アメリカ(NASA)が提唱する新しい宇宙ステーション計画「深宇宙ゲートウェイ」(ディープ・スペース・ゲートウェイ)計画に、日本が正式に参加することを検討すると、文部科学省が発表しました。
文部科学省の審議会で答申された内容を、12月1日に開催された宇宙政策委員会が承認したものです。以下、林文部科学大臣の定例会見における発言です。

これは、11月28日に読売新聞が報道した内容とほぼ同じで、結果的にはこの記事が正しかった、ということになります。ですので、こちらをお読みいただいてもいいのですが、せっかくですので改めて解説していきましょう。

今回日本が参加検討を進めることを決定した(ややこしいいい方ですがこれが正式です)のは、アメリカ・NASAが提唱している「深宇宙ゲートウェイ」という新しい宇宙ステーションです。
深宇宙ゲートウェイは、NASAが今年になってから提唱し始めた、月上空の宇宙ステーションです。この宇宙ステーションには、アメリカが現在開発中の宇宙船「オライオン」(オリオン)を使用してアクセスし、有人月探査の拠点とするだけではなく、将来的には有人火星探査の基地としても活用することになっています。

NASAの「深宇宙ゲートウェイ」構想

NASAが計画する「深宇宙ゲートウェイ」(ディープ・スペース・ゲートウェイ)構想のイメージ。左側の宇宙ステーション(深宇宙ゲートウェイ)に、右側のオライオン(オリオン)宇宙船がドッキングしようとしている。© NASA 出典、https://www.nasa.gov/feature/deep-space-gateway-to-open-opportunities-for-distant-destinations

今回、日本がこの深宇宙ゲートウェイに参加することを決めた理由には、各社報道からはいくつか挙げられています。

  1.  日米の宇宙分野における協力
    先月(11月)のトランプ大統領訪日の際に、安倍首相との会談で、日米間での宇宙分野での協力をより拡大したい旨の合意があったようです。その合意を具体化した最初の例がこの深宇宙ゲートウェイでの協力となるようです。
  2.  来年3月に開かれる第2回国際宇宙探査フォーラム(ISEF2)におけるイニシアチブ確保
    来年3月、日本で、第2回国際宇宙探査フォーラム(ISEF2)という大きな会議が開催されます。この会議では、世界各国から集まる宇宙開発・宇宙政策の閣僚級担当者が、将来の国際的な宇宙探査計画について議論します。その席で、議長国となる日本として、何らかのアイディアを提案することが求められるでしょう。そのための1つの方策がこの深宇宙ゲートウェイへの参加ではなかったかと思われます。
  3.  国際宇宙ステーション以降の日本の有人探査の地位確保
    国際宇宙ステーション(ISS)は、各国の協定により2024年までは予算が支出される予定ですが、その後については決まっていません。おそらく国で維持するというよりは、民間に譲渡するような形として、国際的な宇宙活動は次のフェーズに移っていくのではないでしょうか。そのような動きを「ISSのあと」という意味で「ポストISS」と称していますが、今回の動きはポストISSとして月を選ぶというアメリカの動きに日本が乗ったものと考えられます。

深宇宙ゲートウェイについては、今年9月にはロシアも参加を表明しており、国際的な動きになりつつあります。あとヨーロッパの動きがつかめれば、現在のISSのメンバーがそのまま乗る形で動き出すことになるでしょう。
また、月上空に存在する宇宙ステーションとして、月への探査の足がかりとして使えますので、例えば宇宙飛行士が深宇宙ゲートウェイから月表面へ降り立ったり、月周辺の環境を調べたりするということも考えられます。そしてその活動に日本人宇宙飛行士が参加するというのも、いまのISSの状況を考えれば自然なことのように思われます。
林文部科学大臣の記者会見では、日本人の有人月探査活動については慎重な言い回しとなっていますが、これは後述するような事情があるためと思われます。

さて、いいことづくめのような深宇宙ゲートウェイへの日本の参加ですが、問題がないわけではありません。というよりこの先は問題だらけになる、といっても過言ではないでしょう。

まずそもそも、この深宇宙ゲートウェイがいまの形のまま計画通り進むかどうかです。
NASAにしても深宇宙ゲートウェイの情報をほとんど公開していません。というよりまだ初期の検討段階と推測されます。今後検討が進むにつれ、予算オーバーやスケジュール遅延といった問題が発生しない保証はありません。実際、この深宇宙ゲートウェイへのアクセスに使われるオライオン宇宙船、そしてそれを打ち上げるSLSにしても遅延が続いており、本来今年予定されていた初飛行は2018年に延期、さらに2019年に延期されるという情報もあります。

また、NASAの、というかアメリカのスタンスが一貫していないことも気をつけなければなりません。
21世紀に入り、ブッシュ(子)政権は月を足がかりに火星を目指す「コンステレーション計画」を立ち上げました。しかし、スケジュール超過と予算オーバーにより、次のオバマ政権でこの計画は中止され、代わりに小惑星有人探査を火星探査の足がかりとする「小惑星イニシアチブ」が立ち上げられました。ところが、これも現在風前の灯、というより、メインとなるアーム計画については中止がほぼ確定しており、そんな中で出てきたのがこの深宇宙ゲートウェイです。
このような歴史を踏まえると、トランプ政権の次の政権でまたこの計画がひっくり返されないという保証はどこにもありません。

さらにいえば、日本は2010年前後、コンステレーション計画に「乗って」有人月探査を検討した時期がありました。
ちょうど日本で宇宙基本法が制定された頃に、アメリカの計画に日本も参加する目的で「月探査に関する懇談会」が設置され、有識者によって日本の有人月探査がどのようなものであるべきか議論するという場が設けられました。
また、広く国民に意見を聞くという目的で「月探査ナショナルミーティング」なる会も開催されましたが、その後いつの間にかこの懇談会は開かれなくなってしまいました。
結局、日本としてどのような月探査を行うべきか、という議論よりは、「アメリカがやってるんだから日本も」というような考え方で有人月探査を議論していたのではないかと、編集長としてはいまでも危惧しています。それと同じパターンで今回NASAの計画に乗るのであれば、また同じ轍を踏むことになるでしょう。

日本が深宇宙ゲートウェイでどのような技術で貢献できるかにも議論があるところです。
おそらく、日本がISSで培ってきた生命維持技術、輸送・補給技術は大いに役立つと思います。しかし、月探査自体については、例えば軟着陸1つとってみても技術確立は2020年の「スリム」を待たなければならず、着陸機もローバーも小型のものは実証されていても大型のものについて技術は全く確立されていません。
日本がどのような技術で貢献できるのか、またすべきなのかという点についての議論はこれからで、「参加ありき」の印象は拭えません。

もっとも心配なのは予算の問題です。
おそらくISSより巨額になるであろう建設予算、そして補給にもより高額の費用が必要になるであろう月周辺空間の宇宙ステーション(距離だけ考えても、ISSの400キロと月までの38万キロでは桁が3つ…ほぼ1000倍違います)、ISSとは違い月の有人探査活動を行うのであればその分の費用(ローバーや着陸船などの開発費用)も含まれるでしょう。これらの予算についてはまだアメリカ側から何の音沙汰もありません。

ISSでさえ「無駄ではないか」という議論が出ているくらいです。2015年には、国の行政改革推進会議において、当時行政改革担当大臣であった河野太郎氏が、「日本人が宇宙に行って喜ぶという時代はもう終わっている」と発言し、ISSの予算について厳密な効果検証を求めるということがありました。
ISSの年間運用費は約400億円といわれています。日本がこれまでに投じた費用は1兆円ほどになるでしょう。それは他の科学技術分野を「圧迫」しつつ捻出した予算でもあります。国の財政が極めて逼迫している折、科学技術立国を目指す国として、果たして「日米首脳会談でも合意した」からといってすぐに計画に乗ることに納得する国民はどのくらいいるでしょうか。

もちろん、編集長個人的には、月探査、有人月探査は大いに推進して欲しいですし、日本人宇宙飛行士が月面で活躍する姿を見たいですし、そうなればここでレポートもしたいと思っています。
ですが、だからこそ、こういったビッグプロジェクトに関しては、予算や意義などを含めたていねいな解説が必要だと思います。最初でボタンをかけ違えたらあとが大変なことになるからです。
おそらくこれから、宇宙政策委員会や文部科学省の審議会で議論がなされると思いますが、その議論には広く国民の声も反映させ、国が突っ走る形ではない、国民の大方が納得する形での有人月探査になってほしいと、編集長としては強く願っています。