NASAは4月29日、韓国が2018年末に打ち上げる予定の月周回衛星にNASAとして搭載する機器に、「シャドーカム」というカメラを選定したと発表しました。

2018年末打ち上げ予定の韓国の月周回衛星の想像図

2018年末打ち上げ予定の韓国の月周回衛星の想像図。合計で5つの機器を搭載し、そのうち4つが韓国、1つがNASAのものとなる。(© KARI)

あまり知られていませんが、韓国も月探査を計画しています。現行の計画では、2018年12月に最初の周回衛星を、2020年に月着陸機を打ち上げる予定です。打ち上げには韓国が現在開発している国産ロケット、KSLV-IIを使用する予定です。
月周回衛星にも月着陸機にも今のところ名前がついていないのですが(というか、計画自体に特に名前があるという報道はみていませんが)、NASAではこの最初の月周回衛星を「パスファインダー」と呼んでいるので、それにならうことにしましょう。なお、NASAでの韓国の月周回衛星の呼び方はKPLO(Korean Lunar Pathfinder Orbiter)です。

今回NASAの機会が韓国の衛星に搭載されるのを不思議に思う方もいらっしゃるかも知れませんが、こういったことは月・惑星探査の世界ではよくあります。例えば日本の「はやぶさ2」でもヨーロッパ(フランスおよびドイツ)のローバー「マスコット」が搭載されていますが、これは国際協力の一環としての搭載です。
今回韓国の衛星にNASAの機器が搭載されるのは、NASAが韓国の月探査衛星開発に協力する一環としての搭載です。過去、インドの月探査衛星「チャンドラヤーン1」にもNASAの観測機器「M3」(Moon Mineralogy Mapper: 月面鉱物マッピング装置)が搭載され、この機器が月の水を発見するという成果を挙げています。

今回の公募は、2016年9月にNASAが告知したもので、公募はNASAの高等探査システム部門(AES: Advanced Exploration Systems Division)が実施しました。審査の結果、アリゾナ州立大学とマーリン宇宙システムズが共同開発するカメラ、シャドーカム(ShadowCam)が搭載機器として選定されました。
マーリン宇宙システムは、火星探査を中心とし、広く月・惑星探査用のカメラ開発、そしてその画像分析を手がける宇宙開発企業です。アリゾナ州立大学も月・惑星探査機期の開発では実績のある大学で、まずは盤石の組み合わせというところでしょう。

さてこのシャドーカムですが、観測するのはズバリ「シャドー」、影です。もう少し具体的にいいますと、月の極地域に存在する永久影です。
永久影は、月の極地域のように、太陽の高さが低い(太陽光が低い高さから射す)場所でみられます。クレーターの縁などで太陽光がさえぎられると、クレーターの縁などには永久に太陽の光が当たらない場所ができてしまいます。このような場所を「永久影」と呼びます。
永久に影ができる(太陽の光が当たらない)ということは非常に寒い場所であるということは間違いありません。実際、NASAの探査機「ルナー・リコネサンス・オービター」(LRO)の観測では、この永久影の温度はマイナス238度という結果が出ています。
一方、このように温度が低いということは、揮発性物質、とりわけ水が蒸発することなく永久に存在する可能性が高いというわけです。そこで、将来の月面基地の開発では永久影領域に存在する水を利用するということが重要とされています。NASAはこの月の水の存在の探査に非常に力を入れていて、特に月面基地の候補地とされている月の南極の「シャックルトン・クレーター」の永久影の探査を重要視しています。今回のシャドーカムの探査もまさにこの永久影、それもシャックルトン・クレーターの永久影です。

シャックルトン・クレーターの永久影を探査するシャドーカムの想像図

シャックルトン・クレーターの永久影を探査するシャドーカムの想像図。(Photo: NASA)

永久影ですから、中は真っ暗です。探査機にも電力や重さの制限がありますから、例えば強力なスポットライトで照らす、といったこともできません。そのような限られた環境で永久影の中を明らかにするため、シャドーカムには高精度のセンサーが装備されます。ベースとなるのはLROの狭角カメラですが、感度はその800倍にまで高められるとのことです。このような高性能のセンサーを搭載したカメラで永久影の内部を撮影し、その地形や水の存在の有無などを明らかにしようというのが今回のセンサーの目的です。
なお、今回の公募では機器の重さは15キログラムとなっているため、このシャドーカムの重さは15キログラムかそれ以下となります。

シャドーカムの構造

シャドーカムの構造。微細な光を撮影するため、センサー全体は光を遮蔽する筒に覆われている。望遠鏡により狭い領域をはっきりと写し出し、高精度センサーによって非常に光が少ない環境下でもはっきりとした撮像が可能である。(Photo: NASA)

今回の機器選定について、NASA・AESのジェーソン・クルーサン部門長は「もし現地にある資源を利用することができれば、将来の深宇宙における有人探査は、より安全でかつより低価格で行うことができるようになるだろう。シャドーカムは将来のそのような探査の可能性を切り拓くもので、また月にある資源の同定にも大いに役立つだろう。」とコメントしています。明らかに月面基地、そして月の水の利用を狙っている…ひいては月の有人探査を狙っているという発言です。
一方で、永久影に本当に水があるのかどうかという点については議論の余地が大いに残されています。日本の月探査衛星「かぐや」は世界ではじめてシャックルトン・クレーターの詳細観測に成功しましたが、その結果、いわれているように(といいますか、NASAが主張するように)永久影領域に水が存在することに対して否定的な観測結果が出ています。果たしてどちらが正しいのか。もしシャドーカムが打ち上げられれば、はっきりと結果が出ることでしょう。

いま「もし」という言葉を使いましたが、実はこの韓国の月探査計画に関しては実施が正常に進むのか疑問の声があります。
そもそも打ち上げロケットのKSLV-IIについても開発の遅れが目立ち、試験が10ヶ月遅れるなど、開発が間に合うのか疑問の声が出ています。そもそも開発できればいきなり月に打ち上げてよいというものではありません。ある程度性能を安定させ、数機を試験機として打ち上げてからでないと、月周回衛星の打ち上げに安心して使えないはずです。
予算についても2015年度は「ゼロ」であったりと、非常に不安定です。なお、2016年度からは3年間で180億円を月探査に向けて投資するということになっています。

ただ、開発に向けて最も不確定な要素は政治家と思われます。そもそもこの韓国の月探査、最も熱心に推進していたのは朴槿恵・元大統領でした。前大統領の「創造経済」、すなわち新技術開発による経済活性化の最先端分野が宇宙開発、そして月探査だったのです。ところがご承知の通り、朴槿恵・元大統領はスキャンダルによって罷免され、その後逮捕・勾留され、現在は起訴されて裁判を待つ身となっています。韓国の次期大統領選挙はまさにもうすぐ、5月9日に投票を迎えますが、次期大統領が誰になるかによって、この朴大統領時代の政策が継承されるかどうかが決まります。月探査計画を含め、大幅な変更が下される可能性もゼロではありません。
そもそも朴前大統領は、本来2025年打ち上げが計画されていた月探査を2020年に大幅に前倒しするという政策決定を実施するなど、熱心であるあまりに拙速ともいえるような政策を実施しているようにも私(編集長)からはみえます。
宇宙探査は「早く打ち上げる」よりも「確実に打ち上げる」方が重要です。韓国の月探査が、時間を追うのではなく、安全と成果を逐う形で再構築され、月探査を行う国々に名をしっかりと連ねることができるよう願いたいものです。