NASAは23日(アメリカ現地時間)、来年(2016年)3月に打ち上げ予定だった火星探査機「インサイト」の打ち上げを延期すると発表しました。科学機器の一部に不具合があり、打ち上げまでに改修が間に合わないと判断したものです。
このことにより、インサイトの打ち上げは2016年中には不可能となり、次の火星打ち上げの機会となる2018年を待つことになります。

インサイト

火星探査機「インサイト」 (Photo: NASA/JPL-Caltech)

インサイトは、火星探査史上はじめて、火星の内部構造を知ることを主目標とした探査計画です。あるいは、「ある天体の内部構造を解明することを主目的にしたはじめての月・惑星探査」といってもよいでしょう(中止された日本の月探査計画「ルナーA」を除けば)。これまでもアポロ計画で月の地震が計測され、それによって月の内部構造にある程度メスが入れられたり、火星に関してもバイキング探査機が地震計を持ち込んだ例はありますが、内部構造解明「だけ」を目的にした探査機は、インサイトが史上はじめてです。

NASAの科学ミッション部門長のジョン・グランズフェルド氏は、「火星の内部構造を知ることは、バイキングの時代から私たちにとっての重要目標だった」と探査の意義を述べた上で、「私たちは宇宙技術の限界を押し広げることで、科学的な見地を拡げようと努力してきた。しかし、宇宙探査は時に冷酷な側面をみせる。今回の『インサイト』に関しては、私たちは予定していた2016年(3月)の打ち上げに間に合わないということだ。今後のミッション予定については数ヶ月かけて検討を続けていくが、これだけは確かだ—NASAは今後も火星探査と科学的な発見に、全力で取り組んでいく。」と述べています。

今回問題が発生した機器は、フランス国立宇宙研究センター(CNES)が開発を担当した、内部構造解明用火星地震計(SEIS: Seismic Experiment for Interior Structure)です。
この地震計はきわめて高性能で、火星表面で「原子が動くほど」(原文のプレスリリースのまま。ちょっとこれは大げさにしても、ナノメートルサイズの振動は捉えられると考えられます)の振動も捉えられるとのことです。何しろ火星は人工的な騒音も振動もありませんから、地震計の感度を思い切り高められます。高精度の地震計によって小さな火星の地震をも見逃さずに捉えようとするのがこの地震計の役割です。
ところが、この地震計は内部の3つのセンサー(おそらく振動を捉える3方向のセンサーと考えられます)を持っているのですが、そのセンサーを真空状態に保つための密封部分が、火星表面の厳しい環境に耐えられないことが判明したとのことです。

この故障については今年初めにすでにみつかっており、修繕も当然のことながら行われ、ミッションチームとしては最新の不具合対策で十分に打ち上げには間に合うと考えていました。ところが、この月曜日(21日)に行われた打ち上げ前試験において、火星環境を模擬した低温下(マイナス45度)での環境試験で、再び真空の密封部分が破損するというトラブルが発生してしまいました。
NASA担当者はこの状態では別の真空漏れについて原因を究明した上で対策を講じ、打ち上げ前の総合試験を実施するためにはより多くの時間が必要と判断し、今回の延期という判断に至ったものです。

CNESのツールーズ宇宙センター所長のマーク・ピルチャー氏は、「このような非常に高精度の機器を開発するのは今回がはじめてであった。成功にはもうあとちょっとというところまで来ていたのだが、しかし不具合は発生してしまった。原因究明にはさらなる時間が必要となる。私たちのチームでは原因を見つけるべく努力するが、そのためには2016年(3月)の打ち上げには間に合わない。」と述べています。

探査機自体はアメリカの宇宙企業ロッキード・マーティン社が製造し、すでに打ち上げ場所であるカリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地に12月6日(アメリカ時間)に輸送されています。今回、2016年の打ち上げが中止となったことで、再び機体はロッキード・マーティン社の製造工場があるコロラド州デンバーに戻されることになります。

問題は「では、延期されて次に打ち上げられるはいつか」ということです。火星と地球との位置関係から、火星探査衛星の打ち上げ好機は約2年毎、より正確には約26ヶ月毎に回ってきます。2016年はその好機で、インサイトは2016年3月4日〜30日に打ち上げチャンスがありました。
2年毎となると、次の打ち上げ好機は2018年ということになります。現時点でNASAとしては打ち上げを「いつ」と明言していませんが(機器の不具合の調査、そして修繕にどのくらいの時間がかかるのかのめどがつかなければ判断はできないでしょう)、少なくとも最速でも2018年の打ち上げになる、ということは確かです。
2016年には同じ3月に、ヨーロッパとロシアが共同で開発した火星探査機「エクソマーズ」前半部分が打ち上げられます。2018年には「後半部分」の打ち上げが予定されており、この後半部分と同じタイミングにインサイトがズレこむことになる公算が高いようです。
なお、2020年にはNASAは別のローバー(現在仮名称として「マーズ2020」という名前が付けられています)の打ち上げを計画しています。

「ジェット推進研究所(JPL。NASAの月・惑星探査を実施する研究所)、CNESのチーム、そしてこの両者のパートナー共に、これまでインサイトの各機器の準備に英雄的な努力をしてくれた。しかし、火星に最高のメカニズムの機器を届けるには時間が足りないということだ。受け入れがたいリスクを受け入れるよりも、正しいことを行うことの方が重要だ。」(JPL所長のチャールス・エラチ氏)

「2008年、私たちはマーズ・サイエンス・ラボラトリー(愛称『キュリオシティ』)の打ち上げを延期するという、困難な、しかし正しい決定を実施した。打ち上げは2年延期されたが、結果としてミッションは成功し、多くの成果を得られている。キュリオシティの数多くの成果、そしてその成功は、ミッションの延期という残念な事態にはるかにまさるものであったといえよう。」(NASAの惑星科学部門長のジム・グリーン氏)

「インサイトの目的は、火星の内部を調べることで、地球を含めた岩石質の惑星がどのように形成されてきたのかを解明することである。火星は、地球ではとうの昔に失われてしまった惑星形成期の惑星初期進化の痕跡が数多く残されている。火星のコア、マントルそして地殻の情報は惑星科学にとって重要なものであり、インサイトはこの目的のために作られたのだ。」(インサイトの主任研究者である、JPLのブルース・バーナード氏)

今回のインサイトの打ち上げ延期は誠に残念ではありますが、少なくとも現時点で打ち上げが中止、さらにいえばミッション自体が中止となったわけではありません。NASAは火星探査に関しては将来の有人火星探査を見据えて非常に力を入れており、インサイトもその有人火星探査へ向かう流れの中の1つのミッションとして位置づけられています。
今回問題を起こした機器の不具合の解明、そしてその改修作業にどのくらい時間がかかるのか、あるいはそもそも問題が解決できず、大々的な再設計となったりすることにより、探査自体が大幅な遅延、あるいは最悪中止という憂き目に遭うことも心配されます。しかし、ジム・グリーン氏も述べていますが、無用なリスクをとって打ち上げ、最悪火星で探査機が全く動かなくなるよりは、2年の延期を許容し、その間にこの機器を含め、他の機器についても問題点を可能な限り取り除き、再度の打ち上げに望む方が賢明であるといえるでしょう。
私(編集長)もかつて、「ルナーA」計画に携わっており、何度もの延期に振り回された経験を持っています。そして、問題が解決されず、ミッションが中止されるという悔しい思いも味わっています。探査機は成功し、成果を出すことが使命です。時間が多少かかったとしても、そのことにより成功の確率をより高めることができるのであれば、悔しいという思いはあったとしても、私たちは受け入れる必要があるでしょう。

  • NASAのプレスリリース 
[英語] http://www.nasa.gov/press-release/nasa-suspends-2016-launch-of-insight-mission-to-mars-media-teleconference-today
  • 将来の火星探査 (月探査情報ステーション)
    https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/future.html
    ※現時点でインサイトは上記ページに記載されています。間もなく独自コーナーが作成される予定です。