ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とロシアの宇宙機関ロスコスモスは3月13日に声明を発表し、今年7月に打ち上げる予定としていた、エクソマーズの2020年打ち上げ分(以下「エクソマーズ2020」)について、打ち上げを2年延期し、2022年とすると発表しました。なお、その原因の一部は、いま世界中を襲っている新型コロナウイルス感染によるものです。
エクソマーズは、ヨーロッパとロシアが共同で進める火星探査計画です。火星に生命がいた(いる)かどうか、また生命誕生に重要な役割を果たす水の存在を確かめることがこの計画の目的です。
火星探査としてははじめて、探査機が2回に分けての打ち上げられます。1回目はすでに2016年に打ち上げられました。こちらは、火星大気を調べる周回機(TGO=微量ガス探査周回機)と、着陸技術実証のための着陸実証機「スキアパレッリ」からなっていました。周回機は軌道投入に成功しましたが、着陸実証機は効果中行方不明となり、後に火星表面に激突していたことがわかりました。
続いて今年7月、ロシアによって開発された着陸機「カザチョフ」と、ローバー「ロザリンド・フランクリン」が火星に向けて打ち上げられるはずでした。
ESA及びロスコスモスによると、ESAのヨーハン・バーナー長官とロスコスモスのドミトリー・ロゴツィン長官は、エクソマーズ2020について「ハードウェア・ソフトウェア両方について、追加のテストが必要」という認識で一致したとのことです。さらに、この開発の最終段階において「ヨーロッパにおける新型コロナウイルス蔓延の悪化」(ESA発表の原文では “the general aggravation of the epidemiological situation in European countries”)が発生したことから、打ち上げを延期することとしたとしています。
火星探査機の打ち上げは、いつでもできるわけではありません。火星と地球の位置関係の問題から、打ち上げの好機は2年に1回となります。前回は2018年、そして今年がこの好機に当たっています。延期するとなると2年の延期が必要となり、打ち上げは2022年に延びることにならざるを得ません。
「この打ち上げ2年延期という決定は難しいものではあったが、熟慮の結果でもある。基本的にこの延期の理由は、エクソマーズ2020のシステム全体をより強固なものとするためのものであるが、一方で、現在ヨーロッパで起きている疫学的な状況(新型コロナウイルスの蔓延)により、我々(ロシア)の技術者が関係する企業に出向くことができないという不可抗力も影響している。私たちとヨーロッパの仲間たちがとる、ミッションの成功を確実にするためのステップは間違いなくうまく行くだろうし、ミッション自身確実に実行できる。私はそう確信している。」(ロスコスモスのドミトリー・ロゴツィン長官)
「ミッションを実施する際には100パーセント確実に成功することを期したい。間違いが入り込む余地を残すことは許されない。(マーズ2020について)よりしっかりとした試験を行うことで、安全な火星までの飛行と確実な科学的成果が保証される。」(ESAのヨーハン・バーナー長官)
またバーナー長官は、打ち上げに向けた各参加企業の努力を讃えた上で、「このような非常にユニークなプロジェクトを現実のものとしようとしていることに非常に満足しており、また残された作業をできるだけ早く仕上げられるだけの知識体系を持っている。」と述べ、2022年の打ち上げは確実に行えることを期する考えを示しました。
この延期により、エクソマーズ2020は新たに「エクソマーズ2022」となります。新たな計画では、打ち上げは2022年の8〜10月、火星到着は2023年の4〜7月となります。
この延期について、多くのメディアは「新型コロナウイルス蔓延がついに宇宙計画にも影響を及ぼした」と書いています。これはある側面からみたら正解です。上記のロゴツィン長官の発言の中にもあった通り、ヨーロッパで猛威を振るっているこのウイルスの感染によってESAやロシアが入国・出国に制限を課しているばかりか、フランスのように外出の禁止と行った非常手段に踏み切っているところもあり、これでは探査機の最終段階の検査・試験を行うことは到底不可能といえるでしょう。
ただ、エクソマーズ2020自身はこれまでも延期の可能性が指摘されていました。昨年8月には降下用のパラシュートの試験に失敗するなど、ミッション日程に影響を及ぼす問題が何回か発生しており、そもそもスケジュールにはあまり余裕がなかった状況です。それでなくても火星探査は「いつでも打ち上げられる」というものではなく、「2年に1回」という縛りがありますから、無理して間に合わせようとすると探査機自身に問題を抱えたまま打ち上げることになりかねません。
ロシアはかつて、1980年代から2010年代にかけて、火星探査機を「フォボス」(2機)「マルス96」「フォボス・グルント」と連続4機打ち上げながら、その全てに失敗するという苦い経験を持っています。ロシアにしてみれば今度の火星探査は絶対に失敗が許されないものといえるでしょう。残念ではありますが、延期はやむを得ない決定だったといえます。
バーナー長官がしきりに「安全・確実」を強調しているのも、このような背景があるといえるでしょう。
アメリカのジェット推進研究所で実施されたパラシュート展開試験
なお、探査機の状況については、カザチョフ搭載の13の科学機器、及びロザリンド・フランクリン搭載の9つの科学機器がすでに準備を終えており、ロザリンド・フランクリンについてはフランスで最終熱・構造試験も通過しているとのことです。
また、パラシュート試験についてもアメリカ・カリフォルニア州のジェット推進研究所で成功裏に終了しており、3月には2つの最終高高度落下テストをアメリカ・オレゴン州で実施する予定とのことです。ただ、アメリカについても新型コロナウイルスの感染が広がっていることから、これが予定通り実施できるかどうかはわかりません。
降下モジュールは過去数カ月の間に実証を終了しており、これとカザチョフはフランスのカンヌで現在環境テストを実施し、火星までの宇宙飛行に耐えられることを実証する予定となっています。
2020年は世界で4つの火星探査機が打ち上がるという歴史的な年になるはずでした。しかし、エクソマーズ2020の延期により、現在のところ打ち上げが予定されているのは、アメリカのマーズ2020、中国の火星探査機「火星1号」、アラブ首長国連邦(UAE)の火星探査機「アル・アマル」の3つとなりました。もちろん、3つでもすごいことではありますが。もちろん、これら3つについても、特にこの新型コロナウイルス蔓延の影響が出ないとも限りません。注意していく必要があります。
ウイルス蔓延という想定外の事態において、月・惑星探査は安全第一という理念を外さずに進める必要があります。延期は残念ではありますが、確実な成功を願って、さらに2年待つことにしましょう。
- ESAの発表