火星探査機マーズ・サイエンス・ラボラトリー(愛称「キュリオシティ」)は、このほど、史上初となる、火星からの音楽送信を行いました。アメリカ、カリフォルニア州ロサンゼルス近郊(パサデナ)にあるジェット推進研究所(JPL)には、特別ゲストや生徒、さらにはメディアなどが集結、火星から送られてくる、ヒップホップミュージシャン「ウィル・アイ・アム」(will.i.am)が歌う、「リーチ・フォー・ザ・スターズ」に耳を傾けました。
NASAのチャールズ・ボールデン長官は、ビデオメッセージで、「火星は常に私たちを魅了してきたし、キュリオシティは、火星が生命の存在に適している場所かどうかを明らかにしてくれるだろう。そして、私たちが将来火星に行ったとき、何を得ることができるのかも教えてくれることだろう。ウイル・アイ・アムは、私たちの火星探査のプレイリストに、最初の1曲を加えてくれたのだ。」と、聴衆に語りかけました。
開会の挨拶では、NASAの教育関連の副長官であり、スペースシャトルの宇宙飛行士でもあるレランド・メルビン氏が講演し、「NASAのパイオニアであるニール・アームストロング氏の一生と伝説を称えること以上に、今ここにいる皆さん(生徒たち)を彼の道へと進ませるための良いアイディアは思いつかない。彼が月に残した人類最初の足跡は、決して消えることがないものとして歴史に刻まれている。ここにいる生徒たちの誰かが、あるいは今ここでNASA TVをみている人たちの誰かが、火星への最初の一歩を刻むかも知れない。そして、人類の偉大な探査への歩みは続いていくのだ。」と語りました。
ヒップホップミュージシャンでもありまた起業家としての顔も持つウィル・アイ・アムは、初の地球外(惑星間)から届いた歌となった「星に願いを」への思いについてこう語りました。「今日私がここにいるのは、若い人達を大いに元気づけて、彼ら持つ隠れた力によって、限界を超えることを目指すためだ。そして、人類とテクノロジーを、教育によって結び付けたいのだ。私自身の役割は、若い人達を元気づけることだが、それはなぜかというと、それによって今度は私たちが、彼らから元気をもらうからだ。」と述べています。ウィル・アイ・アムはミュージシャンとしてだけでなく、若い世代への理数教育についても非常に熱心であることで知られています。
火星からの「星に願いを」の送信が終わったあと、今度は会場のオーケストラが「リーチ・フォー・ザ・スターズ」を演奏、会場を音楽で包み込みました。
また、NASAの技術者は、キュリオシティ全般の構造や能力、そして火星からの音楽送信の仕組みについて解説を行いました。生徒たちは今回のイベントを企画した人に対して質問を行うことができ、またイベント前にはJPLの見学ツアーも行われました。
今回のイベントでは、ウィル・アイ・アムが率いる非営利組織であるアイ・アム・エンジェル財団、及びディスカバリーチャンネルで有名なディスカバリー・コミュニケーションズ社に関連するディスカバリー・エデュケーションが、合計で1000万ドルの教育向け基金を拠出することが発表されました。全米で2500万人の生徒たちに対するもので、特に不十分な教育しか受けていない生徒たちに向けたものとなります。科学・芸術教育を中心として(編集長注参照)、ディスカバリー・エデュケーションの試みには、NASAの持つ宇宙関係のコンテンツなども活用される予定です。
(編集長注)アメリカでは最近になって科学技術教育が非常に重視されるようになってきています。以前からこの傾向はありましたが、ここ数年、特にアジア系(中国や韓国など)の追い上げや、国内の産業育成の立場などから、科学技術教育重視の方向がより強まっているようです。もちろん、NASAもこの分野に積極的に関わっています。ここで出てくるキーワードがSTEM (Science, Technology, Engineering and Mathematics。本来の英単語としてのstemは「茎、幹」などの意味)です。科学・技術・工学・数学という4つの分野を理数系教育の柱に据えて、この分野の教育を強化していこうということです。
今回の2つの組織との教育での合意では、「STEAM」という言葉が使われました。これはこの4つの分野にさらに芸術(Art)を加えた、「Science, Technology, Engineering, Art and Mathematics」の5分野の教育への投資ということになります。日本でも宇宙教育という観点が注目されていますが、それは単なる理数系教育だけではなく、芸術や道徳教育なども含まれる幅広いものです。今回の試みが単なる一過性のイベントというわけではなく、アメリカの教育再興の試みの1つであるという点が注目されるでしょう。
・JPLのプレスリリース (英語)
http://www.jpl.nasa.gov/news/news.php?release=2012-262
・NASAのプレスリリース (英語)
http://www.nasa.gov/home/hqnews/2012/aug/HQ12-296_will_i_am_Playback.html
・当日の模様 (NASA)
http://www.nasa.gov/mission_pages/msl/news/msl20120828.html
・ウィル・アイ・アム 公式サイト (英語)
http://will-i-am.blackeyedpeas.com
・アイ・アム・エンジェル財団 (英語)
http://iamangelfoundation.org
・ディスカバリー・エデュケーション (英語)
http://www.discoveryeducation.com
・マーズ・サイエンス・ラボラトリー (月探査情報ステーション)
https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/MSL/