4月20日に開催された文部科学省の宇宙開発利用部会の中の国際宇宙ステーション・国際宇宙探査小委員会において、日本が計画している月着陸探査計画「スリム(SLIM)」の実施が承認された模様です。
「模様です」というのは、私自身がこの会合に出席して確認したわけではないということと、JAXAや宇宙科学研究所(おそらく実施主体となる)から何も発表がなされていないため、確認が取れていないという意味です。報道によれば、本計画に本年度から予算がつき、早ければ2018年度に打ち上げが実施されるということです。

「スリム」のイメージ図

小型月探査機高層「スリム」のイメージ図 ((c) JAXA)

日本はもともと、世界でもかなり早い段階から月着陸構想を持っていました。
現在は「かぐや」と呼ばれている探査機「セレーネ」の構想が持ち上がった1990年代後半では、セレーネの推進モジュールが最後には着陸し、無人での月着陸実験を敢行する予定でした。ところがこの構想は、1998年〜1999年に相次いで発生した宇宙開発事業団のH-IIロケット失敗で潰えてしまいます。

ロケット失敗と月着陸機キャンセルとの間には一見すると関係がないようにみえます(というより、確かに関係ないですよね)。この理由は、宇宙開発事業団がロケット失敗のあと、すべての進行中のミッションについて見直しを行い、できる限りリスクが少ないものに見直すように指示を出したということが原因です。月着陸も技術開発上リスクが大きく、失敗に終わる可能性が高いことから見送られ、以後セレーネ計画は月周回のみの計画となります。

ただ、技術者としては月着陸を諦めることはしませんでした。なんといっても、月着陸、というよりも着陸技術そのものは、周回探査の次には必ず必要になる次世代の技術だからです。そこで、技術者内部での検討として引き続き検討が進めらていました。2000年代前半には、この計画は「セレーネB」と呼ばれ、以前のセレーネの月着陸構想の部分だけをまるごと引き継いだ(A, Bという区分けをするのは、同じ探査機の別の部分であるという意味合いもあります)形での検討が進められました。

この検討は2000年代後半には、まったく別のミッションとして、理学的な意義も含めた着陸機構想「セレーネ2」へと発展していきます。宇宙科学研究所内ではプリプロジェクト段階として検討が進められましたが、「はやぶさ2」が「はやぶさ」帰還による世論の高まりであっさりと実現されたのとは対照的に、セレーネ2はなかなか予算化されませんでした。

予算化されない理由にはいろいろあるかも知れませんが、より予算化されやすくするためには、予算を絞り、本当に行いたいミッションに絞るということが重要でもあります。そのような考え方のもとに生まれたもう1つの月着陸計画がこの「スリム」なのです。
スリムはH-IIAロケットではなく(セレーネ2も打ち上げロケットは未定ですが、H-IIAを念頭に置いています)、より小型で安価な打ち上げが可能なイプシロンロケットを使用します。
セレーネ2はローバーや科学機器、あるいはペネトレーターなどといった多彩な機器を搭載していくことになっていますが、スリムは着陸探査に特化した探査機です。探査というよりも、着陸技術の実証機といった方が正しいでしょう。
つまり、スリムはセレーネ2と同じというわけではなく、(なかなか実現されない)セレーネ2に代わってそのエッセンス、特に技術的な部分を実証するための工学実証機と考えた方がよいと思います。

実際、スリムのポイントは、「高精度な着陸」です。JAXAの数少ないスリムの資料の中には、「ピンポイント着陸」「行けるところから行きたいところへ」というような言葉が出てきますが、これは、無人による高精度着陸という、技術的にかなり難しいことを、小型の着陸機で実証しようとしていることが伺えます。
これまで日本では、セレーネ2の検討を通じて、月への無人着陸の検討は着実に進めていました。したがって、もしスリムが実現するとすれば、この検討内容の実証が可能となり、将来的は月に限らず、火星や他の天体(それなりの大きさを持つ天体のことをひとくくりにして「重力天体」と呼びます)への無人着陸技術を立証することには大きな意味があります。

他方、セレーネ2構想とは異なり、スリムには科学機器は原則搭載されないことになっています(ごく小型の観測機器は搭載されるかも知れませんが)。この点、月の起源や進化など、理学的な意味に重点を置いて検討が進められているセレーネ2ともかなり異なる内容になります。
日本独自の技術での月着陸が早ければ2018年度にも(ただし、これは報道内容によるもので、JAXAなどが発表しているものではありません)実現できるということは大変喜ばしいことではあるのですが、上記のような20年に近い検討(かつ実現がしてこなかった)歴史から考えると、私は個人的には複雑な思いを持っています。

なお、スリムについてはJAXA、そして宇宙研のページにも資料が極めて少なく、実際の内容はまだはっきりとしません。JAXAや宇宙研のページでその全容は公開されると思いますので、それに期待したいと思います。月探査情報ステーションでも「場所」だけは用意してあるのですが、まだページを作成していません。なるべく早く作成したいと思います。(6月28日追記…5月初めにスリムのページは作成しています。)

なお、SLIMとはSmart Lander for Investigating Moonの略です。