2020年に打ち上げられる予定のヨーロッパとロシア共同の探査計画「エクソマーズ」のローバーと着陸機の着陸地点について、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)は28日、2箇所の候補地を選定しました。オクシア高原 (Oxia Planum) とマワース峡谷 (Mawrth Vallis) です。

エクソマーズ2020年ローバー

エクソマーズ計画で2020年に打ち上げられる予定のローバーの想像図。(© ESA)

エクソマーズ計画では、2020年に着陸機とローバーを打ち上げる予定としています。本来の打ち上げは2018年だったのですが、開発の遅れなどから2年の延期を行うことを昨年決定しています。
この着陸機およびローバーの着陸点について、ESAでは選定委員会を27日に開催し、最終的に着陸点を2箇所まで絞り込むことにしていました。この3ヶ所は、当初(2015年時点。このときはまだ、2018年打ち上げの計画だった)着陸点として有力視されていたオクシア高原、そしてアラム尾根とマワース峡谷です。いずれも水が豊富にあった場所であることがわかっており、エクソマーズが目指す「生命の痕跡を探す」という目的にピッタリの場所でした。

しかし、科学的な目的の重要性より、さらに優先される事項があります。それは「着陸のしやすさ」(安全性)です。なにしろ着陸できなければ探査ができないわけですから、この点はなんといっても最優先にせざるを得ません。
今回の3箇所から2箇所への絞り込みでは、もちろんまずこの点が重要視されました。まず、候補地がどれくらい低い場所にあるかどうかがポイントとなりました。なぜ「低さ」が重要かというと、低ければ低いほど、火星大気との摩擦などでより長く減速でき、その結果よりゆっくりと(安全に)着陸できるからです。

次に、着陸点を中心として長さ120✕19キロの範囲内で、着陸やローバーの展開、ローバーの運用に支障となるような障害物がないかどうかが調べられました。ローバーの運用に危険を及ぼしそうな地形としては、急な坂、石や砂などがゆるくたまっているような場所(ローバーが車輪を取られて動けなくなる可能性がある)、大きな岩(当然のことながら、ローバーが避けて進めなかったり、最悪の場合乗り上げて横転ということもある)などです。

今回、オランダ・ノルドバイクにあるESAのヨーロッパ宇宙技術研究センター(ESTEC)で2日間にわたって開催された選定会議では、このような着陸点に関する技術的な製薬という観点から、マワース峡谷が有利であると判断されました。
その前の会議で選定されていたオクシア高原については、とりあえず有力候補としてそのまま残った形になるようです。

オクシア高原の地質・地形図

オクシア高原の地質・地形図。オクシア平原は比較的平坦で、大きなクレーターなども少ないことから着陸に支障が少ないと判断される。一方特に東部を中心に水が流れた跡がみつかっており、水や有機物の存在に関しての新たな証拠が見つかる可能性が高い。(© Base Map: NASA/JPL-Caltech/ASU, analysis: IRSPS/TAS-I)

今回着陸地点候補として選定された2箇所、オクシア高原とマワース峡谷は、どちらも火星の赤道から少しだけ北に位置しています。このあたりには、かつて水が流れたとされるような無数の谷がみつかっています。これらの谷は南の高原地帯から北側の低地へと走っています。
オクシア高原は、このような多くの谷が流れ下って消えている平原付近から始まり、粘土鉱物が多数あることがこれまでの探査からわかっています。粘土は砂や泥などの細かい鉱物が水の中で堆積してできたものですので、かつて(おそらく39億年くらい前)ここには豊富な水(湖?)が存在したのではないかと考えられています。
上記の地質・地形図でも、この粘土鉱物を含む層が高原一帯の広い範囲に広がっていることが確かめられており、探査によってこれらを明らかにすることで、古代の火星にどのくらいの水があったのか、さらには生命をもたらすことができたのかどうかを解明できる可能性がぐっと高くなってきます。

一方、マワース峡谷はオクシア高原から数百キロメートル離れており、この谷自体が水が大規模に流れ下った跡であることがわかっています(専門用語では「アウトフロー・チャネル」(Outflow Channel)といいます)。着陸地点は、この谷の南側が想定されています。
これまでの探査データからの解析では、マワース峡谷は何層もの堆積層からなっており、やはり粘土鉱物を主とする堆積物が多いことがわかっています。さらに鉱物についての分析から、この地域には水が少なくとも数億年は存在していた可能性が指摘されており、おそらくは湖か大きな池のような形で水が存在していたことが考えられます。

マワース峡谷の探査機画像

マワース峡谷付近を撮影した探査機の画像をつなぎあわせたモザイク画像。ヨーロッパの火星探査機、マーズ・エクスプレスのデータを使用。谷は本画像の中心付近にある。水は南側(画像下)から北側(画像上)に向けて流れている。右下隅の白い線が100キロメートルを示す。© ESA/DLR/FU Berlin, CC BY-SA 3.0 IGO

加えて、白っぽい岩石が写真からも目につきますが、これらの岩石は水によって変成された岩脈が通っているのではないかと思われます。地球の岩石でもよくみかけますが、岩の間を白っぽい鉱物が貫いていることがありますね。あのような岩石が存在している可能性が高いというのです。
こういった岩脈は、地下水と岩とが反応してできたと考えられています。あるいはより温度が高い、熱水によるものかも知れません。熱水といえば、地球上でも生命発生の地と考えられる深海の熱水噴出口が思い浮かびます。太古の火星ではこのあたり一帯が湖、あるいは海であり、湖底、あるいは海底には熱水噴出口があり、そこでは生命が育まれていた…そのような可能性も考えられます。
マワース峡谷は、このような火星の長期にわたる歴史を反映した場所であると期待されています。生命の存在はもちろんのこと、火星がどうして今のような環境になったのかを知るという意味でも絶好の場所であるといえるでしょう。

今後、この2箇所の候補地点についてより詳細な科学的な調査が実施されます。科学的な面からは、ドリルによる掘削の候補地点の選定やローバーの走行ルート、そしてそのルート上での科学実験の場所などを決定します。ルートは最低でも5キロメートルにわたります。
技術的な側面からは、着陸候補地点の岩やクレーターの大きさ、傾斜の詳しい測定や柔らかい砂の位置の同定などを行い、着陸やローバーの走行ができるだけ安全に行えるようにします。すでにこれらの詳細検討はマワース峡谷について開始されています。

エクソマーズのローバーの360度映像 (© ESA/ATG Medialab)

現在のところ最終的にいつ着陸点が決定されるのかについてはまだ決まっていませんが、幸か不幸か打ち上げが2年延期になったことを考えると、もうしばらく詳細な検討を行う時間があると考えられます。どちらに決まっても大変興味深い探査になることは間違いありません。楽しみに待ちましょう。

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