奇しくも5年前の今日、金星周回軌道に入ることができなかった金星探査機「あかつき」。5年を経て、JAXA宇宙科学研究所は、金星周回軌道への再投入を実施しました。
今回がまさにラストチャンスとなる再投入、成否がわかるのは2日後とのことです。

金星を周回する「あかつき」の想像図

金星を周回する「あかつき」の想像図(イラスト: 池下章裕)

「あかつき」はいまから5年半前の2010年5月に打ち上げられました。半年をかけて金星へと到達、2010年12月7日、金星周回軌道への投入を実施しました。
金星の周回軌道、つまり金星の周りを回る軌道に入るためには、それまで金星に向かって進んできた速度を一気に落とし、金星の重力に捕まるような形で軌道に入る必要があります。もちろん、予定された周回軌道に入るためには、噴射の時間は正確でなければなりません。
「あかつき」には、この金星軌道に入ることを主な目的とした大型の主エンジン(小型ロケット)が搭載されています。これを規定時間噴射して、金星を回る軌道に入るはずでした。
ところが、この主エンジンが本来の時間噴射されることがなく、「あかつき」は十分に減速できませんでした。そのため、そのまま金星を通り過ぎることになってしまい、軌道投入は失敗しました。
その後、このエンジンの噴射が規定時間より短かった理由の原因が究明され、結論としては(もちろん、実際の機体は宇宙のはるか彼方にあるため、あくまで推定ですが)エンジンへ燃料を送るバルブが十分に閉まらなくなり、そのために過大な燃料がエンジンへと流れ、エンジンの一部が異常に高温となってしまった可能性が高いことが判明しました。
そのようなことが起きれば、エンジンに大きな損傷が起きたことが考えられます。おそらくエンジンの一部は焼け落ちてしまっているかも知れません。いずれにしても、これで主エンジンを使うことができなくなりました。

「あかつき」は金星周回軌道投入失敗後も、太陽を回る軌道(正確には、太陽を中心とし、金星に割と近いところを回る軌道)に乗っていました。従って、もう一度金星と出会うチャンスがあれば、金星周回軌道に入ることが理論的には可能です。
JAXAではその可能性を検討、膨大な数の軌道計算を実視した結果、2015年12月にその可能性が高いことが判明しました。
しかし、先ほど述べた通り、本来軌道投入に使う主エンジンは壊れている可能性が高いわけで、これを使用するわけにはいきません。そこで、本来衛星の姿勢制御用に使う4つの小型エンジン(さらに小さなロケット)を使用し、これを噴射することで金星周回軌道への投入を目指すことになりました。

「あかつき」は日本時間で12月7日午前8時51分から姿勢制御用エンジンの噴射を開始、約20分間にわたって噴射を実施しました(より正確には、午前8時51分29秒から午前9時11分57秒まで、1228秒間)。
JAXAによると、探査機からの通信により、予定の時間エンジンの噴射が行われたことを確認したとのことです。また、探査機の状態が正常であることも確認できました。

この結果を受けて、午後0時よりJAXA宇宙科学研究所で記者会見が開催されました。
この席で、中村正人プロジェクトマネージャーは、噴射値、姿勢とも計画値通りであることから、予定通りの軌道に入ったことについては期待が持てると述べたものの、軌道については、探査機が正確な軌道を飛行していることを追跡する必要があることから、2日後に改めて報告すると述べました。

記者会見する中村正人プロジェクトマネージャー

記者会見する中村正人プロジェクトマネージャー(ネコビデオビジュアルソリューションズさん収録の記者会見ビデオより)

以下、ネコビデオビジュアルソリューションズさんが録画された記者会見のビデオを元に、一問一答をまとめます。なお、似たような質問と回答はまとめました。

  • 今の心境を聞かせてほしい
    本来であれば5年前に実施すべきであったことを今日ようやく実施できて、肩の荷が下りた心境である。
  • 管制室の雰囲気はどうだったのか?
    非常に和やかだったが、軌道投入に先立つマニューバ(衛星の姿勢を変化させる運用)からは、管制室のみんなが固唾を呑んで見守っていた。特に、運用の関係で地球からのアンテナから探査機がみえなくなるタイミングがあり、その瞬間はかなり緊張したが、すぐに通信が復帰した。
    管制室は基本的には運用者だけが入ることができた。それほど広くないのでプロジェクトメンバー全員が入ることはできない。直接運用にかかわらないサイエンスチームのメンバーは、管制室の窓の外から見守った(編集長注: これは「はやぶさ」などのときと同じです)
  • 午前9時20分ころに拍手が起きたが、これはどのような意味だったのか。
    オペレーションがうまく行ったことを、石井信明プロジェクトエンジニアが宣言し、それに対して私(中村)が一言申し上げた際に拍手が起きた。
  • それはどのような言葉だったのか?
    石井プロジェクトエンジニアは「これですべてのオペレーションが正常に終了しました。」と述べた。私(中村)は、(海外の人もいたので)日本語と英語で述べた。「これで我々話すべきことをなした」「Our Dreams will come true」。そのようなことをいえるというのは誇らしい思いであった。
  • 5年間を振り返って、どのような思いか?
    本来であれば、ヨーロッパの探査機(編集長注: ビーナス・エクスプレス)との協調観測を行えるはずであったが、日本としてその責務を果たすことができず、忸怩(じくじ)たる思いであった。これからはヨーロッパと日本のデータを合わせた形で、解析を進めていきたい。
  • 5年間でいちばん悩んだこと、決断は何か?
    探査機の温度が上がってしまうということがいちばんの悩みだった。探査機の姿勢を変え、ハイゲインアンテナ(高速な通信ができるいちばん大きなアンテナ)を太陽に向ける形を取ると、高温に弱い反対側を守れるということで、石井プロジェクトエンジニアがその方式を実行した。しかし、この状態だと地球とハイゲインアンテナを用いた高速通信ができない。そのため、運用者にとっては低速での通信を余儀なくされたことがいちばんつらかったであろう。
  • 「あかつき」に何か言葉をかけてやるとしたら?
    「意外に頑丈だったね」。エンジニアがしっかり作り上げた探査機であることはわかっていたが、ここまでしっかりとした、軍艦のような探査機だとは思っていなかった。実際ほとんど壊れていなかった。
  • これからの観測はどのようになるのか?
    すでに観測用のプログラムは探査機に向けて送信済みで、今日もこのあと(午後2時〜午後5時)に観測を開始する。衛星については状態を常にモニターしているので、よく軌道投入後に行われるような「初期チェックアウト」(軌道に投入されてから、探査機に搭載された観測機器や探査機そのものの状態のチェックを行うこと)は実施しない。すぐに観測に移る。
    ただ、現在は「あかつき」は金星周回軌道投入のための特殊な姿勢になっているため、本来の形である、ハイゲインアンテナを地球に向ける作業が必要になる。それは10日以降になる。
    観測機器については思ったより傷が少なく健全な状態。ただ、赤外線観測器の一部(2マイクロメートル帯の観測装置)については冷凍機を作動させる必要があり、それは金星からみて太陽の裏側に回ったときに行う必要がある。
    最初はコントラストが大きなものから観測していく。その意味では、雲の観測が最初になるだろう。二酸化炭素の分布を調べようとすると、絞りなどをかなり調整していかないといけない。こうやって少しずつ運用に慣れていくこと、そしてカメラをチューニングしていくことでよりよいデータを得られるようになってくるはずだ。
    基本的には、このような初期観測の段階を3ヶ月と設定している。そして本格的な観測(ノミナル期間)は来年4月より2年間を想定している。
    (編集長注: LIR, IR1, UVIの3機器が観測を開始する予定。)
  • 国民の皆さん、そして、「あかつき」にメッセージを寄せて下さった皆様へ一言。
    5年前の失敗で見捨てることなく、温かい目で見守ってくださったこと、そして多くの応援をくださったことに感謝したい。もちろん今回のリカバリーですべてが償えるわけではないが、今後観測したデータが世界中の科学者に使われていくということで、ぜひご理解を願いたい。
    メッセージを寄せてくださった方へ…「やっと着きました。特急券の払い戻しができず申し訳ありません。」
  • 今回の軌道投入成功は、日本の惑星探査に新たな歴史を刻むものと思うが、その点についてはどう思うか?
    日本はこれまで、実は惑星探査機についてはあまり多くを送り出していない(編集長注: 小惑星探査機を除けば、火星探査機「のぞみ」のみ)。そのため、まだノウハウの蓄積が足りない。失敗をしなければ、そのようなノウハウの蓄積は難しいのだろうということがわかった。60年代から80年代にかけて、世界が多くの惑星探査機を送り出したが、我々(日本)は今まさにその段階にいるといえるだろう。
    一方、日本は数多くの優れた技術も持っている。そのため、そういった技術を活用しながら、今後とも一歩々々着実に進む必要がある。両方のバランスが重要だ。
  • 今回の軌道投入は準備がしっかりできていたからこそ成功したと思うが、その背景には何があるか?
    リスク管理がしっかりしていたということだろう。リスク管理とは結局は想像力である。どんなに確率が小さいことであっても、起こりうることは起こりうる。そういう、「起こりうること」を丹念に拾い上げていったチームの力が、今回の成功に繋がったのだと思う。
    それでも抜け穴がどこかにはあるはずだが、幸いそれには引っかからなかった。そのことこそまさに「ノウハウを積む」ということなのだろう。
  • すでに探査機は打ち上げから5年半を経過し、耐用年数も超えているが、運用は限界を超えているのか?
    その点についてはまだわからないが、少なくとももう1周太陽の回りを回る(近日点=太陽に最も近い点)を通過させる、ということはしたくなかった。すでに9回回っていて、10回というのは避けたかった。
  • 一度軌道投入に失敗した探査機を5年かけて「元に戻した」という例は海外でも見当たらない。その点についてはどう考えるか?
    確かに、海外では小さなオペレーションミスの例もあるが、このような例は多分ないだろう(編集長注: 私が把握している限りでも、このように一度軌道投入に失敗したあと再投入に成功した(まだ確定ではないですが)という例はありません)。探査機は確かに壊れたのだが、残りの部分が無事であったことはラッキーだったといえるだろう。
    噴射時間もラッキーであった。(2010年12月の噴射は、)本来より短い2分くらいの噴射であったが、もしこれより長く噴射しすぎたら、あるいは逆にほとんど噴射しなかったとしたら、このように5〜6年という、探査機の寿命が来る前に再び金星に巡り合う(会合する)という機会はなかっただろう。本当に稀有なオペレーションだった。このチャンスをものにできたのは、石井プロジェクトエンジニアをはじめとするチーム全体、とりわけ工学チームの底力だと思う。
  • 石井先生のコメントは?
    「これからです。」

まさに石井先生の言葉通り、「あかつき」はこれから本格的な観測に入ります。きょうはまさに入口で、スタートなのです。もちろんまだ完全確定ではないとはいえ、記者会見の中村正人先生の自信にあふれた表情からみて、軌道投入はほぼ間違いないと思われます。今後はそれを前提として、観測を一刻も早く開始し、観測技術を蓄積し、来年春からの本格運用に備えていくことが必要です。
また、探査機がすでに設計寿命を越えて運用されていることから、機器を含め、探査機の様子をしっかりと見守っていく必要があります。
今後とも「あかつき」から目が離せませんが、まずはこの快挙を成し遂げたチームに拍手を送りたいと思います。そして、金星の姿を私たち日本人の手で捉えることができるということを誇りたいと思います。

【謝辞】記者会見の内容に際しては、ネコビデオビジュアルソリューションズさんが撮影・録画して下さったビデオを参考にしています。この場を借りてお礼を申し上げます。