NASAの火星探査機マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)の探査データを解析した結果、火星の地表に、二酸化炭素の氷(いわゆる「ドライアイス」)の雪が降り積もっていることがわかりました。太陽系の天体の中で、二酸化炭素の氷が雪として降っていることが確認されたのは、火星がはじめてです。
この成果を記した論文は、間もなく、「地球物理学研究論文誌」(JGR: Journal of Geophysical Research)に掲載される予定です。
ドライアイスは、二酸化炭素の氷に付けられた商品名です。ネーミングとしてはなかなか見事なものだったと思います。固体になった二酸化炭素を「アイス」というのはよいセンスだと思います。
このドライアイス、ご存知のとおり大変な低温です。水は0度で凍りますが、ドライアイスを作るためにはマイナス130度もの低温が必要になります。よく「ドライアイスは素手で触ってはいけない」といわれますが、このような低温のため、もしそんなことをしたら即座に低温やけどをしてしまいます。
さて、火星の大気のかなりの成分は二酸化炭素です。火星の極地域ではマイナス100度以下になることもありますから、科学者の中には、火星にはドライアイスの雪が降っている場所があるのではないかと考えている人もいました。今回の論文の主著者であるNASAジェット推進研究所所属(JPL)の科学者、ポール・ヘイン氏は、火星に二酸化炭素の氷からできている雪雲が存在し、ちょうど地球の水と同じように、大気中の二酸化炭素が氷になって雲となり、雪として降ってくるという循環が存在することを確認できたとしています。
地表ではすでに二酸化炭素の氷は発見されています。皆さんも覚えているかもしれませんが、2008年に火星の北極地域に着陸した探査機「フェニックス」が、地表のすぐ下から二酸化炭素の氷を発見しています。
また、火星に存在する極冠は、水の氷ではなく、二酸化炭素の氷であるということもすでに科学者には知られています。
今回、ヘイン氏を中心とする研究グループでは、MROに搭載されている火星気候サウンダーという観測装置のデータを利用しました。この装置で、雲の真上、及び横側からの観測を行いました。火星気候サウンダーは、9つの波長帯での明るさを記録することができ、大気中の微粒子やガスの量を調べることができます。
このデータにより、雲の温度、雲を構成する微粒子の大きさ、そしてその集まり具合がわかりました。2006〜2007年にかけての火星の冬の季節における南極地域でのデータによると、背の高い、二酸化炭素の氷からなる雲が南極上空に存在し、その雲の大きさは直径が500キロにもなるということです。このほかにも、南緯70〜80度の領域で、これより背が低く、また小さい雲(同じく二酸化炭素の氷からなる)が存在することが確かめられました。
では、「雪」はどうなのでしょうか。論文の共著者である、同じくJPLの科学者デビッド・カス氏は、氷の微粒子の大きさが問題なのだといいます。「雪という直接的な証拠は、雲の中にある二酸化炭素の氷の微粒子の大きさが、雲が存在する間に雪となって地上に落ちるだけの大きさだったことが挙げられる。もう1つ、横方向からの測定で、特に赤外線領域で観測したところ、地表に近づくにつれて二酸化炭素の濃度が増大していることがわかった。このような方法で、火星気候サウンダーは、地表に存在する二酸化炭素の氷とは区別して、大気中に存在する二酸化炭素の氷…すなわち、ドライアイスの雪を観測することができる。」
火星の南極というのも重要なポイントです。火星の南極地域には、1年中二酸化炭素の氷が存在することがわかっています。どうやって火星大気からこの氷が降り積もるのかだけがわかっていなかったのです。雪の形で積もるのか、霜のようにして氷が地表に張るのか、どちらか科学者も結論を出せずにいました。今回の観測では、雪が最も降っている領域が、まさに極冠の氷の真上であったことも明らかになっています。
今回の観測結果、そして科学的な成果は、火星の気候を解明する上で非常に重要な成果であるといえます。火星大気や表層での水の存在は確かに重要ではありますが、それと並んで、大気の主成分である二酸化炭素の動きを捉えることは、火星の気候を知る上で欠かせない事柄です。火星に「二酸化炭素の循環」とも呼ぶべき現象がみつかったことで、私たちの火星についての理解がさらに進むことは間違いないでしょう。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2012/sep/HQ_12-315_MRO_Snowfall.html
・マーズ・リコネサンス・オービター (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/MRO/
・フェニックス (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/Phoenix/