JAXAは12月6日、インド宇宙研究機関(ISRO: Indian Space Research Organisation)と、将来の月の極地域における無人の着陸探査についての共同検討を開始すると発表しました。

JAXAとISROが検討する月極地域の着陸探査のイメージ図

JAXAとISROが検討する月極地域の着陸探査のイメージ図 (© JAXA)

今回発表されたJAXAのプレスリリースは大変短いものですが、今回の共同検討は、昨年11月に交わしたJAXAとISROの協力の覚書(MOU: Memorandum of Understanding)に基づいたもので、国際協力に基づく月探査活動についての互恵的な協力の一環である旨が述べられています。

というわけで、このニュースを3つの側面から解説していきましょう。1つは「インドの宇宙開発の実力」、もう1つは「世界が狙う月の極地域」、そして、「世界が月をふたたび目指し始めている」という状況です。

■インドの宇宙開発の実力

日本の皆様はインドというと「宇宙開発をやっているの?」と思われるかもしれませんが、実はインドの宇宙開発の実力は分野によっては日本をすでに抜いているほどなのです。
例えば、2013年に打ち上げられた火星探査機「マンガルヤーン」は、2014年9月に火星に到着、アジアの探査機としてははじめて火星周回軌道への投入に成功しました。日本はもちろんのこと、中国も成し遂げていなかった火星周回軌道への衛星投入を、インドは1回めの挑戦で一発で成し遂げています。
また、インドは大型のロケット「PSLV」を保有しており、これによる人工衛星の打ち上げを盛んに行っています。さらに現在インドでは、将来の有人宇宙船打ち上げを目指したロケット「GSLV MkIII」(GSLVマーク・スリー)の開発を進めており、すでに2回の打ち上げに成功しています。

月探査の分野では、インドは日本の月探査機「かぐや」の打ち上げの1年後、2008年に、独自の月探査機「チャンドラヤーン1」を打ち上げています。この探査機は本来2年の寿命だったのですが、衛星のトラブルにより9ヶ月で衛星が不調を起こし、運用を断念せざるを得ませんでした。ただ、搭載されていた測定器のデータを解析したところ、月表面にはこれまでの予想よりも多い水が存在する可能性が考えられ、将来の有人月面活動に重要となる結果を得ることができています。
さらにインドは来年(2018年)第一四半期に、2機目となる月探査機「チャンドラヤーン2」の打ち上げを目指しています。こちらは着陸探査を行うことになっており、月探査分野で先行する中国に追いつこうとしています。成功すれば、月に軟着陸を果たした国として、旧ソ連(ロシア)、アメリカ、中国に続く4カ国目となります。
さらに、民間の分野においても月探査については高い技術力を誇っています。来年の3月を期限として、純民間資金での月面ローバー開発を競う競争「グーグル・ルナーXプライズ」には、現在最後に残ったチームとして5チームが参加しており、そのうちの1つが日本の「ハクト」です。そして、5チームのうちの1つにはインドのチーム「チーム・インダス」が入っています。ハクトはこのチーム・インダスと一緒に、インドのPSLVロケットでローバーを打ち上げる予定です。
あまり宇宙の世界に政治を持ち込むのは何ではありますが、日本は政治的な事情で、中国とよりは月探査ではインドと協力しやすい関係にありますから、今回の決定も、インドの技術力を考えればある程度自然なことといえましょう。

■月の極地域に注目が集まっている

もう1つ、今回の発表で注目されるのはその目的地です。月、であるだけでなく、「月の極地域」であるという点です。
実はいま、月の無人探査で、月の極地域が注目を集めているのです。
月の極地域のクレーターの内部には、太陽の光が全く当たらない場所が存在します。「永久影」(えいきゅうかげ)と呼ばれるこの場所は、光が当たらないことからマイナス200度を下回る超低温の環境がずっと続いていたと考えられています。このような場所には、月のどこかからやってきた、あるいは彗星などが衝突することによって月にもたらされた水が(氷の形で)存在すると考えられています。

水が存在すれば、人間が暮らすにも便利です。生活用水にも使えますし、電気分解して水素と酸素とすればロケット燃料にもなります。そこで、かなり低温の環境である月の極地域が、将来の有人月面基地の設置候補地としてにわかに注目されているのです。
アメリカはそれを見越して、2020年前後に月着陸探査機「RPM」を送り込む計画を立てています。こちらの方は最近あまり進捗が聞こえてきませんが、何らかの形で計画が進んでいることも考えられます。また、一時期日本がこのRPMに参加するという情報もありました(現在では解消されているようです)。

そして、今回の発表です。RPMの代わりに、インドと手を組むことで、インドが開発している着陸技術を利用することができるほか、低コストの開発などのノウハウを吸収することができます。場合によってはPSLVなどによる低コストの打ち上げも狙っているかもしれません。
その意味でも、「月の極地域」は今後、大きな注目を浴びてくることになると思います。

■世界がふたたび月に向かい始めた

そしてなんといっても重要なことは、この表題、つまり世界がふたたび月探査に向けて動き始めた、ということです。
アメリカのトランプ大統領は先日、NASAに対して有人月探査についての検討を(再度)行うように命令する大統領令に署名しました。
アメリカは2000年代なかば、有人月探査を通して最終的に有人火星探査を目指す「コンステレーション計画」という宇宙計画を持っていました。しかし、予算やスケジュールの超過によって、次のオバマ政権でこの計画はキャンセルされ、新たに小惑星の有人探査を実施し、それを有人火星探査へのステップとする「小惑星イニシアチブ」がスタートしました。
ところがこれもまた予算超過とスケジュールの遅延が発生してしまい、しかも政権が変わったこともあって、今回の計画に置き換えられたということになります。

NASAは現在、月上空を周回する国際的な宇宙ステーション「深宇宙ゲートウェイ」(ディープ・スペース・ゲートウェイ)という構想を検討しています。この構想は将来の国際的な宇宙プロジェクトに発展していくようで、9月にはロシアが、先日は日本が参加を決定(より正確には「参加を検討することを決定」)しています。
もちろん、一足先に有人に向かうわけではなく、無人探査のステップはまだまだ必要でしょう。とりわけ、月面基地をどこに作るかといった問題は、人命がかかるだけに、(無人探査による)詳細な事前探査が必要となります。

月面基地をどこに作るのが適切か、という点については、科学者でいろいろな意見があります。その中で注目されている場所が、月の極地域です。
極地域は、太陽光がほぼ真横から射してきます。そのため、クレーターの縁などでは太陽光がブロックされ、クレーターの中には日が射さない場所ができます。このような場所を「永久影」(えいきゅうかげ)といい、このような場所には水などが存在することが期待されています。
一方、太陽光をブロックしているクレーターの縁は、永遠に太陽光が当たり続ける場所となり、こちらは太陽光発電によるエネルギーの供給が期待できます。
両方を合わせれば、水とエネルギーが両方得られることになり、月面基地を作るのに俄然有利な環境が得られることになります。

ただ、月の極地域にどのくらい水が存在するのか、さらにいえば水がそもそも存在するのかということについても世界的に一致した意見は出ていません。
アメリカの探査機による探査結果では、極地域にはかなりの水が存在するということになっています。一方、日本の「かぐや」による探査では、南極付近のシャックルトン・クレーターを探査した結果、水が存在する証拠はないとの結論を出しています。このように、探査結果もまだまっぷたつなままです。
さらに詳細に調べるためには、極地域に直接赴いて継続的な探査を行うのがいちばんで、それこそが今回、インドと日本が組んで月の極地域に探査機を送る目的でもあるのです。

「インドと日本が組んで月探査?」というとちょっと奇異に思われる方も多いかもしれませんが、上述の3つの事情を組み合わせれば、大変自然な結論であるどころか、最もよいパートナーであるということがお分かりいただけるかと思います。
もちろん、さらに国際政治でのバランス(中国に対抗するアメリカ-日本-インドのパートナーシップ)という側面もあるとは思いますが、編集長は国際政治に疎いため、ここではこの点については触れません。

いずれにせよ、今後この日本-インド共同の月探査計画の検討が、おそらくはかなり急ピッチで進んでいくことでしょう。日本はスリムの経験を、インドはチャンドラヤーン2の開発経験を持ち寄る形での検討が進むのではないでしょうか。
編集長の予測では、おそらくは2020年代前半にミッションを実施する方向で検討が進められるのではないでしょうか(いまから検討して約4〜5年というところでしょう)。どのような探査が実現するのかが大変楽しみです。