NASAジェット推進研究所(JPL)の科学者であるシュヤム・バスカラン氏は、小惑星についての研究者です。また、同僚たちと同じように、宇宙をさまよう小惑星について、その3次元モデルを構築するための研究に長い時間を費やしています。

ところが、ほかの同僚たちが小惑星の過去・現在・未来の位置を計算したり、強力なレーダーを使ってその形を調べたりしているのに対し、バスカラン氏の研究は全く異なったものとなっています…なんと、小惑星にものをぶつけようというのです。

「もし小惑星の表面をみようと思うのであれば、表面に思い切り何かをぶつける以上のよい方法はない。」とバスカラン氏は言います。「ただ、そう簡単な話ではない。超高速で飛行している探査機から物体を小惑星にぶつけるというのは、猛スピードで走っているレーシングカーから矢を的に向けて放つようなものだ。」

ここで「超高速」という表現を使いましたが、ではどれくらい高速なのかといいますと…時速1万1000キロ。秒速に直しても2キロ。つまり、1秒に2キロメートルをすっ飛んでいく物体から、「矢を放って当てる」必要があるわけです。しかもバスカラン氏の研究ではそれよりはるかに速い場合さえありうるということです。

「私がシミュレーションで検討している小惑星への探査機からの物体の衝突は、だいたい時速4万8000キロ(秒速約13.3キロ)くらいになる。」(バスカラン氏)

宇宙には「止まれ」の標識などあるわけありませんので、こういった高速衝突はごく当たり前のように起きてきましたし、起きています。ですが、このような衝突についてはこれまではあまり科学的に精密に調べられてきませんでした。

JPLの地球近傍小惑星の研究者、スティーブ・チェスリー氏はこう述べています。「小惑星の高速衝突は、私たちが小惑星について知りたいことの多くを教えてくれる。小惑星の組成や、その内部構造などだ。これらは、太陽系の形成という意味での科学的研究に重要なばかりではなく、地球にぶつかる危険がある小惑星の軌道をそらしたり、そこに探査のために向かおうという研究のためにも重要なのだ。」

探査機による超高速衝突というのはたんなる理論上の演習というわけではありません。すでにアポロ計画において、科学者たちは、使用済みのロケットや宇宙船を月面に衝突させることで、このような探査機による衝突について知る機会を得ています。さらに2005年7月4日には、NASAのディープインパクト探査機に搭載された衝突装置が、テンペル1彗星に衝突しました。これは、始源的な天体に人工物体が超高速で衝突したはじめての経験となっています。

実はバスカラン氏は、このディープインパクト計画の衝突装置誘導担当でもありました。彼によると、すべての超高速衝突は同じではないというのです。「小惑星への超高速衝突は、彗星に比べてより大きな困難を伴う。彗星は内部からガスやちりなどを高速で放出している。これによって誘導システムが混乱する恐れもある。しかし小惑星の場合、大きさがたった50メートルしかない可能性だってある。しかもその小惑星に、周囲を回る衛星が存在する可能性だってあるのだ。これらはものすごく小さいしまたかすかなので、捉えるのがすごく難しい。」

この大きさの問題もさることながら、バスカラン氏によると、小惑星の軌道や目標として捉える際の誤差、科学者たちが望む衝突の大きさ、さらにはその形状ですら問題だといいます。
「小惑星の中で完璧な球形をしているものなどまれにしか存在しない。宇宙に浮かんでいるほとんどの小惑星といったら、その形はピーナッツとかジャガイモとか、ダイヤモンド、ブーメラン、あるいは犬の骨みたいな奇妙な形のものばっかりだ。もし探査機の誘導システムが形状を正確に捉えられなければ、衝突装置は本来望んでいなかった場所に衝突してしまうか、さらに悪いケースでは、完全に外してしまうということだってありうるのだ。」(バスカラン氏)

この、バスカラン氏が述べている誘導システムは「オートナブ」(AutoNav)と呼ばれています。これは、「自動誘導」(Automonous Navigation)の略語です。太陽系を超高速で動いている小惑星に対して着陸したり何かをぶつけたりするのであれば、その誘導システムは非常に高速で判断を行い、また高速で動作する必要があります。場合によっては光の速度でさえ間に合わない場合だってあります。「それが、衝突数時間前がいちばん重要な理由だ。私たちが衝突体誘導マニューバー(ITM: Impactor Targeting Manueuver)と呼んでいる、最後の何段かのロケット噴射を素早く行うことが重要だ。地球から遠く離れているので、地球から新たに指令(コマンド)を送るのでは間に合わない。」(バスカラン氏)

「そこで、オートナブにその仕事をさせることにする。基本的にはサイバー宇宙飛行士のようなもので、すべての関連した情報を解釈し、独自の判断を下し、ぶつける必要があるときには的確に、かつ素早くそのための指令を出す必要がある。」

さて現在このバスカラン氏が研究している対象は、有機物に富む小惑星、1999RQ36という仮符号で呼ばれている小惑星です。この大きさが500メートルほどの小惑星は、NASAの小惑星探査計画、オサイレス・レックスの行き先として名前が上がっています。今回バスカラン氏が研究している衝突体はアイシス(ISIS: Impactor for Surface and Interior Science)と名付けられていて、2016年に火星に向けて打ち上げられる予定の探査機、インサイトに搭載される予定となっています。このアイシスの軌道は、火星と1999RQ36とをつなぐような形になることになります。

「この1999RQ36がオサイレス・レックスの対象になっていることで、いろいろなことがわかっている点で大いに助かっている。夜もゆっくり眠れるというわけだ。しかし、科学者たちの要求に沿って、特定の時間帯に特定の場所にぶつける必要がある。オサイレス・レックスが衝突結果を確実に観測することが必要だからだ。これは大変困難な要求ではあるが、それを達成することには大いなる喜びを感じる。」

このアイシス計画の中でバスカラン氏が最も興味を持っているのが、アイシス探査機が火星を通過したあと、この小惑星に時速49000キロ(秒速約13.6キロ)で接近するという点です。今後数ヶ月にわたって、科学者は小惑星に近づくためにどのような軌道変更を途中で行う必要があるかを立案することになります。その後、衝突の2時間前には、オートナブがすべての行動を決定するようになります。

「オートナブの撮像システムと、軌道決定アルゴリズムによって、小惑星を検知し、衝突体に対する小惑星位置の決定を行うことができる。こちらからの指示を待つことなく、90分前、30分前、3分前に合計3回の衝突体誘導マニューバーを実施する。最後のマニューバーは小惑星からわずか2400キロしか離れていない位置になる。3分後には、この衝突体は計画通り小惑星にぶつかるということになる。」

バスカラン氏は軌道決定の挑戦を愛しているようですが、この計画の主任研究者としては、TNT火薬換算で9トンにもなるこの衝突の威力が小惑星にもたらす影響を検討しています。
「この衝突でできるクレーターの大きさはおそらくは直径30メートルほどにもなるだろう。オサイレス・レックス探査機は、この衝突を時間のあるときに最もよい位置で観測することができる。どれくらい大きな穴を開けることができたかだけではなく、衝突によりどのような物質が撒き散らされたのかをみることもできるのだ。」(チェスリー氏)

このようなデータから、小惑星がどのような物質により構成されているかを知ることができるだけではなく、小惑星の軌道が衝突によってどのように変化したのかを知ることもできます。
「おそらく1999RQ36に対するアイシスの影響というのは(軌道の点では)極めて小さいものになるだろうが、観測は可能だ。軌道の変化を観測できたら、小さいかどうかに関わらず、その変化を調べ、将来小惑星の軌道を変化させるようなことが起きる場合にはその推定も行える。もちろんそういうことを知るためには、私たちがまず最初にやらなければならないのだが。」

さて、バスカラン氏の話に戻りましょう。

「どのような要望があったとしても、オートナブがきっちり仕事をしてくれると信じている。その仕掛けは、これが片道飛行だということだ…オートナブにはいわないけど。」

バスカラン氏は、これまでの研究成果を、4月16日にアリゾナ州フラッグスタッフで行われる、宇宙航行学惑星防衛会議の国際アカデミーで発表する予定です。

NASAは現在、地球に衝突する危険がある小惑星について、その発見、追跡、分析を、地球上、及び地球軌道上の望遠鏡を使って行っています。このような地球近傍小惑星観測プログラムは一般に「スペースガード」と呼ばれていますが、これらを特定し、軌道を予測し、地球に近づいてくるかどうかを早期に判断するようにすることが重要です。