NASAは1月8日、初となる商業月輸送プログラム(CLPS: Commercial Lunar Payload Services…クレプスと読みます)の打ち上げを実施しました。ユナイテッド・ローンチ・アライアンス社(ULA)社のロケット「バルカン」初号機に、アメリカの民間企業の月着陸機を搭載しています。順調に行けば2月23日に着陸の予定です。

商業月輸送プログラム1号機の打ち上げ

商業月輸送プログラム(CLPS)1号機となる、アストロボティック社の着陸船「ペレグレン」の打ち上げ。
Photo: NASA/ULA

アメリカとしての月着陸船の打ち上げは、1972年の(有人ミッションである)アポロ17号以来、実に52年ぶりとなります(なお月周回衛星は1994年の「クレメンタイン」をはじめとして何機が打ち上げています)。また、民間による月着陸ミッションは、日本のアイスペース社に続くものです。
さらに今回は、ULAが開発した中〜大型のロケット「バルカン」(Vulcan)の初号機の打ち上げという、大一番でもありました。
打ち上げ後約50分でロケットから月着陸機は無事分離され、打ち上げは成功しました。

商業月輸送プログラム(CLPS)は、NASAが企画する、民間主導の月着陸・月輸送プログラムです。
これまでであれば、月への輸送は全て、NASAが開発したロケットで、NASAが開発した宇宙船、あるいは探査機を使うことが一般的でした。ちょうどアルテミス1がその恒例といえるでしょう。ただこれでは、どうしてもコストが高くなってしまい、また民間の優れた技術を積極的に採用することも難しくなります。
そこで、民間の競争力、優れた技術、短期間・低コストでの開発といった優れた点を月探査・月輸送にも取り入れようというのが、このCLPSの大きな目的です。

CLPSはNASAが資金を拠出し、民間企業に月着陸船の開発を依頼します。
委託を受けた民間企業は月着陸船を開発すると共に、NASAが委託したペイロード(荷物)を月へ輸送する責務を負います。
このような仕組みは、地球周辺の低軌道での輸送では、例えば国際宇宙ステーション(ISS)への補給ミッションなどで一般的になりつつありますが、この発想と仕組みをつきにまで広げようというのがCLPSです。

今回の月着陸機を開発したのは、アストロボティック(Astrobotic)社というアメリカの宇宙ベンチャー企業です。
アストロボティック社は、日本のアイスペース社と同様、月への物資輸送をビジネスとする会社です。またこれもアイスペース社と同様、かつて行われていた月着陸の技術競争「グーグル・ルナーXプライズ」(GLXP)にも加わっていました。
今回アストロボティック社が開発した月着陸機「ペレグリン」(Peregrine)は、高さ1.9メートル、幅2.5メートルと、ちょっとずんぐりした形の着陸船で、人の背丈よりも少し高い(背の高い人であれば、隣りに並ぶとちょうど同じくらいになるでしょう)月着陸機です。ただ、それなりにコンパクトながら、月には最大100キログラムのペイロードを輸送できるという高い能力を誇ります。

今回NASAは、合計で5つの科学機器を搭載しています。

  • レーザー反射板…着陸地点の位置の正確な測定
  • 中性子分光計…水の検出
  • 線形エネルギー移動分光計…月の放射線環境の測定、太陽からの放射線の測定
  • 近赤外揮発性物質測定システム…近赤外光を用いた水及び鉱物など、月表層物質の測定システム
  • ペレグリン・イオントラップ質量分析計…月のごく薄い大気中にある物質の測定

さらに、民間企業から委託されたいくつかのペイロードが搭載されます。

この中で注目されるのは、日本の大塚製薬が搭載する「ポカリスエット」です。
月探査情報ステーションブログでも10年前に記事にしましたが、大塚製薬では、ポカリスエット(粉末)を月面に届けるというプロジェクトを2014年にスタートしました。その後なかなか進捗が聞こえてきませんでしたが、今回ついにそのミッションが達成されることになります。
当時の記事をみる限りでは、外側はポカリスエットの缶(350ミリリットル缶)を模した形をしており、上部に粉末状のポカリスエットを搭載している形です。

ルナ・プロジェクトで月面へ運ばれるカプセルの模式図(大塚製薬プレスリリースより)

ルナ・プロジェクトで月面へ運ばれるカプセルの模式図
(大塚製薬プレスリリースより)

NASAのビル・ネルソン長官は、今回の打ち上げについて、「最初のCLPSの打ち上げは、半世紀以上ぶりに月面に戻ろうとしている人類にとって大きな飛躍である。リスクの高いミッションであるが、これは月における新しい科学を行うだけではなく、アメリカの技術とイノベーションの強さを示しながら、成長する宇宙経済を支えていくものである。CLPSを通して学ぶ科学はたくさんあり、太陽系の進化のよりよい理解、そしてアルテミス世代の有人探査の未来を形作るために役立つであろう。」と、その意義を述べています。
長官の発言の中で興味を引くのは、月の科学について述べている点と、経済(商業活動)について述べている点です。CLPSは民間企業が実施する商業ミッションで、NASAはそこに科学的な測定装置を搭載するという形で関与しています。

また、アストロボティック社のCEO(最高経営責任者)であるジョン・ソーントン氏は、「今日、ペレグリン・ミッション1(今回の打ち上げ)は多くのマイルストーンを達成した。探査機は地球との通信にも成功し、現在月に向けて進んでいる。アストロボティック社は、この瞬間を可能とするために努力を惜しまなかったサプライヤー、顧客、スポンサー、サポーター、そして250人の従業員に感謝したい。」と述べ、成功について祝福しています。

今回、アメリカとしてははじめて、民間企業開発による月着陸機を打ち上げることになりました。この意義は非常に大きいことです。昨年(2023年)のアイスペースによる月着陸へのチャレンジに続き、民間企業による月面へのアプローチが加速することは間違いないでしょう。
実際、CLPSは打ち上げが目白押しです。来月には別の会社であるインテュイティブ・マシーンズ社の月着陸機が打ち上げられる予定です。また、アストロボティック者は今年11月にはNASAの探査機「バイパー」を打ち上げる予定で、これもCLPSの枠組みの中で行われます。
さらに、CLPSの打ち上げでは、日本の株式会社ダイモンが開発した超小型月面ローバー「ヤオキ」(YAOKI)も搭載されて月面に向かうことになっています。

月探査が日本でも世界でも盛り上がる中、CLPSの打ち上げが成功したことには、技術的な意味合いと商業的な意味合いの両方があります。
技術的な意味合いとしては、2010年代から続く民間企業の月着陸機開発が、いよいよ打ち上げフェーズに入ってきたことがあります。同じGLXPの仲間(ライバル)であるアイスペースとアストロボティックが共に月への打ち上げを達成したことは、技術的に機が熟したこともありますし、それに向けて資金集めなどがうまく行くようになったという意味で、「月経済が回り始めた」ともいえるでしょう。
商業的な意味合いでいえば、この月経済の話もそうですが、これまで地球周辺…せいぜい静止軌道までの領域に限られてきた宇宙の商業利用が、月面にまでついに到達してきたということが大きいでしょう。もちろん、アルテミス計画のように国家として動く月面探査計画もありますが、こと無人の小型〜中型探査機については、今後は民間企業の手に委ねられていく場面が多くなるかと思います。

一方、手放しで喜んでいいのかというと、編集長(寺薗)としてはそうではないと考えています。
大きな問題は、CLPSの打ち上げの再三の延期です。
CLPS1号機は、本来であればもっと早く…2021年にも打ち上げられる予定でした。前述のように、民間に任せることで、「早く」「安く」「よりよい」月面到達が可能になるはずでした。しかもアストロボティックはGXLPの中でも最有力到達候補の一員であり、開発もスムーズに進むかと思われました。
しかし、フタを開けてみると2021年の打ち上げはできず、ズルズルと打ち上げが延期され、最終的に2023年中にも打ち上げができず(当初は12月24日に予定されていた)、ようやく年明けに打ち上げられることになりました。しかもその影響で、CLPSの打ち上げも日程が詰まってしまうという状況になっています。
民間に任せることで全てがうまくいくはずだったにもかかわらず、少なくとも「早く」の部分ではつまづいてしまいました。残る「安く」についてはかかった費用などをこれから精査しなければいけませんし、「よりよい」については、しっかりとした月面着陸達成が大きな鍵となることでしょう。
少なくとも、今のCLPSの枠組みがすべてを解決するわけではないことは確かであり、今後民間の強みを活かしつつもいかに素早いミッションを行える枠組みを作っていくか、NASA及びアメリカ政府には考える余地が残されているといえます。

【2024年1月9日午後5時追記】打ち上げられた月着陸機ペレグリンですが、アストロボティック社およびNASAは、搭載された燃料(推進剤)が漏れ、姿勢制御に乱れが生じていると発表しています。月面到達はかなり難しい状況になってきたようです。こちらについては別記事にて解説します。