたクラウドファンディング(広く一般市民から行う資金調達)の達成に成功しました。

月面ローバー「ハクト」の最終デザイン

2017年打ち上げ予定の月面ローバー「ハクト」の最終デザイン (© HAKUTO/KDDI)

ご存じの方は多いと思いますが、ここで改めてハクトについて簡単に解説していきましょう。
GLXPに日本から唯一参戦しているチームが「ハクト」です。日本の最先端技術を惜しみなく投入した小型ローバー「ソラト」(SORATO。本年2月に命名されました)を月に打ち上げ、GLXPが掲げる達成条件「月面を最低500メートル走行し、月の高精度画像・映像を地球に送信する」というミッションを達成、優勝を狙います。
打ち上げは同じくGLXPに参加するライバルチーム、インドの「チーム・インダス」のロケット(インドのPSLV)に相乗りする形で行われます。

実は、この「相乗り」が今回のクラウドファンディングのきっかけでした。
打ち上げを含めて開発費用をできる限り安く抑えたいハクトにとっては、相乗りという形で打ち上げ費用を削減することは既定路線でした。そのため、当初はアメリカのアストロボティックという会社が結成した参加チームのロケットに相乗りをする計画でした。
ところが、このアストロボティックがGLXPから撤退することになり、ハクトは打ち上げロケットを失う形になります。しかも、2016年中に打ち上げロケットを決めていないチームは2017年末の最終レース期限に向けた最終候補として認めないというGLXPの方針が決まっていました。そのため、ハクトはインドのチームのロケットへの相乗りを決断します。
しかし、この打ち上げロケットの変更に伴って、輸送費や関税など各種費用が膨らみ、新たに1億円という(チームの規模からみれば)巨額の追加費用が発生することになってしまいました。ハクトではその7割を自己調達でまかない、残り3割、すなわち3000万円を、一般の人たちからの寄付・出資によって賄う「クラウドファンディング」により調達することを決定し、朝日新聞(メディアパートナーとして名前を連ねています)が開設するクラウドファンディングサイト「a-port」で調達を開始しました。

期限は5月1日でしたが、結果的に目標額とした3000万円を上回る3372万2109円を集め、クラウドファンディグは成功裏に終了しました。
実のところ、締め切り数日前の段階で達成率が6割程度だったりとかなり編集長もヒヤヒヤしておりましたが、最後に一気に爆発的な応募があったようです。
クラウドファンディングは、目標資金に集まらない場合には「プロジェクト失敗」という形になり、それまで集った資金は資金提供者に戻されてしまいます。今回の目標額の達成は、ハクトの月面着陸に向けての大きな一歩になると同時に、多くの方の支援を得ているという心理的に大きな支えをハクトチームに与えることになるでしょう。その支援はきっと成功へとつながっていくのではないでしょうか。

もちろん、だからといってまだまだ不安要素は尽きません。チーム・インダスとの合同の打ち上げは今年12月28日が予定されていますが、そこまでにローバーが開発できるかどうか、インドへの輸送途中に問題が発生しないか、最終試験で何か不具合が出ることはないか、そして何より月面に到達したあと、ハクトが所定の機能を発揮できるかどうか…。しかし、不安を抱いていても始まりません。今は前進あるのみ。「世界初」「日本発」のハクトの挑戦を、私(編集長)も心から応援したいと思っています。

2017年5月4日(木)|Categories: ハクト|

NASA、2018年末に打ち上げ予定の韓国の月周回衛星へ搭載する機器を選定

NASAは4月29日、韓国が2018年末に打ち上げる予定の月周回衛星にNASAとして搭載する機器に、「シャドーカム」というカメラを選定したと発表しました。

2018年末打ち上げ予定の韓国の月周回衛星の想像図

2018年末打ち上げ予定の韓国の月周回衛星の想像図。合計で5つの機器を搭載し、そのうち4つが韓国、1つがNASAのものとなる。(© KARI)

あまり知られていませんが、韓国も月探査を計画しています。現行の計画では、2018年12月に最初の周回衛星を、2020年に月着陸機を打ち上げる予定です。打ち上げには韓国が現在開発している国産ロケット、KSLV-IIを使用する予定です。
月周回衛星にも月着陸機にも今のところ名前がついていないのですが(というか、計画自体に特に名前があるという報道はみていませんが)、NASAではこの最初の月周回衛星を「パスファインダー」と呼んでいるので、それにならうことにしましょう。なお、NASAでの韓国の月周回衛星の呼び方はKPLO(Korean Lunar Pathfinder Orbiter)です。

今回NASAの機会が韓国の衛星に搭載されるのを不思議に思う方もいらっしゃるかも知れませんが、こういったことは月・惑星探査の世界ではよくあります。例えば日本の「はやぶさ2」でもヨーロッパ(フランスおよびドイツ)のローバー「マスコット」が搭載されていますが、これは国際協力の一環としての搭載です。
今回韓国の衛星にNASAの機器が搭載されるのは、NASAが韓国の月探査衛星開発に協力する一環としての搭載です。過去、インドの月探査衛星「チャンドラヤーン1」にもNASAの観測機器「M3」(Moon Mineralogy Mapper: 月面鉱物マッピング装置)が搭載され、この機器が月の水を発見するという成果を挙げています。

今回の公募は、2016年9月にNASAが告知したもので、公募はNASAの高等探査システム部門(AES: Advanced Exploration Systems Division)が実施しました。審査の結果、アリゾナ州立大学とマーリン宇宙システムズが共同開発するカメラ、シャドーカム(ShadowCam)が搭載機器として選定されました。
マーリン宇宙システムは、火星探査を中心とし、広く月・惑星探査用のカメラ開発、そしてその画像分析を手がける宇宙開発企業です。アリゾナ州立大学も月・惑星探査機期の開発では実績のある大学で、まずは盤石の組み合わせというところでしょう。

さてこのシャドーカムですが、観測するのはズバリ「シャドー」、影です。もう少し具体的にいいますと、月の極地域に存在する永久影です。
永久影は、月の極地域のように、太陽の高さが低い(太陽光が低い高さから射す)場所でみられます。クレーターの縁などで太陽光がさえぎられると、クレーターの縁などには永久に太陽の光が当たらない場所ができてしまいます。このような場所を「永久影」と呼びます。
永久に影ができる(太陽の光が当たらない)ということは非常に寒い場所であるということは間違いありません。実際、NASAの探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」(LRO)の観測では、この永久影の温度はマイナス238度という結果が出ています。
一方、このように温度が低いということは、揮発性物質、とりわけ水が蒸発することなく永久に存在する可能性が高いというわけです。そこで、将来の月面基地の開発では永久影領域に存在する水を利用するということが重要とされています。NASAはこの月の水の存在の探査に非常に力を入れていて、特に月面基地の候補地とされている月の南極の「シャックルトン・クレーター」の永久影の探査を重要視しています。今回のシャドーカムの探査もまさにこの永久影、それもシャックルトン・クレーターの永久影です。

シャックルトン・クレーターの永久影を探査するシャドーカムの想像図

シャックルトン・クレーターの永久影を探査するシャドーカムの想像図。(Photo: NASA)

永久影ですから、中は真っ暗です。探査機にも電力や重さの制限がありますから、例えば強力なスポットライトで照らす、といったこともできません。そのような限られた環境で永久影の中を明らかにするため、シャドーカムには高精度のセンサーが装備されます。ベースとなるのはLROの狭角カメラですが、感度はその800倍にまで高められるとのことです。このような高性能のセンサーを搭載したカメラで永久影の内部を撮影し、その地形や水の存在の有無などを明らかにしようというのが今回のセンサーの目的です。
なお、今回の公募では機器の重さは15キログラムとなっているため、このシャドーカムの重さは15キログラムかそれ以下となります。

シャドーカムの構造

シャドーカムの構造。微細な光を撮影するため、センサー全体は光を遮蔽する筒に覆われている。望遠鏡により狭い領域をはっきりと写し出し、高精度センサーによって非常に光が少ない環境下でもはっきりとした撮像が可能である。(Photo: NASA)

今回の機器選定について、NASA・AESのジェーソン・クルーサン部門長は「もし現地にある資源を利用することができれば、将来の深宇宙における有人探査は、より安全でかつより低価格で行うことができるようになるだろう。シャドーカムは将来のそのような探査の可能性を切り拓くもので、また月にある資源の同定にも大いに役立つだろう。」とコメントしています。明らかに月面基地、そして月の水の利用を狙っている…ひいては月の有人探査を狙っているという発言です。
一方で、永久影に本当に水があるのかどうかという点については議論の余地が大いに残されています。日本の月探査衛星「かぐや」は世界ではじめてシャックルトン・クレーターの詳細観測に成功しましたが、その結果、いわれているように(といいますか、NASAが主張するように)永久影領域に水が存在することに対して否定的な観測結果が出ています。果たしてどちらが正しいのか。もしシャドーカムが打ち上げられれば、はっきりと結果が出ることでしょう。

いま「もし」という言葉を使いましたが、実はこの韓国の月探査計画に関しては実施が正常に進むのか疑問の声があります。
そもそも打ち上げロケットのKSLV-IIについても開発の遅れが目立ち、試験が10ヶ月遅れるなど、開発が間に合うのか疑問の声が出ています。そもそも開発できればいきなり月に打ち上げてよいというものではありません。ある程度性能を安定させ、数機を試験機として打ち上げてからでないと、月周回衛星の打ち上げに安心して使えないはずです。
予算についても2015年度は「ゼロ」であったりと、非常に不安定です。なお、2016年度からは3年間で180億円を月探査に向けて投資するということになっています。

ただ、開発に向けて最も不確定な要素は政治家と思われます。そもそもこの韓国の月探査、最も熱心に推進していたのは朴槿恵・元大統領でした。前大統領の「創造経済」、すなわち新技術開発による経済活性化の最先端分野が宇宙開発、そして月探査だったのです。ところがご承知の通り、朴槿恵・元大統領はスキャンダルによって罷免され、その後逮捕・勾留され、現在は起訴されて裁判を待つ身となっています。韓国の次期大統領選挙はまさにもうすぐ、5月9日に投票を迎えますが、次期大統領が誰になるかによって、この朴大統領時代の政策が継承されるかどうかが決まります。月探査計画を含め、大幅な変更が下される可能性もゼロではありません。
そもそも朴前大統領は、本来2025年打ち上げが計画されていた月探査を2020年に大幅に前倒しするという政策決定を実施するなど、熱心であるあまりに拙速ともいえるような政策を実施しているようにも私(編集長)からはみえます。
宇宙探査は「早く打ち上げる」よりも「確実に打ち上げる」方が重要です。韓国の月探査が、時間を追うのではなく、安全と成果を逐う形で再構築され、月探査を行う国々に名をしっかりと連ねることができるよう願いたいものです。

2017年5月3日(水)|Categories: 月探査 (ブログ)|

土星探査機カッシーニ、土星の本体と輪の間を通り抜ける探査を実施、土星大気の写真を取得

20年間の探査の最後となるミッション「グランドフィナーレ」に挑んでいる土星探査機「カッシーニ」は、27日(アメリカ現地時間)、土星の本体と輪の間の空間を通り抜けるという探査を実施しました。これはグランドフィナーレにおいて特別に計画されたもので、これにより極めて近い位置からの土星本体や輪の観測が可能となります。カッシーニからはこれまでにみたこともない鮮明な土星本体の大気の写真など、極めて貴重な、そして私たちがはじめてみるデータが送られてきました。

カッシーニの「グランドフィナーレ」における飛行の想像図

土星の北半球の上空を飛ぶ、最終ミッション「グランドフィナーレ」を実施中のカッシーニ探査機の想像図。これはグランドフィナーレにおける22回めの降下の際の状況。(Photo: NASA/JPL-Caltech)

 

1997年に打ち上げられ、2004年から土星とその衛星の探査を続けているカッシーニは、燃料が残り少なくなったことから、今年9月に土星大気に突入させて探査を終了させる予定となっています。その最後のミッション「グランドフィナーレ」では、土星本体と輪の間のすき間部分に探査機を「ダイブ」(突入)させて、土星の大気や輪の様子を極めて詳細に探査することを計画しています。
この部分には、輪などを構成する小さな石や岩などが存在する可能性もあり、また探査機自体も打ち上げられてから20年も経過するなど老朽化の懸念もあり、ある意味極めて危険な「賭け」でもありますが、20年に及ぶ探査の最後に行う、そして最後を締めくくる探査としては最も適切ということで、このような大胆な探査が選択されました。
もちろん、カッシーニの探査としても、そして人類が行う(土星)探査としてもはじめての試みです。

グランドフィナーレでは、合計22回にわたる「ダイブ」が計画されていますが、この最初のダイブ(本体と輪の間の空間の通過)が26日(アメリカ現地時間)に実施されました。
通過しているときには探査機は大きなアンテナを進行方向(つまり、土星の下側)に向けるために地球との交信ができません。このような姿勢を取る理由は、上述のように、小さな岩や石などが万が一探査機に激突した場合でも、アンテナがある意味盾となって探査機自体の損傷を最小限に留める…だろう…という理由からです。
探査機からの通信は4月26日午後11時56分(アメリカ太平洋夏時間。日本時間では翌27日午後0時56分)に再度捉えられ、データはそのあと、27日午前0時1分(アメリカ太平洋夏時間。日本時間では翌27日午後1時1分)より地球に送信され始めました。ミッションは成功です。

NASAの惑星科学部門長のジム・グリーン氏は「長く正統たる探査の歴史において、カッシーニはまたもや、新たな道を切り開いた。今回の大胆な探査は、私たちの好奇心が導くところへ挑戦しさえすれば、新たな驚異と発見が待っている、ということを示してくれた。」と語っています。これは私(編集長)も、そう思います。

今回の「ダイブ」は、土星の北極から南極方向へ、土星本体と輪の内側にあるすき間の部分を通り抜ける(なので「ダイブ」という表現を英語では多用しているのですが、日本語でもう少し穏やかに「土星本体と輪の間を通過する」というふうにした方がよいかもしれません)ものです。
最も近いところでは土星の表面、より正確にいえば土星の表面に浮かぶ雲の表面(地球の大気圧と同じ1気圧のところ)から高さわずか3000キロメートルというところを通り抜けていきます。地球の人工衛星でも、例えば静止衛星は地球の表面から高さが3万6000キロメートルもあります。それを考えると、土星の「すぐそば」を高速ですり抜けるという表現は決して大げさではないでしょう。
さらに土星の輪の方向から考えると、いちばん輪の内側からはなんとわずか300キロというところを通り抜けます。この300キロという距離、人工衛星で考えますと、地球の表面から国際宇宙ステーションまでの距離とだいたい一緒です。本当にすぐ近くであることがお分かりいただけると思います。
この通り抜ける速度は、なんと時速12万4000キロメートル、秒速に直すと34.4キロというとんでもない速さです。小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還するとき、大気に突入した速度が秒速約20キロです。スペースシャトルの飛行速度は秒速7.9キロ。それに比べて、今回の探査機のスピードがいかにものすごいものであるかお分かりいただけるかと思います。
今回の通過ではミッションマネージャーはカッシーニは無事通り抜けると確信はしていたのですが、正直、どのようなデータが取れるかまでは想像できなかったようです。なにせ、はじめてのことですから。

「こんなに土星に近づいた探査機はこれまでになかった。私たちは、これまでの土星の輪に関する観測を下地にした経験に基づく予測を信じるしかなかった。土星の本体と輪の間がどのようになっているかは、そのようにするしか考えることができなかった。私は、カッシーニがこの本体と輪の間を事前に計画した通りに通り抜け、反対側に予定通り抜けることができたことを皆様にご報告できることを、大変うれしく思う。」(カッシーニ計画のプロジェクトマネージャー、ジェット推進研究所(JPL)のアール・メイズ氏)

土星本体(上記の通り、大気が1気圧となる場所から)と輪の間の距離は約2000キロほどです(編集長注: この距離の数値は、上記の「土星本体から3000キロ、輪から300キロのところを通過」という表現と矛盾します。ここではNASAから公表された数字をそのまま用いますが、おそらく輪の端の部分に食い込む形で通過したとも考えられます)。事前に計算されたモデルによれば、カッシーニが通過する領域に存在する粒子は小さく、おそらくは煙の粒子の大きさほどであろうと考えられています。それでも、探査機本体に当たったら、まるで超高速のライフルの弾丸(ちなみに、一般的なライフル銃の弾丸速度は秒速1キロほどです)に当たったような大きな衝撃を受け、探査機本体がそのエネルギーで壊されてしまうことも十分に考えられます。そのため、アンテナを進行方向に向けるなどして、細心の注意を払って今回の通過を実施しました。

こうして得られた、私たちがまだみたことがない土星本体の大気の様子の写真をご覧下さい。

カッシーニがとらえた土星の大気の詳細写真

カッシーニがグランドフィナーレでの本体と輪の間の通貨の際に捉えた、土星大気の詳細写真。2017年4月26日撮影。(Photo: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)

 

カッシーニがとらえた土星大気の精密写真

カッシーニがグランドフィナーレでの本体と輪の間の通貨の際に捉えた、土星大気の詳細写真。2017年4月26日撮影。(Photo: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)

 

カッシーニがとらえた土星大気の精密写真

カッシーニがグランドフィナーレでの本体と輪の間の通貨の際に捉えた、土星大気の詳細写真。2017年4月26日撮影。(Photo: NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute)

写真ではなかなかわかりにくいのですが、何らかの渦のような模様や、大気が何か後を引いているような流れなどがみえます。これらの大気の流れの正体は今後の解析に任せるとして、私たちがこれまでみたこともないものを捉えたことは確かです。

今後カッシーニは、土星の周りを回りながら、だいたい週1回のペースでこのような土星本体と輪の間の通過を試みます。ミッション終了までに合計22回、すなわちあと21回このようなチャレンジを実施します。次回の通過は5月2日(アメリカ現地時間)の予定です。そして、アメリカ現地時間で9月15日、カッシーニは土星大気へ突入、20年にわたる探査(土星到着からは13年)を終了します。
今回送られてきた写真だけでもワクワクしますが、さらに21回の挑戦で私たちがみたこともないどのような世界をみることができるのか、期待が尽きることはありません。

2017年4月28日(金)|Categories: カッシーニ/ホイヘンス|