ヨーロッパとロシアが共同で実施している火星探査計画「エクソマーズ」。周回機は無事火星周回軌道に投入されたものの、着陸実証機「スキアパレッリ」については行方不明となっており、NASAの探査機が撮影したスキアパレッリと思しき画像から推測するに、スキアパレッリは地面に高速で激突した、ないしはその激突の衝撃で爆発したのではないか、というかなり悲観的な予想がヨーロッパ宇宙機関(ESA)からも出されています。

もちろん、スキアパレッリが現在どのような状況にあるかは、まだ解像度がそれほど高くない写真でしか推定できないため、よくわからないという状況です。ただ、原因についていろいろな話が出始めています。
このほど、科学雑誌として高い権威を誇る雑誌『ネイチャー』が、その記事の中で、スキアパレッリのコンピューターの故障がこのトラブルの原因になったのではないかという説を発表しました。

パラシュートを開き降下するスキアパレッリの想像図

パラシュートを開き降下するスキアパレッリの想像図 (© ESA/ATG Medialab)

スキアパレッリは、その名の通り「着陸実証機」です。なぜこのような名前になっているかというと、スキアパレッリ自身は、その次に来る、2020年打ち上げ予定のエクソマーズのローバーミッションに向けて、火星着陸に必要なデータを提供することを目的としていたからです。
つまり、スキアパレッリの失敗は、即、2020年(そもそもこの2020年も本来は2018年で、ローバーの準備が遅れたために「幸い」2年延期されたものです)のローバーの準備にとって大きな支障になる可能性があるのです。
このあたり、エクソマーズのプロジェクト科学者であるジョルジ・バーゴ氏は、「(原因究明は)ものすごく重要だ。そのことはみんな(プロジェクトチームのメンバー)の心のなかにあるはずだ。」と語っています。

さて、もう一度スキアパレッリの着陸の状況を振り返ってみましょう
スキアパレッリは、火星大気圏突入から着陸まで約6分間かけて火星へと着陸していく予定でした。降下は途中までは至極順調でした。しかし、パラシュートと後方のシールドを分離した直後、電波が途絶えました。一方ESAは、電波が途絶えたのは着陸予定時刻より約50秒前と発表しており、そうなると、電波が途絶えたのはパラシュート分離より前ということになります。このパラシュート分離前後に何かが起きたことはほぼ間違いないでしょう。
今回のネイチャーの記事では、大気圏突入後4分41秒に「何か問題が発生した」と述べています。この4分41秒という数字は、前面の熱シールドが分離され、依然としてパラシュート降下が続いている時間帯です。
また、先ほどのバーゴ氏は、パラシュートと後方シールドが予定より早く分離したと述べています。パラシュートが分離されたあとは、スラスターによって減速が行われるのですが、本来30秒ほど機能するはずのスラスターが、わずか3秒ほどしか機能していなかったとのことです。これはおそらく、スキアパレッリに搭載されているコンピューターが、自身が地上(付近)にいてスラスターを動作させる必要がないと誤った判断を下した可能性があります。
さらに、着陸機のコンピューターが、本来であれば着陸後に起動するべき観測機器をオンにしてしまっていた可能性も出てきています。これについて、同じくバーゴ氏は「起動するにはまだ高い高度にあった。最も考えられるシナリオとしては、その時点(通信が途絶えた時点)で地上に激突したのだろう」ということです。
この見立ては大変重要です。もしバーゴ氏の主張が正しいとするならば(そして彼の解析が正しいとするならば)、通信途絶はコンピューターの(ハードウェアかソフトウェアかはわかりませんが)トラブルで発生し、本来の高度ではない高度を機器などに伝え、結果としてスキアパレッリは高度を最後まで誤ったまま一直線に地面へと向かい、地上へと激突した(さらに、まだスラスターの燃料が残っていたため、火星表面で爆発した)という可能性が高まります。

ネイチャー誌の記事では、いちばん可能性が高いのはコンピューターのソフトウェアの誤りであり(つまり「バグ」です)、異なるセンサーからのデータを集計した上で判断する部分で、誤った高度を示したのではないかと、ESAの太陽系・惑星探査ミッションの部門長のアンドレア・アコマッツォ氏は考えています。彼によればこれは「(彼の)直感」だということで、具体的な裏付けはないのですが、今のところ彼自身は、全てのデータが集まるまでは原因究明には消極的なようです。ただ、もし彼の直感が当たっているとすれば、それはいいニュースでもあり、悪い(それも最悪級の)ニュースでもあります。

問題は、このソフトウェアは、予定されている2020年のエクソマーズ・ローバーでも使われる予定だということです。さらに、スキアパレッリとは異なり、ヨーロッパとロシアのシステム(ローバーは主にロシアで製作されます)が組み合わさることで、より(チェック体制などが)複雑になる心配があるということです。
もちろん、ソフトウェアの問題であれば、その場所さえ見つかれば修正はハードウェアよりは容易です。問題は、ソフトウェアが飛行前試験を問題なくパスしていたということです。「もし我々が深刻な技術的な問題を抱えているのであれば、それは別の(ハードではなくソフトの)問題であって、我々はそれを慎重に再検討する必要がある。ただ、私としてはそのようなことになるとは思っていない。」(アコマッツォ氏)

今回の事態を再現するためには、実際何が起きたのかをシミュレーションする必要があります。エクソマーズチームでは、地上のバーチャル着陸機を使って実際に何が起きたのかを再現することにしています。それにより、ハードウェア、あるいはソフトウェアの問題を洗い出す予定です。それによりもし問題があった場合、2020年打ち上げ予定のランダーに反映させることにしています。
このような問題があったとしても、さらなるローバー探査の延期は今のところ考えられていません。バーゴ氏も「現時点では、誰も2022年まで(打ち上げが)延びるということは念頭に置いていない。2018年から2020年に伸びただけで十分に困ったことである。」と述べています。

2020年のローバー探査は、実のところ3億ユーロ(日本円で約341億円)もの巨額の予算不足に直面しています。これは実に巨額で、この不足分だけで日本なら「はやぶさ」クラスの月・惑星探査が1回できてしまうほどです。この不足を補うため、12月にESAはEU各国に対し関係大臣の招集を求めています。10月20日の記者会見(行方不明であることが最初に報じられた段階)で、スキアパレッリの事故がミッション全体、とりわけ残されたローバー探査を中止に追い込む可能性について問われたESAのヨハン・ディートリッヒ・ベーナー長官は、事故については(ローバー探査に)全く影響がないと答え「2020年のミッションに向けて順調に動いている。従って確約する必要もないし、そのことを示すだけだ。」と楽観的に答えています。
ただ、バーゴ氏はもう少し現実的で、「療法(着陸実証機と集会機)が問題なく稼働しているところを関係大臣に見せられればはるかによかったのだが…」と述べています。つまり、今回のスキアパレッリの問題が、12月の会合において影を落とす可能性を心配しているというわけです。

ESA自身はミッション全体が成功裏に進んでいることを強調したがっているようにみえます。スキアパレッリからのデータは完璧に受信された、周回機は火星周回軌道への投入に成功した…。しかし、「今のところ、1つ(周回機)はうまくいっているが、1つ(着陸実証機)はうまくいっていない。問題を解決するためのデータを我々が手にしているかもしれない、というのが唯一の希望の光だ」というのが、バーゴ氏の言葉です。

さて、月・惑星探査機におけるソフトウェアの問題は、日本でも経験したことがあります。そう、「はやぶさ」です。2005年11月、第2回の着陸(サンプル回収)において、地表に到達したにも関わらず、サンプル採集用の弾丸が発射されませんでした。結果として、期待を大幅に下回る量のサンプルしか回収できなかったという経験をしています。
これは、第1回の着陸の際の不具合を大急ぎで修正し、探査機へと送信したプログラムの一部に誤りがあったためと判明しています。
また、コンピューターについてはハードウェアの問題も重要です。地球とは異なり、コンピューターの動作を狂わせる宇宙線などがコンピューターに当たると、誤動作を起こしたり動作を停止したりしてしまいます。それが例えば、今回の着陸のようなときに起きたら大惨事です。また、やや特殊な例ではありますが、4年前に火星に向けて打ち上げられ、結局地球上に墜落したロシアの火星探査機フォボス・グルントについては、宇宙船がコンピューターにご動作を起こさせ、バックアップシステムが十分に働かなったため、探査機が異常動作を起こしたという事故報告書が発表されています

探査機のコンピューターの性能も向上し、それに合わせてソフトウェアの量も増大しています。
今回のスキアパレッリの件がもしソフトウェアの不具合が原因であるとするならば、なぜ試験をすり抜けてしまったのか、また誤った高度データを検知した際にも何らかのバックアップ機構(例えば3台でチェックし、多数決でデータを選択するなど)を搭載しなかったのか、といった点が問われるかと思います。
そもそもソフトウェアにはバグはつきものです。しかし、情報化社会において、地上でもちょっとしたソフトウェアのミスで大規模な混乱が生じる例が増えています。例えばソフトウェアのミスで航空機の管制システムや発券システムが停止して飛行機が飛び立てなくなったり、鉄道の運行管制システムに異常が生じて鉄道がすべて運休になってしまったり、といった事態がここ数年あちこちで起きています。
「ソフトウェアにバグはつきものだ」という姿勢ではなく、「バグがあることを前提として、それをどのようにしたら克服して、破局に至らないようにするべきか」という設計方法は情報科学の基本なのですが、逆に言えば、今回何が破局をもたらしたのかがわかれば、そのソフトウェアの問題点(設計上)、あるいはバグが突き止められるでしょう。
それは、2020年のローバーにも役立つだけでなく、全世界の他の火星探査機(特に着陸機やローバー)に役立てられると思います。まだ原因が完全確定したわけではありませんが、いま一度、この分野におけるコンピューター、そしてソフトウェアの重要性について考えてみる必要がありそうです。

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