2003年に打ち上げられ、2004年に火星に到着、火星表面で活動を続けてきたローバー「オポチュニティ」が、ミッションを終了しました。当初の90日という予定を大幅に超える、約15年間にわたる活動を終えることになりました。

火星探査ローバー「オポチュニティ」

マーズ・エクスプロレーション・ローバーのうちの1台「オポチュニティ」。もう1台のローバー「スピリット」も同じ形。
(Photo: NASA/JPL-Caltech)

オポチュニティは、昨年(2018年)6月10日より、地球との交信ができない状態となっていました。当時、火星では全球を覆う激しい砂嵐が発生しており、その影響を受けて太陽電池の発電量が低下、そのままローバーの機能が回復できない状態に陥った可能性があります。
上のローバーの絵をみるとわかりますが、テーブルのように水平に設置されている太陽電池は砂が上にたまりやすい構造です。90日のミッションを想定していたのでこれでも十分と判断したわけですが、これがとんでもなく長く生き延びられたのは、火星の朝晩の気温差によるつゆがこの太陽電池の上に降り積もるチリを洗い流したり、火星の風が砂を吹き飛ばしたりしたためと考えられています。しかし、今回発生した巨大な砂嵐によって、それではとても除去できない量の砂が太陽電池の上に積もり、結果的に発電量が低下、通信が不能になった可能性が考えられます。もちろん、15年も経過したローバーですから、電池や各種機能に老朽化の影響があったことも否定できないでしょう。

NASAでは通信途絶後、8ヶ月をかけて1000回以上にわたってオポチュニティとの通信を試みましたが、全て失敗に終わりました。そして12日(アメリカ現地時間)、探査機を運用するジェット推進研究所(JPL)の宇宙フライト運用施設(SFOF: Space Flight Operations Facility)の技術者たちが、最後となる交信を試みましたが、オポチュニティからの信号はありませんでした。
これ以上の回復試行は無理と判断し、NASAとしてはオポチュニティの運用終了を決定したことになります。これで、15年(最後の交信が2018年6月10日でしたから、そこまでを考えれば14年半)にわたるオポチュニティの長い長い活動に、幕が降ろされました。
最後の交信は、NASAの深宇宙通信網(DSN)の1つ、カリフォルニア州にあるゴールドストーン通信所にあるアンテナから行われました。

マーズ・エクスプロレーション・ローバーのプロジェクトマネージャーであるジョン・カラス氏は、「我々はオポチュニティを回復させるためのあらゆる技術的な努力を傾け、このたび、(オポチュニティからの)信号を受け取る可能性が、これ以上努力を続けたとしても極めて低いと判断した。」と結論づけました。

オポチュニティについて振り返ってみましょう。
オポチュニティがアメリカ・フロリダ州のケープ・カナベラル空軍基地から打ち上げられたのは今から16年前、2003年7月7日でした。この年は「6万年に一度」ともいわれる火星大接近が話題になり、そのこともあってこの火星探査機が大きな話題になったことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。月探査情報ステーションが、月探査以外の話題としてはじめて火星を選び、「火星・赤い星へ」というコーナーを設けたのもこの年です。

約半年間の飛行ののち、オポチュニティは翌2004年1月25日に火星に着陸しました。着陸した場所は、メリディアニ平原という、火星の赤道付近にある平原地帯です。ここはかつて水が存在した痕跡があり、水、あるいは生命につながる手がかりが得られるのではないかということで着陸地点に選ばれました。もちろん、比較的平坦で着陸に適しているということも選択の理由ではありました。
なお、同時に打ち上げられた双子ローバーである「スピリット」は、火星の反対側に位置するグセフ・クレーターに着陸しています。
着陸に際しては、探査機をエアバッグで包み、バウンドしながら着陸するというユニークな手法が採用されました。

火星の上でローバーを走らせるということは、決して簡単なことではありません。
それまで火星の上を走ったローバーは「マーズ・パスファインダー」だけでした。こちらは非常に小さいローバーで、運用範囲も限られていました。それよりも大きな、重さ174キロもあるローバーを動かすということはまさに大きな挑戦だったわけです。
そのため、NASAのエンジニア、科学者、ローバー運用担当者が一丸となってこの難題へ挑むことになりました。当時の記録をみると、みんな火星時間に合わせて出勤し、退勤する(火星の1日は24時間37分ですので、地球時間と少しずつずれていきます)生活を送っていたとのことで、いかに努力していたのかが伺えます。

ローバーですから、一点にとどまることなく、あちこちに向かって走り、その場所で調査を行わなければなりません。しかし、途中にはローバーにとって決して条件がいいとはいえない場所もあります。道順も効率よく選ばなければなりません。そして地球との時間差(光の速度で10分以上の時間差があります)も考える必要があります。安全で効率がよいルートを選んだ上で、それをオポチュニティに覚えさせて動かす。特にはじめの頃はトラブルもいろいろありました。
そのうちローバー運用にも習熟してきますと、運用メンバーはいろいろなチャレンジも行いました。32度もある石だらけの斜面を登ったり(地球外におけるローバーの登攀記録)、クレーター内部に入り込むという危険な挑戦を行ったり(斜面を滑る途中で転倒したり、車輪が滑って登れなくなったりすればそこでローバーが立ち往生してしまいます)、丘を登ったりと、様々な挑戦をオポチュニティは行ってきました。

オポチュニティが最後に挑んでいたのは、パーシビランス谷(Perseverance Valley)の西側の縁でした。それについてJPLのマイケル・ワトキンス所長はこう振り返っています。
「パーシビランス谷よりもオポチュニティにとって適していた場所を私は思いつかない。この小さいながらも勇敢なローバーが成し遂げた数多くの記録や発見、そして不屈の粘り強さは、このローバーを開発し、適切に運用した人々の創意工夫、献身的な努力、そして忍耐力(perseverance)の賜物といえるだろう。」

オポチュニティはもともと、90日(3ヶ月)間、約1000メートル(1キロメートル)動くことを想定して設計・製造されていました。
しかし実際には、その当初予定をはるかに上回り、約14年間(2018年6月の通信途絶まで)にわたって動き続けました。当初予定の60倍にあたります。移動距離は45キロメートルにわたり、これは他の天体の上を動いたローバーの移動距離としては最長記録です。

オポチュニティの影

火星探査開始後180日目(2004年7月26日)に撮影された、オポチュニティの影。搭載されている障害物検知カメラで撮影。ローバーは当時、メリディアニ平原をエンデュランス・クレーターへ移動中。 (Photo: NASA/JPL-Caltech)

ここで、オポチュニティが成し遂げた記録をいくつかみてみましょう。

  • 1日での火星移動距離の記録。220メートル。2005年3月20日に記録。
  • 21万7000枚の写真を撮影。15枚の360度パノラマ写真を含む。
  • 52個の岩石の表面を詳細に観察。さらに内蔵の研磨装置を利用し、72個の岩石についてスペクトロメーター、顕微鏡での観察を実施(火星でのその場岩石研磨観測は世界初)
  • ヘマタイトという鉱物を発見。ヘマタイトは水が関与してできることがわかっている。
  • エンデバー・クレーター内で、火星の太古の時代に淡水(飲料水に近いもの)の池あるいは湖が存在した可能性が高いという強力な証拠を発見。

オポチュニティ、そして双子ローバーであるスピリットは、火星にある岩石を詳細に調べることができる装置を積んでおり、それがこの探査の目的の1つでもありました。それは、火星の過去の環境がどのようなものであったかを知ること、そして水が存在していたか、もししていたのならそれがどのくらいであったかを知ることが目的です。それらは、過去、火星が生命を育むのに十分な環境であったかどうかを知る(そしてもしかすればその生命が今でも生き延びているかも知れない)という期待にもつながっていきます。
オポチュニティの観測で、着陸したメリディアニ平原は、かつて水が多く存在し、生命を育むのに適切な環境であったことがわかりました。

マーズ・エクスプロレーション・ローバーの科学機器の主任研究者である、惑星科学者でコーネル大学のスティーブ・スクワイヤーズ教授は、「探査の最初から、オポチュニティは水に関する証拠をもたらしてくれた。オポチュニティとスピリットがもたらしてくれた発見をつなぎ合わせると、太古の火星は現在の火星…乾燥して寒冷で、荒涼とした世界とは全く違う環境であったことが明らかとなった。しかし古代の火星に目を向ければ、液体の水が地下、そして表面に存在したという明らかな証拠がある。」と述べています。
2台のローバーの探査がなければ、こういう「火星における液体の水の存在」の証拠、それもダイレクトな証拠をつかむことはできなかったでしょう。

ただ、オポチュニティが決してずっと順調に探査を進めていたわけではありません。むしろ、オポチュニティは数多くの困難に直面し、それを乗り越えて探査を継続してきたのです。
2005年だけでも、オポチュニティはまず前輪のうち1つを失い、発生電力が原因不明の減少を起こし、砂嵐によってできた砂溜まりに突っ込んで危うく動けなくなるトラブルを起こしました。月探査情報ステーションのアーカイブに残されている当時の記録をお読みいただければ、実際本当にハラハラドキドキの探査であったことがわかります。

2007年には2ヶ月にわたる砂嵐のため運用が危ぶまれたことがありました。2015年には搭載されている256メガバイト(256ギガバイトではありません。メガバイトです)のフラッシュメモリが使えなくなり、2017年にはとうとうもう片方の前輪の操縦ができなくなりました。

困難が発生するたび、地球の運用チームはローバーを再び運用できるようにする方策を編み出し、それは実際全て成功してきました。しかし、2018年の巨大な砂嵐は、ついにこのオポチュニティにとっての致命傷となってしまったのです。
こうして、オポチュニティの15年にわたる(実稼働期間は14年強)活躍は終焉を迎えました。

「オポチュニティのことを思うとき、私はこの頑強なローバーが、皆が思っていたよりもはるかに遠いところに赴いた、その場所のことを思い出すだろう。しかし、私がいちばん心にしまっておきたい思い出は、オポチュニティが地球上にいる私たちにもたらしてくれた効果だ。非常に大きな成果が得られ、驚くべき発見が成し遂げられた。それを支えたのは、このミッションによって育っていった若い科学者、技術者たちだ。一般の人たちと一緒に探査の1つ1つの道のりを歩んでいったということも忘れてはならない。マーズ・エクスプロレーション・ローバーの技術的な遺産は、すでに火星での活動を精力的に行っているマーズ・サイエンス・ラボラトリー『キュリオシティ』に引き継がれ、さらに来年打ち上げ予定の『マーズ2020』に引き継がれていくことだろう。」(カラス氏)

そうです。火星ローバーはこれで終わりではありません。
2012年に火星に到着した「キュリオシティ」は、現在精力的に火星表面での探査を継続しています。すでに到着から6年半も経過していますが、現在も着陸点のゲール・クレーター周辺の調査を行っています。
昨年11月には、火星内部構造を調べるという初の探査機「インサイト」が火星に無事到着・着陸しました。
そしてカラス氏の言葉にある通り、来年、2020年7月には、新たな火星探査ローバー「マーズ2020」の打ち上げが予定されています。なお、この同じ7月には、ヨーロッパとロシアが共同で行っている探査「エクソマーズ」のローバーと周回機の打ち上げも予定されています(エクソマーズの大気観測周回機および着陸実証機は2016年に打ち上げ。周回機は探査中。着陸実証機は着陸に失敗)。
マーズ・エクスプロレーション・ローバーの経験を踏まえ、「後輩」たちが次々に火星に向かい、さらに新しい発見を成し遂げていくことになるでしょう。

「10年以上にもわたって、オポチュニティは惑星探査におけるシンボルであった。私たちに、火星は過去水が豊富に存在し、生命の存在が可能であったことを教えてくれ、これまでみたこともなかった火星の景色を私たちの眼前に届けてくれた。オポチュニティは失われたが、私たちはオポチュニティによって得られた経験を次に活かしていく。それはキュリオシティであり、インサイトである。そして、JPLのクリーンルームでは、マーズ2020が打ち上げを待っている。」(NASA科学ミッション部門担当副長官のトーマス・ザブーチェン氏)

そして、最後にNASAのブライデンスタイン長官の言葉で締めくくることにしましょう。

「オポチュニティのような先駆的な探査があるからこそ、私たちは将来、火星表面で勇敢なる宇宙飛行士が歩く姿をみることができるようになる。そしてその日がやって来たとき、最初の足跡の一部は、過去に例のない、そして非常に多くのことを成し遂げた小さなローバー、オポチュニティに携わった人々のものでもある。」