NASAは6月1日、新たな月・惑星探査ミッションとして2件の金星探査を採択したと発表しました。これはNASAが展開している小型の月・惑星探査プログラム「ディスカバリー計画」の新たなミッションとして採択されたものです。ディスカバリー計画の中で金星探査が選ばれたのははじめてのことになります。

金星探査機マゼランが捉えた金星

1989年に打ち上げられたアメリカの金星探査機「マゼラン」が取得したデータを元に再現した金星の地形の様子。金星は分厚い大気に覆われているため上空から地表の様子がみえない。そのため、マゼラン探査機はレーダー(電波)を使って地表の様子を探査した。そのデータを元に再現した地表の様子であり、色は強調のためにつけられたもので実際のものではない。大陸に相当する高く大きな隆起部分や、火山などが存在することが明らかにされた。
(Photo: NASA/JPL-Caltech)

■金星とは?金星探査の歴史は?

金星は太陽系の中で、地球より1つ太陽寄りを回っている惑星です。空を見ると「明けの明星」「宵の明星」として知られる星でもあります。大きさが地球に近いことから「地球の双子星」と呼ばれることもありますが、1970年代の旧ソ連の金星探査により、表面の温度が470度、気圧は90気圧もあるという地獄のような天体であることが明らかになりました。

金星の地獄のような環境を作り出しているのは、金星を取り巻く分厚い大気です。その大気のほとんどの成分が二酸化炭素であり、これが、いま地球でも問題になっている「温室効果」(大気がまるで温室のような形で地表からの熱放射を跳ね返し、天体全体を暖める効果を持つ)を作り出し、金星の表面温度をとてつもなく上昇させてしまった、というわけです。

火星に比べると生命の存在の可能性が低いこともあるのか、金星探査はこれまで比較的地味な分野とされてきました。上記の通り、1970年代は旧ソ連が「ベネラ」探査機を次々に打ち上げ、この過酷な条件で着陸探査を行うことに成功しました。
1980年代にはアメリカの「パイオニア・ビーナス」探査機が金星を探査しました。1990年代には同じくアメリカの「マゼラン」探査機が金星を探査しました。金星は前述の通り分厚い大気を持つため、カメラで上空から撮影しても地表をみることができません。そこでマゼランは大気を貫く電波を使うレーダーによって地表を探査し、金星全体のはじめての地図を作りました。その結果、金星にも地球の大陸に相当するような地形や、火山が存在することが確かめられました。

21世紀に入ると、ヨーロッパの「ビーナス・エクスプレス」、そして日本の「あかつき」が金星に挑みます。あかつきは一度金星を回る軌道への投入に失敗しましたが、5年後の再挑戦で成功、現在(2021年6月)現在も探査を続けています。

■新たな探査機は「ダビンチ・プラス」と「ベリタス」

今回採択された金星探査計画は「ダビンチ・プラス」(DAVINCI+)と「ベリタス」(VERITAS)という名前です。

「ダビンチ・プラス」(DAVINCI+)(注1)は、金星大気に突入するプローブにより、金星大気を測定するというミッションです。金星大気の組成を直接調べることで、金星大気、さらには金星そのものの成り立ちに迫ることを目的にしています。
さらに、金星の「テセラ地形」(tesserae)と呼ばれる、細かく複雑な模様のある地形について、高解像度の写真撮影を試みます。このテセラ地形は金星のレーダー観測によって発見されてはいますが、その実態はまだよくわかっていません。科学者は地球の大陸に相当する地形、あるいはプレートテクトニクスに相当する作用で生じた地形ではないかと考えていますが、それを実証することができるかもしれません。

一方ベリタスは、「金星放射・電波科学・干渉SAR及び地形・スペクトル測定ミッション」(Venus Emissivity, Radio Science, InSAR, Topograpy and Spectroscopy)の頭文字をとったもので(当然VERITASという単語になるように合わせたものではありますが)、金星を周回しながら、電波と赤外線により金星を観測します。これにより、金星の地質・地形を詳細に調べ、地球となぜ異なる道をたどったのかを明らかにしようというのが目的です。
まずベリタスは搭載レーダーで金星地表の3次元観測を行い、標高を詳細に測定します。これにより、金星にもプレートテクトニクスのような機構があるのかどうかを明らかにします。また、火山活動が金星で今も起きているのかを知ることもできるでしょう。
またベリタスは、赤外線領域での観測も行います。これにより、金星表面の岩の種類を知ることができます。このような表面の岩の種類についての情報はこれまでほとんど得られていませんでした。岩の種類を知ることで地質構造を明らかにできるほか、活火山からの水蒸気の放出などを捉えられるかも知れません。

なお、両探査機は、本来のミッションに加え、NASAの技術実証装置を搭載します。ダビンチ・プラスは小型紫外・可視光撮像スペクトロメーター(CUVIS: Compact Ultraviolet to Visible Imaging Spectrometer)を搭載します。開発はNASAゴダード宇宙飛行センターが担当します。自由曲面光学という新しい技術を用いたスペクトロメータ-で、紫外から可視光線の領域を測定します。これにより、金星大気の紫外線吸収量を測定します。
一方、ベリタスの方には深宇宙原子時計2 (Deep Space Atomic Clock-2)が搭載されます。こちら、開発はジェット推進研究所(JPL)です。超精密な原子時計を搭載することで、将来的な深宇宙探査機の自律動作をサポートし、また電波科学などに役立つことが期待されます。

ダビンチ・プラスはNASAゴダード宇宙センターのジェームズ・ガービン氏が、ベリタスはJPLのスーザン・スムレカー氏が主任研究者となります。

■「温室効果の理解のため、30年ぶりに金星を再訪」

NASAの科学担当副長官であるトーマス・ザブーチェン氏は、「我々は30年以上にわたって訪れていなかった世界を再訪することで、惑星探査プログラムを加速させる。NASAが開発・改良し続けている最新技術を用いて、なぜ地球の双子星とまでいわれるほど地球とよく似た金星が地球と全く異なる熱い世界になってしまったのか、これを理解するために10年間にわたる金星探査に挑む。私たちの目標は奥深いものだ。ただ単に、太陽系の惑星の進化や居住可能性を調べるというだけではなく、NASAの非常にエキサイティングでかつホットな研究分野でもある系外惑星研究にも関連している。」と述べ、この2つの金星ミッション(しかも2つの金星ミッションを選んだこと)について、NASAの科学研究全体に関連していることを強調しています。

また、NASAのディスカバリー計画の科学者であるトム・ワグナー氏は「私たちが金星についてほとんど知らないというのは驚くべきことである。しかし、これらのミッションの成果を組み合わせることで、金星大気を漂う雲からその表面、さらには中心にあるコアに至るまで、金星全体にわたる理解を得ることができるだろう。まるで金星という惑星を再発見するようなものだ。」と、ミッションにかける期待を述べています。

今回選ばれた2つのミッションは、前回のディスカバリー計画の選定において最終候補にまで残ったものの、落選したミッションでした。そのときに選ばれた2つのミッションは、いずれも小惑星探査「ルーシー」と「サイキ」でした。このとき、ディスカバリー計画で選定された複数ミッションが同一の「小惑星」(同じ小惑星ではありませんが)というターゲットであったという点に多くの科学者が驚きましたが、これは当時NASAが進めていた有人小惑星探査計画「小惑星イニシアチブ」と関連しているとされました。

今回、再び2つの同じ目標地点のミッションが選定されたということも意外ですし、それが両方とも金星であるという点もまた意外です。もちろん、前回ミッションで最終候補にまで残っていたくらい「熟成」が進んだ両ミッションですから、次で選ばれることは半ば既定路線だったのかも知れません。ただ、ザブーチェン副長官のコメントなどからは、「温室効果」の探求という意味が読み取れます。これは、前・トランプ政権の方針を180度転換し、地球温暖化問題を政策の正面に据えようとしているバイデン政権の意向に沿ったものかも知れない…これは少々深読みかとは思いますが。

■「早い、安い、すばらしい」を目指すディスカバリー計画

本計画を含めたディスカバリー計画についても少し説明していきましょう。

ディスカバリー計画とは、NASAの小規模の惑星探査計画です。
1980年代までの月・惑星探査が、巨大な探査機を長い期間かけ膨大な予算で開発するというスタイルであったため、どうしても打ち上げ頻度が下がり、膨大な予算が必要となり、さらにはスケジュールの遅れなどが常態化してしまっていました。その反省から、ミッション予算を絞り(正確には上限を設け)、開発期間も数年程度と短く、小型で目的を絞った探査機を打ち上げるという形の月・惑星探査プログラムがディスカバリー計画です。早く、安く、すばらしい成果を得ることを目指した月・惑星探査といえるでしょう。

はじめて選定されたのは、1996年に打ち上げられた火星探査機マーズ・パスファインダーです。その後、水星探査機メッセンジャー月探査機グレイルなどが選定され、今回のダビンチ・プラスとベリタスは14番め、15番めとなります。

今回の計画の予算上限はそれぞれ5億ドル(日本円で約550億円)と、アメリカの月・惑星探査ミッションとしては比較的低額です。

両探査機の打ち上げはいずれも2028年〜2030年が予定されています。
打ち上げはまだまだ先ですが、私たちにもなじみ深い金星の謎が解き明かされることを期待したいと思います。

(注1) 「ダビンチ」は本来「レオナルド・ダ・ビンチ」という人名にちなんでいることから、「ダ・ビンチ・プラス」という表記もありえますが、今回は英語の表記がDAVINCIと一語となっていることを考慮し「ダビンチ・プラス」としました。

  • NASAのプレスリリース