火星探査機マーズ・サイエンス・ラボラトリー(MSL。愛称「キュリオシティ」)の最初のターゲットは、移動ルート上にある、フットボールくらいの小さな岩になりそうです。ここで、ロボットアームの試験などを行うことになりそうです。
キュリオシティは現在、この岩から約2.5メートルほど離れたところにいます。この岩がある場所は、着陸点(ブラッドベリ着陸点)から、グレネルグと呼ばれている場所の途中にあります。今後数日かけて、ロボットアームをこの岩に近づけ、アームに搭載されているスペクトロメーターなどの機器の試験や、カメラでのクローズアップ撮影などを行う予定です。
また、アームに搭載されているアルファ線・X線スペクトロメーター、及び化学分析カメラも稼働させます。試験という意味もありますが、装置同士の結果を相互にチェックすることによって、より信頼できるデータを得ようという目的もあります。
さて、今回の岩ですが、「ジェーク・マテウビック」と名付けられました。このちょっと変わった名前は、MSLの火星表面運用システムの主席技術者の名前 (お名前はJacob Matijevic) をとっています。実は、この探査が始まった直後、8月20日に彼は64歳という若さで亡くなりました。マテウビック氏は、過去の火星探査ローバー(マーズ・パスファインダーのソジャーナ、マーズ・エクスプロレーション・ローバーのスピリッツ、オポチュニティ)の上級技術者でもありました。
さて、キュリオシティはすでに6日間連続で移動を行っています。毎日の移動距離は、1日あたり22メートルから37メートルくらいです。
MSLのプロジェクトマネージャーであるリチャード・クック氏は、ローバーの移動についてだんだんいいリズムができてきたとしており、いい傾向が出ていると述べています。
実際に試料を取得して分析を行う対象としては、ローバーチームとしてはグレネルグ地域の岩のどれかを考えています。この地域は今キュリオシティがいる場所より全体的に明るい色をしており、クレーターが多い場所でもあります。明るい色というのは単に周りと状況が違う、というだけではありません。昼間の間に熱を蓄えて、夜までそれを内部に保っていることから、鉱物組成に何か影響を及ぼすのではないかという期待があるからです。
実際、MSLの探査技術者であるカリフォルニア工科大学のジョン・グロツィンガー博士によると、この明るい色の領域に近づくにつれて、薄く、暗い色の層がみえるということです。この層の起源はわかっていません。グロツィンガー氏は、「小さなスケールでの変化は、より詳細に調べることで明らかになってくる。より多くの調べるべき対象があるだろう。」と述べています。
研究者は、MSLのマストカメラを使い、地表での探査目標を選定しています。グレネルグ領域を撮影した画像からは、岩に暗い色の筋が入っているものがあり、研究者の興味を増す対象となっています。
また、MSLのチームではこのマストカメラを上空にも向けて、太陽、及び火星の2つの衛星(フォボスとダイモス)の撮影を行っています。ちょうど太陽の前をこの2つの衛星が横切るということです。いわば「日食」というわけですが、衛星の大きさを考えると「火星の衛星の日面通過」という方がより適切でしょう。
この観測により、火星の衛星の軌道をより正確に決めることができます。
マーズ・エクスプロレーション・ローバーの2台のローバーもこの日面通過を観測していますし、現在も稼働しているオポチュニティは、再び観測に挑むことになっています。
キュリオシティの科学チームに属する科学者で、テキサスA&M大学のマーク・レモン氏は、「フォボスの軌道は火星にゆっくりと近づいてきている一方で、ダイモスの軌道は少しずつ離れつつある。今回の観測で、こういう軌道変化の比率をより正確に突き止められる。」と述べています。
今回のフォボスの日面通過の観測では、太陽の縁をフォボスが横切るタイミング数秒の誤差で予測されました。この誤差は、火星の内部構造が完全に理解されていないことが原因です。
フォボスは小さな衛星ですが、地球の月が地球の表面に影響を及ぼしているのと同様、火星の表面にも影響を与えています。このような火星の表面への影響は当然のことながら火星の内部構造にも関係がありますし、逆に、フォボスの軌道の変化にも影響を与えることになります。フォボスの軌道を精密に調べることで、こういった火星の内部構造についての新たな知見も得られることになります。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2012/sep/HQ_12-332_Mars_Rover_Halfway.html
・マーズ・サイエンス・ラボラトリー (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/MSL/