そのときから5年が経ち、奇しくもその同じ日の再挑戦となることが決まりました。
JAXAは2月6日午後に記者会見を行い、2010年12月に金星周回軌道への投入に失敗した探査機「あかつき」について、本年(2015年)12月7日に周回軌道投入の再挑戦を実施すると発表しました。この12月7日という日付ですが、実は2010年に金星周回軌道投入に失敗した日とちょうど同じ日付です(特に意図したわけではなく、軌道計画上たまたまそうなったとのことです)。

金星周回軌道に投入される「あかつき」(想像図)

金星周回軌道に投入される「あかつき」(想像図) (イラスト: 池下章裕)

今回JAXA東京事務所で開かれた記者会見には、「あかつき」のプロジェクトマネージャーで、JAXA宇宙科学研究所教授の中村正人氏、同じくプロジェクトエンジニアでJAXA宇宙科学研究所教授の石井信明氏、そして同じくプロジェクトサイエンティストで、JAXA宇宙科学研究所准教授の今村剛氏の3名が出席しました。なお、今村さんは、2010年の「あかつき」金星周回軌道投入直前、浜松で開催された「月探査情報ステーション」のイベントにもご同席いただいています。

金星大気を詳細に調べることで、金星の気候や大気構造などを調べ、ひいては地球との違いを調べることで、両天体への理解を深めることが、「あかつき」のミッションです。
「あかつき」は2010年5月に打ち上げられ、2010年12月7日に金星を周回する軌道に投入される予定でしたが、投入に失敗してしまいました。
本来、天体の周回軌道に投入するためには、探査機は大きく減速し、その天体の重力に捕まる必要があります。ところが、「あかつき」は減速ができず、金星の重力に捕まることなく、そのまま飛び去ってしまう形になりました。現在は金星の軌道に似た、太陽を周回する軌道上を飛行しています。
その後、この軌道投入失敗の原因究明が行われ、JAXAは「逆止弁」と呼ばれる燃料の逆流防止用の弁がしまってしまったため、燃料が正しく送られず、主エンジンの一部が高熱となって、一部を破損したためと発表しています。

周回軌道への投入には失敗はしていますが、まだ「あかつき」には姿勢制御用のエンジンが残っています。今回はこのエンジンを使用し、当初の予定よりは若干異なる軌道への投入をめざします。
金星への周回軌道投入、そしてその後の観測にとって最も大きな問題は、金星の厳しい熱環境です。ご承知の通り、金星は地球より太陽に近く、そのため探査機はより多くの熱を受けます。熱は探査機の部品に悪影響を与えるため、なるべくこの影響を最小限にとどめる必要があります。

金星と地球との平均距離は約0.7天文単位(AU=1天文単位は太陽と地球との距離、約1億5000万キロメートル)です。ところが、現在の「あかつき」の軌道は、いちばん太陽に近いところ(近日点)で0.6天文単位です。つまり、本来設計の際に想定していたよりもより大きな熱を受けているという過酷な条件なのです。
さらに、探査機のミッションは本来1年程度を想定していました。打ち上げから既に5年近く。機能をある程度停止させて延命を図っているとはいえ、これだけ過酷な環境を飛行し続けていることは、特に観測機器への影響も懸念されます。

さて、「あかつき」には合計で8つの姿勢制御用のエンジン(要は小型のロケットです)が搭載されていますが、今回の金星周回軌道投入ではこのうち4つを使用します。探査機の上面側と下面側にそれぞれ4つあるエンジンのうち、どちらかの組を使用する予定ですが、そのどちらの組を使うかについては今後決定するとのことです。
姿勢制御用のエンジンの推力(力)は23ニュートンと、主エンジン(500ニュートン)の25分の1しかありません。4つを組として使ったとしても合計92ニュートン、5分の1にもなりません。
そのため、本来想定した十分な減速はできなくなり、そのこともあって、今回投入される軌道は、本来予定していたものとは異なるものになります。
当初の観測軌道は、近金点(金星に最も近い点)300キロ、遠金点(金星から最も遠い点)約8万キロ、周回時間約30時間という軌道でした。これは、かつてのヨーロッパの金星探査機「ビーナス・エクスプレス」とほぼ同等の軌道です。
しかし、今回投入される軌道は、近金点は大きく変わらないものの、遠金点は当初の予定よりはるかに遠くなり、周回時間も8~9日と大幅に長くなります。そのため、観測ができる機会も本来の計画よりぐんと減少してしまうことになります。例えば、搭載されているカメラの空間分解能は本来の5分の1に、雷・大気光カメラでの観測頻度は7分の1に落ちてしまいます。それでも、観測チームではこの軌道での観測で可能な科学的な目標を設定し、それに向けて最大限の努力を行うようです。
例えば、金星全体を撮影する場合であっても、今回の軌道では1ピクセルあたり60キロメートルという分解能で金星を捉えるようにします。さらに、軌道が金星から遠くなったことを逆手にとって、1週間連続で金星の様子を撮影することができるようにし、特に気候変動の観測にとって重要な連続的な観測を行いやすくなるようにします。

ただ、問題は観測機器の劣化がどの程度進んでしまったかです。今回は探査機の姿勢の問題から高利得(ハイゲイン)アンテナを利用できない上、観測機器の最終チェックは4年前です。さらに、雷・大気光カメラに至ってはまだ確認を行っていないという状況です。
熱環境が非常に厳しいことを考えると心配ではありますが、観測チームとしては、探査機はそれほど温度差が激しい環境にいないということもあり、観測機器についても楽観的な見通しを持っています。また、軌道投入から約3ヶ月間をかけて、初期性能試験(チェックアウト)を行って、十分に性能を確認することにする予定です。

あまり考えてはいけませんが、今回の再投入がもし失敗してしまうと、残り燃料の関係から、再度の投入はないことになります。従って、この2015年12月は最後のチャンスということになります。
再投入に成功すれば、燃料は2~4年ほどあるため、観測機器が正常であれば長期の観測を行うことも可能かと思われます。
このように、投入そのものもまさに「背水の陣」、そして当初の観測計画を一部実現できないことになりそうです。しかし、それでもいまの状況を最大限に利用し、再チャレンジを実施しようとしているプロジェクトチームを、私は全面的に応援したいと思います。