NASAが開発した火星探査機「マーズ2020」(愛称: パーセビアランス)は、7月30日午前7時50分(アメリカ東部時間。日本時間では午後8時50分)、アメリカ・フロリダ州のケープカナベラル打ち上げ場から打ち上げられました。打ち上げから1時間弱でロケットから探査機が切り離され、打ち上げは成功しました。
なお、打ち上げ後に衛星は一時安全モード(セーフホールドモード。衛星の必要不可欠な機器を除き他の装置の電源が遮断されるモード)に一時移行するという問題が発生しましたが、現在は正常に戻っています。NASAはプレスリリースを発出した時点では衛星について健全であるかどうかの状態確認を済ませており、問題はないとしています。
今年は3機の火星探査機が打ち上げられるという、火星探査機打ち上げラッシュとなりましたが、その「おおとり」を飾ったのがこのパーセビアランスの打ち上げでした。
パーセビアランスは、英語のperseverance(忍耐、根気などの意味)から取られた愛称です。2月に探査機はケネディ宇宙センターに運ばれて最終調整作業を行っていましたが、折悪くアメリカ全土、さらには世界全体に新型コロナウイルスの感染が広がり、この作業の際にも感染を防止しながら、しかしスケジュールを順守するという大変なミッションが加わりました。まさに「忍耐」が必要な打ち上げ準備が、ようやく報われたことになります。
NASAのジム・ブライデンスタイン長官は、「このパーセビアランスの打ち上げによって、私たちは新たな探査の歴史を開くことになる。この素晴らしい探査機の旅立ちにあたっては、この困難な時期に私たち全員が最善を期することが必要であった。いま、私たちはこの探査機がもたらす科学的成果、そして将来的に有人火星ミッションへとつながる、火星サンプルリターンを心待ちにしている。」と、この探査機への大いなる期待を語っています。
打ち上げ後1時間25分後の午前9時15分(アメリカ東部夏時間。日本時間では午後10時25分)に、探査機からの最初の信号がもたらされました。ところがこの時点で、本来あるべきテレメトリー情報(探査機の内部状態を示す情報)が送られてきていませんでした。テレメトリー情報が送られてきたのはそのさらにあと、午前11時30分ころ(日本時間では翌31日の午前0時30分頃)でした。そのデータを解析したところ、探査機がセーフホールドモードになっていることが判明、おそらくは探査機が地球の影に入った際に、想定より少し温度が下がってしまったためかと考えられました。その後探査機は地球の影を抜け、当初想定通りの温度に戻っています。
こういった探査機のトラブルは運用している側もまさに肝を冷やすものですが、今回はある程度想定されたものだったようで、迅速に対応、回復したのは幸いでした。
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今回のパーセビアランスは、火星に送られた4台めのローバーとなります(但し、マーズ・エクスプロレーション・ローバーの2台の同一規格のローバー「スピリット」と「オポチュニティ」を1台として数えた場合。これらを個別にカウントすると5台となる)。1997年、世界ではじめて火星の地を走ったマーズ・パスファインダーのローバー「ソジャーナ」は重さがわずか10キログラム。これに対し、パーセビアランスは重さが1025キログラムと、100倍以上にもなりました。
パーセビアランスは、火星ローバーとしては「4世代め」といいたいところですが、実際の設計は3世代めに当たるマーズ・サイエンス・ラボラトリー「キュリオシティ」をベースとしているため、さしずめ「3.5世代め」というところです。ただ、キュリオシティをベースとしていても、このパーセビアランスは各所に大幅な改良が施されており、実質「3.9世代め」、あるいは素直に第4世代といってもいいかも知れません。
人工知能を搭載して走行性能が大幅に向上、1日に200メートルもの走行が可能となりました。7つの科学装置はキュリオシティよりは数が少ないものの、厳選されています。将来の有人火星探査に向け、火星大気に含まれる二酸化炭素から酸素を製造するための実証装置「火星酸素その場生成実験」(MOXIE)が搭載されています。
さらに、火星大気中で飛行するヘリコプター「インジェニュイティ」(Ingenuity)も搭載されています。パーセビアランスの胴体に装着されたこのヘリコプターは、重さはたった4キログラム、ヘリコプターというより「ドローン」と呼んだ方がふさわしいかも知れません。しかし、このヘリコプターは、将来の火星探査に新たな手法をもたらすという意味で画期的です。
インジェニュイティは30火星日(火星の1日は約24時間39分。従ってほぼ31地球日に相当)にわたり数回(最大5回)の飛行実験を行う予定です。地球の100分の1しかない薄い火星大気の中でヘリコプターが飛行できることが実証できれば、将来の火星探査への応用が期待できるほか、有人火星探査においては、より大型のヘリコプターによる物資、さらには人員の輸送も行えるかも知れません。
なんといってもこのパーセビアランスの最大の「売り」は、将来の火星からのサンプルリターンに備えたサンプル採取・保管でしょう。将来打ち上げられる予定のサンプル回収機を待つ形で、本体に収集したサンプルを格納して保管する機能を持っています。
このように、パーセビアランスは、将来の火星探査、さらには有人火星探査を見据えた各種機能が搭載された野心的なローバーなのです。
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パーセビアランスは、火星にかつて生命が存在したか、あるいはその生命が現在も(限定的ながらであっても)生き延びているかという、人類が抱き続けてきた問いへ答えを出すことを最大の目的としています。
このために選ばれたのが着陸点です。今回パーセビアランスが着陸する場所は「ジェゼロ・クレーター」というところです。このクレーターは太古の火星においては湖であったと考えられています。さらに、このクレーターには川が流れ込み、その川が運んできた堆積物がクレーター内で三角州を形成していたことが明らかになっています。
このような環境は、生命の存在、あるいはもう少し限定して、豊富な水や有機物の存在が考えられる場所です。NASAの科学ミッション副部門長であるトーマス・ズブーチェン氏は、パーセビアランスが明らかにするであろうジェゼロ・クレーターの古代の環境、そしてそこから導かれる生命の謎についての期待を語っています。
「ジェゼロ・クレーターは、太古に存在した可能性がある火星の生命を探査するのには完璧な場所である。パーセビアランスは、ジェゼロ・クレーターがかつてどのような環境であり、そしてどのようにして今に至ったかを調べ、火星についての私たちの疑問に新たな答えを見出してくれることだろう。ローバーには古代の湖底に堆積した物質を調べる、将来のサンプルリターンに向けて保管しておく装置も搭載されており、私たちは時をさかのぼって、宇宙のどこかにかつて生命が存在したかどうか、科学者が答えを出せるだけの情報を見出すことができるだろう。」
問題はこの、サンプルを持ち帰ってくるミッションがいつ、あるいはそもそも行われるかですが、現在NASAとヨーロッパ宇宙機関(ESA)が共同で検討を進めており、早ければ2026年には打ち上げられるようです。
サンプルが地球に持ち帰られれば、地球上にある設備を使ってこれまでになく詳細な分析を行うことが可能です。このサンプルリターンミッションの実現も待たれるところです。
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期待が膨らむパーセビアランスですが、毎度のことながら、火星表面に到達するためには必ず通らなければいけない難関があります。火星大気を降下し、地表に着陸することです。過去何機もの着陸機がこの試練に耐えられず、失敗する運命をたどってきました。
今回のパーセビアランスの着陸に向けた一連の動作は、やはり、将来の火星探査(有人火星探査)において有益な情報を提供することになるでしょう。
「パーセビアランスは史上もっとも高性能なローバーである。ソジャーナ、スピリット、オポチュニティ、そしてキュリオシティと進化してきた、その先に位置しているからだ。同じように、このローバーに搭載されるMOXIEやインジェニュイティが将来進化し、将来の探査機に搭載されれば、この赤い惑星、さらにはその先にある天体を探査する探検者にとって非常に有益なツールとなるであろう。」(ジェット推進研究所(JPL)のマイケル・ワトキンス長官)
同じくJPLのマーズ2020ミッションのプロジェクトマネージャー、ジョン・マクナミー氏は、これからのミッションに期待を述べつうも、この先の火星への旅に向けて気を引き締めています。
「火星と私たちの間にはまだまだ長い道のりがある。火星まではこれから4億6600万キロもの道のりがある。しかしこのチームは、それを確実にやってのける。2021年2月18日、私たちはジェゼロ・クレーターに降り立つ。」
7ヶ月の旅ののち、パーセビアランスがみせてくれる光景はどのようなものでしょうか。
今から楽しみでなりません。
- NASAのプレスリリース