もちろん、私たちは宇宙の全てを知っているわけではありません。ですから、宇宙のどこかに微生物がいて、それが月にも降ってきている…という可能性は、ものすごく低い確率であっても、0ではありません。
そこで、アポロ計画においては、月に存在しているかもしれない微生物を地球に持ち込まないために、厳密な手続きが踏まれました。月から送られてきたサンプルを扱う施設に入るためには、服を着替え、シャワーを浴び、裸のまま紫外線を浴びなければなりませんでした。

アポロ11号(はじめて月に着陸した宇宙船)が月からサンプルを持ち帰ったとき、サンプルは真空にした装置の中に置かれ、実験や解析は、窒素を満たした装置の中で行われました。サンプルをねずみや鳥などに食べさせて、異状がないかどうか確かめることも行われました。
もっとも、当時の科学者も、月に微生物がいると考えていなかった人が多かったようです。その後、サンプルには危険性がないことが分かって、アポロ14号以降は、真空中でサンプルを扱うこともなくなりました。
結局、アポロ宇宙船が地球に帰還したときに、宇宙飛行士が病原体に汚染されていたり、持って帰ってきた岩石から未知の病原体が検出された、ということはありませんでした。

ただ、より身近で、もっと気をつけなければならない可能性は、地球の微生物により月を汚染してしまう可能性です。

こんな例があります。アポロに先立って打ち上げられたアメリカの無人月探査機、サーベイヤー3号の部品を、すぐ近くに着陸したアポロ12号の宇宙飛行士が回収しました。
この回収した部品を調べたところ、その中のテレビカメラの中に、微生物がいることが発見されたのです。はじめは月に微生物がいるといわれましたが、結局、この微生物は地球上で普通に見かけられる「連鎖球菌」と呼ばれるものの一種であることがわかり、地球起源であることが確認されました。


サーベイヤー3号の部品を回収する、アポロ12号のアラン・ビーン宇宙飛行士。
写真の後ろには、アポロ12号着陸船がみえる。
(Photo by NASA, AS-12-48-7135)
(写真をクリックするとより大きな画像が表示されます。サイズ: 158KB)

しかし、このことが示す可能性は重要です。つまり、月のように、真空と強い放射線と低重力という環境の中でも、微生物は「立派に」生き延びることがわかったのです。実際、サーベイヤー3号の着陸からアポロ12号による回収まで、この微生物は2年6ヶ月にわたって、月面上で生きていたわけです。
もし、他のアポロ着陸船や宇宙飛行士たちの宇宙服が、地球の微生物で「汚染」されていて、それが月で今も生きているとすれば…。あるいは、月にたどりついた地球の微生物が、月に降り注ぐ強烈な放射線で突然変異を起こして、人間や動植物に害を及ぼす微生物に変わってしまう可能性も、否定できません。

宇宙に地球の生物を持ち込んで、月や惑星の環境を汚染しないこと、また、宇宙から地球へ生物を持ち込まないようにすることを「宇宙検疫」といいます。宇宙ステーションや月・惑星探査が活発になるこれからの時代に向けて、宇宙検疫の重要性はますます増えているといえます。

国連や各国の宇宙機関などで現在、宇宙検疫のための基準作りや検討が進んでいます。特に、地球の生物が宇宙環境にどのくらい適応できるのかについて調べたり、宇宙船を殺菌するための技術を検討することは重要です。また、持ち帰ってきたサンプルをいかに安全に保管するかについても研究が必要です。


■謝辞

本稿の執筆にあたっては、東京工業大学大学院生命理工研究科の小池惇平博士に、資料のご提供をはじめ多大なご協力をいただきました。この場を借りましてお礼申し上げます。


■関連ページ


■参考資料

  • 小池惇平、地球外環境と微生物、「遊・星・人」, Vol.3, No.3, 1994
  • 小池惇平、アンドロメダ病原体が襲って来る−今、なぜ宇宙検疫の国際基準が必要か?−、CELSS JOURNAL、vol.8,No.1別冊、1995
  • 河島伸樹、小池惇平、図解・火星探検、PHP研究所、1997