失敗に終わったロシアの火星探査機、フォボス・グルントについて、ロシア当局はこの3日に
事故調査報告書を発表しました。それに合わせて、アメリカに本拠を置く惑星探査推進団体、惑星協会(The Planetary Society)のルイ・フリードマン会長が、同協会のブログにコメントを寄せています。以下その内容を記すことにします。
=======================================================
アメリカでもかつて、火星探査の失敗を経験しました(編集長注: 近年では、1994年のマーズ・オブザーバー、そして1998年のマーズ・クライメイト・オービターおよびマーズ・ポーラー・ランダーの連続失敗があります)。そのときには、JPLの中では、「火星人がとって食っちまっただ」などという冗談もささやかれたものです。今回、ロシアの火星探査機フォボス・グルントの失敗を受けて、ロシアでは責任をほかの原因になすりつけ、外的な要因のせいにしようとしている人たちがいるようにみえます。
しかし、はっきりしているのは、フォボス・グルントは11月9日(日本時間では10日)の打ち上げ以前にすでに破綻していたのです。安価な部品の使用、設計の欠陥、そして不十分な打ち上げ前の試験などにより、探査機が絶対にミッションを達成できないことは明らかでした。事実、打ち上げから数時間後に地球離脱用のロケット(スラスター)にトラブルが発生し、1月15日、地表に墜落することになりました。
打ち上げと墜落の間に、ロシア内外では混乱から発生したとみられる打ち上げ失敗についての混乱した情報が流れていました。例えば、一部メディアは、アメリカのレーダー基地から発射された電波が探査機を機能不全に陥らせたと報じ、あるいは太陽風が探査機の機能を喪失させたという話や、さらには無名の海外の会社の偽物部品をつかまされたためのトラブルという話もありました。
幸い、こういった話はばかばかしい雑音で終わったようです。先週公表された、ロシア連邦宇宙局によるフォボス・グルントの事故調査報告書では、事故原因は明確に、打ち上げ前の組立段階にあった、と結論づけています…すなわち、探査機の電子回路内に、宇宙用に本来使うべきではない部品が使用されていたということが原因だとのことです。これは、本来探査機を打ち上げる前に、正しい部品を使用し、十分な試験を実施すべきであった技術者の失敗です。本来そうすべきであったのに、技術者たちはそうしなかったのです。
今回の公式事故調査報告書では、3つの主要な原因を挙げています(ただ、これは抄訳に基づいています)。
1. 打ち上げ直後は、探査機はまったく何の問題もなく動作していた。太陽電池パネルの展開も問題はなかった。しかし、(軌道離脱用の)エンジンへの点火コマンドが送信された瞬間、探査機はセーフモード(編集長注: 安全を確保するために最低限の機能だけを実行する状態)に入り、電力を維持するため、太陽電池パネルを太陽方向に向けた状態になった。
2. 電子部品のうち2つが放射線によるダメージを受け、そのためコンピューターが機能を停止した(ロシア当局は、放射線がコンピューターの故障に関してもっとも考えられる原因だと説明していますが、探査機はこの時点で、いわゆるバン・アレン帯などの放射線帯にはまだ達していませんでした)。コンピューターの動作停止の原因が何であったにせよ、その根本的な原因は、宇宙用に設計された電子部品を使用していなかったことにある。部品が故障したため、搭載されていたコンピュータープログラムも動作を停止した。
3. 探査機のすべての構成部分について、十分な地上での試験が行われていなかった。
このフォボス・グルントのトラブルが示すことは、探査機の開発には情け容赦がないということです。手抜きをすれば、それも特に試験で手抜きをすれば、必ず破滅的な結果が待ち構えています。さらに、打ち上げ後探査機が通信可能範囲外にいたという問題もあります。この点、ロシアはマルス96(編集長注: ロシアが1996年に打ち上げた火星探査機。故障により、地球を1周したあと地上に墜落した)の失敗を繰り返したことになります。
惑星協会のメンバーにとっては、この失敗により、協会が開発したフォボス・ライフという実験装置を失ったことになります。ロシアの科学者たちにとっては、何年もかけて開発してきた成果を失ったことになります。中国は相乗りしていた中国初の火星探査機を失いました(蛍火1号)。
こと月・惑星探査に関しては、惑星協会メンバーは勝利の凱歌と失敗の悔しさの両方を経験しています。発見というすばらしい探査に参加できることは大変うれしいことですし、私たちは前に進み続けるという決心をしています。これは、協会のメンバーの皆さんの力強いサポートがあってこそ実現するものです。思い出すのは、私たちが開発した火星マイク(編集長: 惑星協会が、火星の音を地球に届けるために開発したマイクロフォン)を搭載したマーズ・ポーラー・ランダーが失敗に終わったあと、マーズ・エクスプロレーション・ローバーが成功裏に火星に着陸した、という事実です。マーズ96は、私たちの「火星へのビジョン」を搭載したまま海に沈んでしまいましたが、それはフェニックス探査機で再び地球を離れ、無事火星へと到着しました。火星へまた戻るチャンスはまだまだある、私たちはそう信じています。
次の火星探査はいつになるでしょうか。ロシアの科学者は、おそらくもう一度、フォボス・グルントのような探査に挑戦するでしょう。しかし、おそらくは費用の問題もあり、2020年までに実現するのは難しいと考えられます。今回明らかになったシステムの問題を克服するためには、ロシアの宇宙産業には大いなる努力が求められます。
しかし、より実現しやすい探査はいままさに進んでいます。ヨーロッパ宇宙機関 (ESA)が開発中の火星希ガス周回機は、ロシアのロケットで2016年に打ち上げられる予定ですし、2018年には同じくヨーロッパのエクソマーズ探査機も打ち上げられます。この両探査について、打ち上げ国であるロシアは科学面での協力体制を構築しています。
残念なことに、アメリカは財政問題に直面したことから、この両探査への協力を打ち切っています。実際のところ、NASAの将来火星探査計画は危機に瀕しているとみてもよいでしょう。今後の情報に注意していきましょう。
(編集長注)この「今後の情報」ですが、3月に開催された月惑星科学会議で、NASAの担当者から大幅なプログラムの後退が発表され、出席した科学者に大きな波紋を投げかけました。これについてはブログの該当記事をご覧下さい。また、メールマガジンでも編集長の分析を掲載する予定です。
・惑星協会のブログ (英語)
http://www.planetary.org/blog/article/00003361/
・フォボス・グルント/蛍火1号 (月探査情報ステーション)
https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/future.html#PHOBOSSOIL