昨年11月に打ち上げられ、火星に向けて飛行している、マーズ・サイエンス・ラボラトリーの着陸が近づいてきました。とはいえ、着陸はそう簡単なことではありません。
マーズ・サイエンス・ラボラトリーは、これまでにない大きさのローバー(愛称「キュリオシティ」)を搭載しています。着陸場所は、火星のゲール・クレーターというクレーターの中なのですが、そこまで行くためには極めて精密な誘導が必要です。
探査機の重さは1トン近くもあります。近年火星に着陸したマーズ・パスファインダーやマーズ・エクスプロレーション・ローバー(「スピリッツ」「オポチュニティ」)は、エアバッグを利用して着陸しましたが、こんなに重い探査機を着陸させるのはこの方法では無理です。
そこで考え出されたのが「スカイクレーン」という方法です。その名の通り、探査機(ローバー)をいわば宙吊りにして、上部の逆噴射ロケットで減速、吊り下げられたローバーが地面に降りる、というやり方です。
マーズ・サイエンス・ラボラトリーのいちばん大変な時間は、着陸直前の7分間です。この間に、探査機は秒速5.9キロメートルという超高速から0キロメートル(=着陸)まで減速しなければなりません(実際には、最終的に探査機の落下速度は秒速0.75メートル…時速2.7キロになり、そこでドスンと地面に落ちます)。
ローバー「キュリオシティ」の着陸は、アメリカ東部夏時間で8月6日の午前1時31分(日本時間では同日午後2時31分)が予定されています。
NASAの科学ミッション部門副部門長であるジョン・グルンズフェルド氏は、「今回の着陸は、無人科学探査において史上もっとも難しい方法を採用する。挑戦が大きい分、チーム全体の力量は上達し、意思は強固になってきている。」と、このもっとも困難なミッションへ挑む気持ちを表しています。
マーズ・サイエンス・ラボラトリーのプロジェクトマネージャーであるNASAジェット推進研究所(JPL)のピート・サイジンガー氏は、「この7分間は、ミッション全体の中でもっとも困難な時間帯になる。着陸を成功させるためには、数百にもわたる動作が全て順調にいかなければならず、それも秒単位以下の正確さで実行されなければならない。さらにいえば、すべてが自動で実行されるのだ。我々は成功するために考えつくことはすべて行っている。私たちはキュリオシティを無事火星の大地に送り届けられると思っているが、その完全な保証はない。」と、緊張感をにじませて語っています。
NASA本部の火星探査プログラムに属する主席科学者であるマイケル・メイヤー氏は、「過去の探査では、火星にはかつて水が豊富にあったことが示されている。キュリオシティは、火星に生命を育む環境があるかどうかについて、さらに次の段階へと理解を進めてくれるだろう。」と、探査機に期待をにじませています。
キュリオシティはロボットアームを搭載し、採集した岩や土などのサンプルを探査機内部にある実験装置へと持ち込みます。この装置によってこれらのサンプルの科学的、鉱物学的な組成を明らかにすることができます。さらに、遠く離れた岩に対してレーザー光線を発射し、そのスペクトルにより岩の組成を調べる装置も搭載されています。
NASAの火星探査プログラム長のダグ・マッキンストン氏は、「野心的な目標を達成するために、今回の探査では大きな重量と慎重に選ばれた着陸地点が用意された。大気を降下していく間、私たちは探査機自身だけが頼りであり、これまでの探査に比べてより狭くなった到達地点、そして大きな探査機を、無事火星に送り届ける技術が必要になる。この技術は、将来的な有人火星探査へとつながっていくものである。このときには、より精密な着陸、そしてより大きな探査機が必要になるのだ。」と、今回の探査が、アメリカ(というよりは人類)の究極の目標である有人火星探査へつながっているという点を強調しています。
今回の着陸点は、ゲール・クレーター内にそびえる、マウントシャープ(シャープ山)という山の麓です。周辺の状況、とりわけ着陸地点の傾斜によって、ローバーの最初の行き先や探査計画などが決まります。
「ローバーの行動には忍耐が必要だ。待つだけの価値はあるし、ローバーが動いていけば、興味ある地点や探査目標を見つけられるだろう。シャープ山の麓にある低い地層に行くことができれば、火星がかつてまだ水を豊富に抱えていた時期のことを知ることができる。ちょうど、その頃のことを記した本の一節を読んでいるかのようなものだ。」(マーズ・サイエンス・ラボラトリー計画の科学者、ジョン・グロジンガー氏)
この着陸に合わせて、16日には一般向けのゲームがリリースされました。「マーズ・ローバー・ランディング」と名付けられたこのゲームは、まさにその名の通り、マーズ・サイエンス・ラボラトリーが体験することになる着陸を家庭用ゲーム機で楽しむことができ、どのようなことが行われるを理解することができるというものです。マイクロソフトが協力したこのゲームは、Xbox 360で楽しむことができます。
「技術は、これまでにない火星探査を、一般の人が体験できるようにしてくれた。火星探査は基本的に、人類の努力の共有物なのだから、世界中の人にこの探査のすごさを共有してもらいたいのだ。」(JPLの火星探査広報・普及担当マネージャーのミシェル・ビオッティ氏)
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2012/jul/HQ_12-235_MSL_Prelanding.html
・マーズ・サイエンス・ラボラトリー (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/MSL/