JAXAとNHKは10日、現在開発が進められている日本の火星探査機MMXに、NHKと共同開発する4K・8Kスーパーハイビジョンカメラを搭載すると発表しました。実現すれば、8Kカメラを月・惑星探査機に搭載するのは史上初となります。また、ハイビジョン以上の高解像度テレビカメラを惑星探査機に搭載するのもはじめてとなります。

4K・8Kカメラを搭載したMMX探査機

4K・8Kカメラを搭載し、火星の衛星フォボスに接近するMMX探査機の想像図
JAXAプレスリリースより
( © JAXA/NHK)

MMXは、火星に2つある衛星(フォボス・デイモス)を探査することを目的とした日本の火星(衛星)探査機です。2024年度に打ち上げられる予定で、20205年度には火星に接近、火星とその衛星の観測を行います。さらに、フォボスに着陸してサンプルを取得、地球に持ち帰ることを目指しています。
実現すれば、火星衛星からのはじめてのサンプルリターンとなります。また、火星衛星には火星からの物質が表層に付着している可能性がありますので、それらも私たちが手にできるのではないかと期待されています。また、火星や衛星の科学観測も実施し、衛星の成り立ちや火星本体についての研究を行います。

今回JAXAとNHKが共同開発するのは、この衛星に搭載する4K及び8Kの2つのカメラです。
残念ながらこれらのカメラで地球に4K・8K映像を生中継するわけではありません。地球と火星は遠いため、遅れるデータの容量は限られており、4Kや8Kといった大容量の映像を直接送るのは難しいのです。
その代わり、一定間隔で静止画を撮影し、そのうち一部は地球に伝送した上で、地球でなめらかな映像に加工し、動画として公開する計画です。さらに、撮影した画像については探査機内部のメモリーに保管、地球に持ち帰ることを計画しています。火星衛星のサンプルだけでなく、火星衛星や火星本体の画像も持ち帰ることができるというわけです。

詳しくは、JAXAが公開した以下の動画をご覧下さい。

短縮バージョンもあります。上の長編に比べて若干異なる要素の編集も加えられているとのことです。

JAXAとNHKでは、火星や衛星の高精細映像の撮影行うほか、探査機の実際の動きと組み合わせて、探査の様子を再現することも狙っています。今回のMMXのミッションそのものの記録としてこの4K・8Kカメラを活用する方針のようです。火星はこれまで、高精度の静止画カメラでの撮影は行われていますが、4K・8Kカメラといった超高精度のテレビカメラでの撮影ははじめてとなります。

NHKはこれまでにも宇宙空間の高精細カメラでの撮影にチャレンジしてきました。
2000年には、毛利衛宇宙飛行士のスペースシャトルでのミッションに合わせてハイビジョンカメラをスペースシャトルに持ち込み、世界初のハイビジョンカメラによる地球の高精度映像撮影に成功しました。
2007年に打ち上げられた月探査衛星「かぐや」には、NHKが開発したハイビジョンカメラが搭載されていました。このカメラは、月上空からのハイビジョン映像の撮影を行い、日本だけではなく世界的にも大きな反響を呼びました。もちろん、ハイビジョンによる月での撮影は世界初です。また、ハイビジョンカメラによる「(満)地球の出」「(満)地球の入り」の撮影などにも成功しています。暗い宇宙空間と荒涼とした月面を背景に浮かぶ青い地球の映像は多くの人に感動を呼び起こしました。紅白歌合戦のバックに登場したのを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
2013年には、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在を行っていた若田光一宇宙飛行士に、NHKが開発した超高感度の4Kカメラでの撮影を依頼、世界ではじめてISSからの4K映像の撮影、そして生中継に成功しました。このときはちょうど地球に近づいていたアイソン彗星の撮影にも成功しています。
これらの積み重ねの上に、今回のMMXへの4K・8Kカメラの搭載があるのです。

4K・8Kカメラは、私たちに火星やその衛星の迫力ある映像や、MMXのミッションの臨場感あふれる様子などを伝えてくれることが期待されます。ただ、それだけではありません。火星の科学にも役立つ可能性があります。
これまで火星やその衛星は静止画によりこと細かに観測されてきました。しかし、動画という形でみることによって、別の見方ができる可能性も考えられます。例えば撮影中にいん石の衝突や砂嵐などのライブイベントが起きていれば、その様子を動く映像として捉えることができ、これらの現象のメカニズムをより詳しく明らかにすることができるかも知れません。
また、フォボスやデイモスについては高精度画像は多くありません。4K・8Kカメラが撮影する静止画も非常に貴重なものとなるでしょう。もちろん映像は科学者にとっても大いに役立つはずです。

編集長(寺薗)自身、「かぐや」のハイビジョンカメラが科学者にも大きな恩恵をもたらしていたことをいまさらながらに思い出します。
2008年3月、アメリカ・ヒューストンで開催されていた、月・惑星科学の世界最大の国際会議「月惑星科学会議」(LPSC)の席で、「かぐや」のハイビジョン映像のデモンストレーションが行われました。多くの科学者がはじめて見る月の高精細映像にまさに見入っていましたが、しばらくすると、テレビの前で科学者たちが熱い議論を交わし始めたのです。「この地形は○○クレーターだ」「こういう角度でみるとクレーターの見え方が異なる…」。私も基本的には広報用のカメラだと思っていたのですが、科学者の熱のこもった議論に、ちょっとあっけにとられてしまったことを思い出します。

ハイビジョンカメラでさえこうだったのですから、その解像度が縦・横それぞれ2倍の4K、縦・横それぞれ4倍の8Kとなれば、その精度の高さは推して知るべしというところでしょう。
そのカメラが、火星やその衛星たちの神秘の世界を捉えることができるのか、そして映し出す世界がどのようなものになるのか。科学機器による観測やサンプルリターンと合わせて、こちらにも注目していきたいと思います。

(おことわり) 火星の衛星について、月探査情報ステーションでは原語表記を優先して「フォボス」と「デイモス」と表記しています。JAXAのプレスリリースやNHKのウェブサイトではこのうち、デイモスを「ダイモス」と表記していますが、同じものです。