皆様、新年あけましておめでとうございます。
旧年中は月探査情報ステーションをご愛顧いただきまして、本当にありがとうございました。
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2024年をの月・惑星探査を振り返るとき、やはりトップに来るのはスリム(SLIM)ではないかと思います。
2024年1月20日、SLIMは日本初の月への軟着陸に成功しました。
当初太陽電池が発電していない、ということでミッション継続が危ぶまれた段階もありましたが、その後公開された、同時に搭載された超小型ロボット「LEV−2」(SORA-Q)からの写真により、探査機が当初の想定とは異なる姿勢であることがわかりました。探査機の様子を別のロボットが「知らせてくる」ことは過去に例がなかったことかと思います。
そして、月の夜を迎えたあとも2月、3月、4月と夜を越えて復活するという、想定もしていなかった快挙を成し遂げました。
もちろん、ミッション当初の目的である「ピンポイント着陸」も見事達成しました。
SLIMにより、日本は月に着陸した5番目の国となりました。ただ、その数字が重要なのではなく、日本が月着陸という形で、これからの月・惑星探査に不可欠な軟着陸技術を(ようやく)手に入れたことこそが重要ではないか、と私(編集長)は考えます。
SLIMの成果は、2026年の日本の火星衛星探査機MMXをはじめ、今後の日本の月・惑星探査に大いに生かされると思います。
SLIMに限らず、2024年は月探査機が多く飛行した年でした。
1月にはアストロボティック社の着陸機が月に向かいましたが、トラブルのため途中でミッションを断念。2月にはイントゥイティブ・マシーンズ社の月着陸機が月に向かい、着陸に成功しました。この着陸は、民間企業による月着陸としては世界初となります。ただ、こちらも横倒しの状態での着陸となりました。
そして、5月に打ち上げられた中国の月探査機「嫦娥6号」は6月に月の裏側のアポロ・クレーターに着陸、サンプルの採取に成功し、地球に約2キログラムの試料を送り届けました。月の裏側の物質の採取は史上初の快挙です。
この物質から月の起源や進化に関する様々なことがわかるのではないかと、世界中の科学者が大いに期待しています。
惑星探査の分野では、10月に打ち上げられたエウロパ・クリッパーが話題になりました。
エウロパ・クリッパーは木星の衛星エウロパを探査する探査機で、エウロパの地下にある氷の海の存在を探ります。もし表面の氷の下に海が存在するとなれば、その海に生命が存在している可能性が出てきます。
2023年に打ち上げられた木星・木星衛星探査機「ジュース」と共に、生命を探る探査が本格化してきています。
一方、2024年は火星探査機の打ち上げ好機であったにもかかわらず、1期の探査機も打ち上げられませんでした。MMXは本来2024年打ち上げ予定でしたが、打ち上げロケットの開発の遅れで2026年に延期されました。また、世界でも他に2026年の火星への探査機打ち上げ計画は出ていません。
その意味では、月以外の惑星探査については低調な1年であったと振り返ることができるでしょう。
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2025年もやはり、月探査がメインの年になると考えられます。
1月には、日本の宇宙スタートアップ企業アイスペースが開発するハクトR(HAKUTO-R)の2号機(M2)が打ち上げられる予定です。
HAKUTO-Rは1号機がもう少しのところでうまくいかなかっただけに、今回の打ち上げは民間月探査の発展、そして日本の月探査の進展という意味で大いに期待されるところです。
そして、昨年1月・2月の月着陸機の打ち上げで使われたNASAの月輸送フレームワーク「商業月輸送プログラム」(CLPS: クレプス)が今年も進められる予定です。
上記のハクトRは、CLPSの枠組みによるファイアフライ・エアロスペース社の月着陸機「ブルーゴースト」が搭載され、やはり月に向かう予定です。史上初、月着陸機の相乗り打ち上げとなります。
その他にも、イントゥイティブ・マシーンズ社の月着陸機2号機が月に向かう予定です。これには、日本の宇宙ベンチャー企業ダイモンが開発した超小型ローバー「ヤオキ」(YAOKI)が搭載されます。
また、月探査の先、月開発をめぐる動きも、国内・国外を問わず活発になると予想されます。日本では、政府が拠出し、JAXAが事務局を務める「宇宙戦略基金」が動き出しており、10年間で1兆円という巨額さに注目が集まっています。この宇宙戦略基金の公募テーマにも月探査・月開発に関連したものが多く挙げられており、日本における月開発に向けた研究が官民のタッグで加速することが期待されます。
惑星探査分野では、世界初の民間企業による金星探査ミッションとなる、ロケットラブ社の「金星生命探査機」(Venus Life Finder)が注目されます。金星大気中に生命が存在する可能性を調べるための装置を搭載したわずか17キログラムの探査機ですが、その秘めた可能性は大きなものがあります。
打ち上げは1月が予定されています。
また、中国初となる小惑星探査計画「天問2号」にも注目です。
天問2号は、地球近傍小惑星「2016 HO3」からのサンプル採取・帰還を目指す計画です。月以外からのサンプル採取は中国としてははじめての試みとなります。
中国は月探査・火星探査を着実に進めており、この小惑星探査もかなり高度な技術で構成されているとみられます。打ち上げについてまだ詳細は公表されていませんが、2025年の打ち上げが濃厚とみられています。
さて、今年最も心配なのは、アルテミス計画の行方でしょう。
2024年12月にも、スケジュールの見直しが発表されています。従来であれば2025年(今年)9月に打ち上げられる予定であったアルテミス2は2026年4月に、2026年9月打ち上げ予定であったアルテミス3は2027年半ばと延期されました。もともとの予定が延期されている中の再延期です。そしてまだ延期があるかもしれません。
スケジュール遅延と予算超過に、アルテミス計画は常に悩まされています。
その中で、一発打ち上げるために4,000億円以上もかかるとされる、アルテミス計画の中核をなすNASA開発の打ち上げシステム「SLS」について、次期トランプ政権は見直すことを公言しています。
実際、スペースXのCEOを務めるイーロン・マスク氏は、次期トランプ政権でアメリカ政府の非効率を減らすための組織「政府効率化省」(DOGE: ドージ。彼がお気に入りの仮想通貨の名前でもあります)の議長に就任することになっています。
非効率であり時代遅れでもあるSLSを廃止し、よりモダンで低予算のシステムに置き換える…そのような推測も飛び交っています。
ただ、ドラスティックな改革には必ず反対意見も出てくることが考えられます。特に、SLSの開発にはアメリカの広範な州や企業が関わっているため、その雇用が失われる州や企業からの反対などもありうるでしょう。
また、SLSだけ廃止すればいいというものではありません。その上に乗る宇宙船オライオン(オリオン)をどうするか。それを残すとしたら他のロケットはどうするのか。自動車のように、宇宙船はそう簡単に載せ替えるわけにはいきません。オライオン宇宙船はそもそもSLSを前提に開発されてきていますから、これを残すとすればどう処遇するかが問題となります。
また、SLSを廃止したとして、その代替ロケットやそれとのマッチングに向けた追加開発に予算が必要になります。人類を月に打ち上げるロケットとなればその予算も莫大となるでしょう。
すでにスペースXが開発を続けているスターシップが重要な代替候補となるでしょうが、まだ人を乗せられる段階には遠い状況です。そもそもスターリンクはアルテミス計画における月着陸船(HLS)としても活用されますが、その開発にまだ着手できていません。
一方、中国・ロシアが2030年前後にも有人月着陸を果たすという情報が入ってきていますから、アルテミス計画をあまり遅らせるわけにもいきません。
NASA自体も予算不足に悩んでいます。火星サンプルリターン計画(MSR)も予算不足で白紙化されたり、月・惑星探査を担うジェット推進研究所で人員解雇があったりと、状況は深刻です。
このままでは、NASAの月・惑星探査が大幅に縮小される可能性もあり、それは世界の月・惑星探査にも影響を与えるかも知れません。
トランプ次期大統領は、DOGEの設置の他、異例の早さで次期NASA長官を指名するなど、宇宙開発を重視する姿勢を見せています。
NASAをどう改革し、アルテミス計画を軌道に乗せ、かついかに早く実現させるための道筋をつけるか。2025年はこの動きをしっかりみていく必要があります。
アルテミス計画にも大きな貢献をしている日本としても、この動きは決して他人事ではないですし、むしろ大きな影響を受ける可能性があります。対岸の火事ではなく、自分たちに直接関わることとして、その影響を認識し、素早く対処していくことが必要となります。
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繰り返しになりますが、2024年は日本の月探査にとって大きな年になりましたが、月探査情報ステーションにとっても当然、大きく変わった年となりました。
それは、月探査情報ステーションのメディアとしてのデビューです。
これまで、月探査情報ステーションは、各宇宙機関などが発表するプレスリリースなどに基づいて情報をお伝えしてきました。
しかし、日本がいま現に行おうというミッションを前に、さらに一歩進めることにしました。これは、月探査情報ステーション自身がメディアとして(編集長=寺薗が記者として)記者会見や取材の機会に参加し、実際に取材した情報をお伝えするというものです。
SLIMについては刻々と変わる状況をウェブページで随時更新するほか、速報性に優れるX(旧: Twitter)でも随時情報を発信いたしました。またその後のSLIMの状況についてもウェブページ及びXでの発信体制を継続、これは8月のミッション終了のアナウンスのときまで続きました。
その結果、月探査情報ステーションのSLIMページはまたとない情報のアーカイブとしても機能することとなりました。また、メディアとして加わることにより、現場でしか得られない情報や現場の空気感もお伝えすることができ、より情報を立体的にお届けできるようになりました。
ただ、SLIMはあまりにも情報が多かったため、ウェブページは情報量が多くなり、見にくい部分も出てきたことは確かです。
また、情報収集にも時間を取られ、さらにメディアからの取材要請も増えたことで、更新が遅れてしまったことが多数ありました。
この「更新が遅れた」という点は月探査情報ステーションのいわば永遠の課題ともいえるところではありますが、今年は特に状況が際立ちました。特にSLIMに集中するあまり、他のミッションの情報を十分にお伝えしきれなかった点は悔やまれるところでもあります。
月探査情報ステーションについては、このような情報更新の遅れを克服するべく、複数人体制での更新を行うべく準備を進めようと考えてきましたが、取材や講演依頼が多いことによる多忙などもあり、昨年中に着手することはできませんでした。
2025年はこれを整えるべく、しっかりと準備、実行してまいります。
月探査情報ステーションのミッション…月・惑星探査の情報を「わかりやすく」「正しく」「素早く」発信すること、この原点に戻り、2025年もしっかりと情報発信を続けていきます。そして、この先を見据えた体制の構築を進め、皆様に末永く情報をお伝えできるようにしてまいります。
本年も月探査情報ステーションをご愛顧・ご支援のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
2025年1月1日
月探査情報ステーション 編集長
合同会社ムーン・アンド・プラネッツ 代表
寺薗 淳也