ヨーロッパ宇宙機関(ESA)は24日、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、現在ヨーロッパが運用している2機の火星探査機を含め4つの探査機の運用を一時停止すると発表しました。

今回の措置は、ESAが決定した感染症予防措置に伴い、ESAの衛星を運用しているヨーロッパ宇宙運用センター(ESOC、ドイツ・ダルムシュタット市)の運用のうち、4機の太陽系科学ミッション探査機に関する機器運用とデータ収集を中止するというものです。なお、ESOCでは現在21機の宇宙機の運用を行っています。

すでにESAでは大多数の職員が2週間以上にわたってテレワークでの仕事を行っており、衛星にとって死活的な業務、例えばリアルタイムでの運用が必要な場合の衛星運用などだけが行われているという状況です。
報道などでご存知の通り、ヨーロッパの新型コロナウイルス感染拡大は凄まじい状況で、それに対応せざるを得なくなったというのが今回の状況のようです。
ESOCについては、それに加え、センター内で働く職員に陽性反応検出者が出たことで、さらに厳しい措置を取らざるを得なくなったとのことです。

ESOCの中央管制室

ヨーロッパ宇宙運用センター(ESOC)の中央管制室のパノラマ写真
© ESA/J. Mai, CC BY-SA 3.0 IGO

今回運用が停止された4機は次の通りです。

  • クラスター (Cluster) …2000年に打ち上げられた地球磁気圏探査機。4機の探査機が1つとなって探査を行う。地球磁気圏の調査や、地球磁気圏と太陽風との関連の調査を実施する。
  • ソーラー・オービター (Solar Orbiter) …2020年2月に打ち上げられた新しい探査機。その名の通り、太陽の周りを周回し、太陽の探査を行うことを目的とする。現在太陽に向かって飛行中。なお、2月から行っている科学機器の初期点検(チェックアウト)は一時中断。
  • マーズ・エクスプレス (Mars Express) …2003年に打ち上げられた火星探査機。火星の周りを周回して火星表面の調査を実施している。
  • エクソマーズ (ExoMars) …エクソマーズは2016年と2020年の2回に分けて打ち上げられる予定の火星探査機。周回機・着陸機・ローバーのセットで、火星の地表の水の存在や生命につながる情報を探る。今回運用が停止されたのは、2016年に打ち上げられた微量ガス探査周回機(TGO)。なお、2020年の打ち上げ予定は2022年に延期となった

ESAの運用部門長のロルフ・デンシング氏は「私たちが最優先すべきなのは働く人々の健康であり、従っていくつかの科学ミッション、特に深宇宙探査機についての作業を減少させることとした。これは現在センターに出勤している最小限の人数の人たちが仕事を行えるようにするための措置である。」としています。これら運用を一時中止した探査機はいずれも安定した軌道を回っており、ミッション期間も長く、「一定期間、科学機器の電源をオフにした上で軌道上で安全な形で放置する形をとることで、ミッション全体のパフォーマンス低下を最小限に押さえることが可能となる。」とのことです。

もちろん、科学的にみてこのような措置は非常に痛いものです。
ESAの科学部門の長であるギュンサー・へージンガー氏は、「非常に難しい決定であったが、そうすべきものである。私たちがもっとも責任を持たなければならないのは職員の安全であり、科学コミュニティの全てのメンバーが、この決定の必要性を理解してくれている。今回の決定は、ヨーロッパが世界レベルの科学ミッションを安全に実施し、かつヨーロッパが開発した機器、あるいは我々の探査機に関わる世界中の科学者の安全を保証する上で慎重に下した判断である。今回の措置の対象となった探査機や機器は人類が開発したもっとも精密かつ優れたものであり、一定期間電源をオフにしたり、スタンバイ状態にしたとしても十分に安全であり、それを行おうとしているのである。」と述べ、決定に理解を求めています。

一方、どうしても「面倒を見なければならない」太陽系科学探査機もあります。それが、現在水星を目指しているベピ・コロンボです。
ベピ・コロンボは、水星全体の観測を行うことを目指した日本とヨーロッパ共同の探査機です。日本は水星の磁気圏を観測する「みお」(MMO)の開発を担当しています。

地球スイングバイを行うベピ・コロンボの想像図

地球スイングバイを行うベピ・コロンボの想像図
© ESA/ATG medialab

ベピ・コロンボは間もなく(4月10日に)地球スイングバイを行う予定となっており、そのため現在は重要な時期にあります。ESOCの限られた運用能力の一部は、この重要なベピ・コロンボの地球スイングバイのために役立てられることになります。しかし、それであっても非常に少ない数の技術者が、十分な「社会的距離」(人と人との間の距離)を保った上で、最大限衛生状態に配慮した形で立ち会うこととなります。

ESAでミッション運用を担当しているパオロ・フェリ氏は、こういった探査機は長期にわたりほとんど、あるいは全く地上からの命令を受けなくても動作することを前提として設計されているとしています。「例えば、地球からみて探査機が太陽の裏側にあるような場合(通信ができない)にも探査機は正常に動作するように設計されている。地上からの命令がごく限られた、あるいはそれほど頻繁ではなかったとしても、何ヶ月にもわたって探査機は正常な状態を保てる。その間に新型コロナウイルスへの対応手段を十分に確保できるだろう。」とし、探査機自体はこういった状況にも十分耐えられることを強調しています。その一方で、この「一時的」中断が数カ月単位という、かなり長い期間にわたる可能性も示唆しています。

となると、いつ正常運用に戻るかが気になるところですが、もちろん現在の新型コロナウイルスの蔓延を目にすれば、すぐにというわけにはいかないでしょう。「各ミッションが平常運用に戻る時期は、それぞれのミッションごとに決めることになる。これは、装置や複雑さといった各ミッション独自の判断材料があるからだ。」(フェリ氏)

なお、今回の決定は、天文衛星の「コペルニクス」のような、地上からの頻繁な命令が必要なミッションは除外されます。こういったミッションはESOCの外から1人の技術者が指令を送れるような準備がなされています。

ESAのヨーハン・バーナー長官は、今回の決定を行った科学者、技術者そして関係者に謝意を表すと共に、「高い専門能力をもったESAの職員一人ひとりが、このような決定を確実に実行に移した。ESAはなんといっても、ヨーロッパ全体から集まった、安全を確保しなければならない人々で構成されている。私たちは科学と宇宙だけではなく、そこで業務する人たち、さらには全世界にいる、その家族や仲間たちが健康で安心して過ごせることを重視する必要がある。」と述べ、ESAが常に働く人の安全を考慮していることを強調しています。

この新型コロナウイルスの猛威において、いまいちばん必要なことは人間を守ること、これは編集長もそう思います。もし病気で人が倒れ、さらには亡くなるという最悪の事態を招いてしまった場合には、その後のミッションにも重大な影響が生じてしまいます。であれば、今は機器を最低限の運用状態にした(科学的な成果のロスを許容した)としても、人間を守る方向で検討すべきでしょう。
そうであったとしても、世界全体において、このウイルス禍が本当に早く収まって欲しいと願わざるを得ません。