火星探査機マーズ・リコナイサンス・オービタ (MRO) 及びマーズ・グローバル・サーベイヤの観測データの分析の結果、火星に、太陽系最大級のクレーターが存在することが明らかになりました。
この2つの探査機は、火星の表面の情報だけではなく、火星表面の高さの情報についても詳細に調べていました(MROは現在でも活動中です)。今回の新たな研究により、火星の最大の謎の1つ、「二分性」についての示唆が得られました。
二分性とは、惑星や天体の表面が2つの大きく異なる部分に分かれている性質のことで、太陽系の固体惑星や衛星などではよくみられます。例えば地球では海と大陸という大きな2つの異なる性質を持つ領域があります。月も「海」と「高地」と呼ばれる2つのまったく性質が異なる領域に分かれます。水星や金星にもこのような性質があります。
火星もこのような二分性があります。特に、南半球と北半球の違いは従来から指摘されていました。南半球にはクレーターが多いのに対し、北半球にはクレーターが少なく、なめらかな平原が多いのです。
このような火星の二分性の原因として、これまでは大きな天体の衝突によるクレーター、あるいは惑星の内部活動の影響などが考えられてきました。衝突クレーター説は1984年に提唱されましたが、盆地の形が衝突によってできる円形とは異なることから、科学者の間では懐疑的にみられてきました。今回のデータは、従来疑いの目を持たれてきたこれらのデータを一新するものです。
「巨大衝突説を立証するところまでは行っていないが、かなりその方向に傾いてきたことは事実だ。」と、今回の論文の主著者であるマサチューセッツ工科大学 (MIT)の研究者(ポストドクター)、ジェフリー・アンドリュース・ハンナ氏は述べています。
このハンナさんが主著者となり、そのほか、MITのマリア・ズーバー教授、NASA/JPLのブルース・バーナード氏らが論文を作成し、今週号の科学誌「ネイチャー」に掲載されました。
火星の北半球の盆地は、火星表面の40パーセントをも占める巨大なものです。「ボレアリス・ベイスン」(ボレアリス盆地)とも呼ばれるこの盆地が、太陽系形成初期に起きたと思われる、ものすごい巨大衝突の名残だというのが、この論文の要旨です。この盆地は差し渡しが8500キロメートルもあり、火星でこれまで確実に衝突クレーターだと認定されてきた巨大盆地、ヘラス・ベイスン(南半球にあります)の4倍もあります。このボレアリス・ベイスンを作り上げた衝突天体は直径が2000キロもあるものと考えられます。これはなんと、冥王星よりも巨大です。
NASA本部の火星担当主席科学者であるマイケル・メイヤー氏は、「この結果は、火星の初期進化に関して非常に興味深い内容であるばかりではなく、地球の初期形成過程に関しても有益な示唆を与えてくれる」と述べています。
火星の北部の盆地は太陽系内でも最もなめらかな地形として知られています。一方、南半球は山がちでごつごつとしており、クレーターに覆われ、北半球の盆地からすると高さが4〜8キロもあります。
他の巨大衝突により形成された盆地は、円形というよりどちらかというと楕円形をしていました。火星探査機のデータの複雑な解析により、ボレアリス・ベイスンがやはり楕円形の形状を持つことがわかってきました。これは、巨大な衝突でこの盆地が形成されたという説と一致するものです。
この楕円形形状を見つけ出すためにはやっかいな要因がありました。39億年より前と考えられている衝突のあとに、このベイスンの縁の一角に大きな火山が形成され、標高のある凸凹した領域を作り上げてしまい、この盆地の縁をわかりにくくしてしまったのです。このため、楕円形形状を見つけ出すため、地下構造を反映しやすい重力データを用いたほか、現在の地表データも組み合わせ、火山噴出前の形状を再現させることができました。
バーナード氏は、「このような楕円形の形状の他に、クレーターによくある外側のリング状地形らしいものもみつけている。」と述べています。
【編集長注】太陽系で最大のクレーターとされているものは、今のところ、月の裏側に存在する南極ーエイトケン・ベイスンです。この盆地状地形は直径が2500キロもあり、これも衝突によってできたと考えられています。もしこの火星のボレアリス・ベイスンが衝突によりできたことが裏付けられれば、これをはるかにしのぐ規模の衝突地形が発見されたことになります。
これだけの規模の衝突地形が生成された場合、天体そのものにも大きな影響が加わることになり、火星の進化過程にも再考が必要となることは間違いありません。また、月や火星に巨大衝突盆地が存在する(可能性がある)ということは、このような個体天体にはこういった巨大衝突が普遍的に起こっていたことを示唆するものです。
今後、より詳細な解析が行われることが必要でしょう。
・JPLのプレスリリース(英語)
  http://www.jpl.nasa.gov/news/news.cfm?release=2008-119
・マーズ・リコナイサンス・オービタ (月探査情報ステーション)
  http://moon.jaxa.jp/ja/mars/exploration/MRO/
・マーズ・グローバル・サーベイヤ (月探査情報ステーション)
  http://moon.jaxa.jp/ja/mars/explorers.html#MGS