連休ということもありますので、少し柔らかめ(?)の記事をお届けしましょう。
4月28日付(アメリカ現地時間)のワシントン・ポスト紙の記事です。題名は「Space-mining may be only a decade away. Really.」。正直に和訳すれば「宇宙資源採掘はあと10年後の話でしかない。本当に。」というところでしょうか。つまり、いまから10年もすれば、宇宙空間で資源を採掘するという、SFのような話は現実になる、という主張なのです。記事を掘り下げてみましょう。
記事は企業系コラムニスト、トマス・ヒース氏により書かれています。

まず、宇宙資源といういい方ですが、これは広く、地球外(地球以外)から採掘された資源となるもののことをいいます。例えば月や小惑星、あるいはもっと将来には火星からの資源採掘ということも考えられるでしょう。
また、資源といういい方をしていますが、それにはいろいろなものが含まれています。例えば、地球上では極めて産出量が少なく、高価で取引される金属「レアメタル」などは典型的なものでしょう。しかしほかにも、例えば宇宙空間では貴重かつ確実に必要になる「水」、やはりどうしても確保しておかなければならないエネルギーなども資源として含めます。
こういった宇宙資源採掘はここ数年、特にアメリカを中心として採掘に向けた動きが盛んになっています。アメリカでは小惑星の資源採掘を目的としたベンチャー企業が2社(プラネタリーリソーシズ社、ディープ・スペース・インダストリーズ(DSI)社)立ち上がっています。また、ヨーロッパの小国、ルクセンブルクは、こういった宇宙資源採掘企業(さらには広く宇宙ベンチャー企業)への投資を行っており、上記2社もルクセンブルクに支社を置いています。
日本でも、現在月ローバー競争「グーグル・ルナーXプライズ」に参加しているチーム「ハクト」を擁する株式会社アイスペースが、将来的なビジネスとして月資源開発を構想するなど、その動きは着実に広がってきています。

さて、ワシントン・ポストの記事ですが、冒頭は「水は宇宙において新たな石油となるか?」という文章から始まっています。このことから、筆者が宇宙資源として水について重要視していることがわかります。
記事ではまず、ロンドンとシンガポールに本拠を置くエネルギー関連コンサルタント企業、ナビタス・リソーシズ社のトム・ジェームズ氏の言葉を引用しています。「中東産油国がここのところ、彼らの経済モデルをデジタル経済、そして知識ベース経済に転換しつつある。」、つまり、石油依存のこれまでのビジネスモデルから、中東産油国が脱却しつつあると述べているのです。
一方、アメリカの宇宙ベンチャー企業は、より低価格で打ち上げが可能な輸送機の開発を通じて、宇宙輸送コストを劇的に低減しようとしています。イーロン・マスク氏が率いるスペースX社や、アマゾンのCEO、ジェフ・ベゾス氏が率いるブルーオリジン社などがその例です。スペースX社は、ロケットの再使用により、それこそ今の宇宙輸送コストを100万分の1まで引き下げるという野心的な計画を持っています。

さて、こういった状況を踏まえて、いま中東産油国が宇宙開発、それも宇宙資源開発への投資を強めているというのです。目的は、月や小惑星に存在する水だとのことです。
前出のジェームズ氏によれば、「その投資目的は中東への投資を魅力的なものとするためだ」とのことです。そもそも中東諸国は宇宙開発には有利な立場にあるといいます。土地が広い割にほとんどが広大な砂漠で人口も少なく、また赤道に近いために打ち上げ条件にも有利(編集長注: ロケットを打ち上げる際には、地球の自転の速度を追加することが一般的です。地球は赤道に近ければ近いほど自転速度が速いため、その効果をなるべく大きくするため、ロケット打ち上げ場所はできる限り南に設けることが一般的です)であるからだといいます。
私(編集長)としてはこの意見にはやや同意しかねる箇所もあります。というのは、単に南にあればいいというだけでなく、ロケットを東に向けて打ち上げる際に支障となる陸地などがないといった条件も必要だからです。また、中東の地政学的な問題を考えると、ロケット打ち上げが軍事的な緊張を引き起こす可能性も考慮しなければなりません。

それでもすでに中東の宇宙開発の動きは加速しています。記事によれば、アラブ首長国連邦(UAE)は宇宙開発に関して巨額の投資(50億ドル…日本円で5600億円)以上にもわたる投資を行っています。すでに4機人工衛星の打ち上げ(ただし、打ち上げは他国に依頼)を行っています。また、記事にはありませんが、2020年の打ち上げを目指した火星探査計画「アル・アマル」を実施しており、その打ち上げは日本のH-IIAロケットで行われる予定です。
ジェームズ氏は、「中東はロケット・宇宙機の打ち上げには理想的な場所である。宇宙開発は長期的な視野に基づくものであり、一方石油やガスは永遠ではなく、いずれ産出量は減少し、枯渇する。そこで、彼らはより未来に向けた新しい技術への投資を始めているのだ。」と述べています。
UAEに限らず、中東全体が宇宙に目を向けていることは確かです。記事では、ブルームバーグの報道として、サウジアラビアがロシアと宇宙開発に関する協力協定を2015年に締結していることを伝えています。また、UAEの連邦の1国をなすアブダビ自身も、有力な宇宙開発企業として有力であるバージン・ギャラクティックに投資していることも述べています。

さて、宇宙資源で注目されるのが水だといいます。
言うまでもなく、水は人間をはじめとした生物にとって欠くことができないものです。それだけではなく、水を電気分解して水素と酸素にすれば、それを結合させてロケット燃料にしたり、燃料電池の形でエネルギー源とすることもできます。その水を得る場所として、片道4日の飛行で到着でき、水の存在が指摘されている月は魅力的な場所といえると、記事では述べています。
編集長としてはこの意見には同意できません。水を得るのであればわざわざ月に行かなくても、海水淡水化などの技術を突き詰めた方がはるかに安上がりだからです。また、現時点で月の水の存在については科学者の間でも意見が分かれており、現時点で月の水の量やその利用を論じる…というよりも、経済の論理で語るには時期尚早だと思われるからです。

そうだとしても、宇宙資源採掘は極めて魅力的です。記事によれば、先日ゴールドマン・サックスが公表したリポートの中で、「宇宙資源採掘はこれまで考えられてきたよりも非常に現実的なものである」と述べており、燃料としての水の利用(あるいは宇宙空間における不足)が、宇宙における水の利用に関する「ゲームチェンジャー」(立場を大きく変えるようなものごと)になるとしています。
宇宙空間で燃料などとして水を利用するということに関しては、編集長自身も非常に魅力的な話と思っています。地球に水を持ってくるというのは無理な話ですが、こと宇宙空間では水は貴重であり、また燃料などとして使うことは重要です。実際、月や火星で現地の水などの資源を利用して探査を実施する(英語ではISRU: In-Situ Resource Utilization、日本語では「現地資源利用」とでも訳せるでしょうか)ということは重要な研究分野になりつつあります。

また、水だけでなく、前述のレアメタルなども魅力的です。このゴールドマン・サックスのリポートは、プラネタリーリソーシズ社の2012年のインタビュー記事の内容を引用する形で、フットボール場(編集長注: おそらくアメリカンフットボールを指すと思います。原語はfootball field。アメリカンフットボールのフィールドは横100ヤード…約109メートルほどです)1つ分くらいの小惑星に含まれるプラチナだけで50億ドル(日本円で5兆6000億円)の価値があるとしています。そのうえでこのリポートでは、「小惑星の資源採掘は、軌道上経済(地球軌道上などでの経済活動)に際し、そこで必要となる資源供給を急速に担う役割を追うことになると思われる。」としています。

そのような状況で、ジェームズ氏は「今後5年以内に、地球の資源採掘会社やエネルギー企業が、宇宙資源開発を真剣に捉えることになるだろう。株主から突き上げられる前に。」と述べています。
しかし、同氏はその一方で、こうした資源採掘に向けた戦略について尋ねられると「ない」と答えています。

記事では「技術はすでにある」として、昨年打ち上げられたアメリカの小惑星探査機「オサイレス・レックス(オサイレス・レックス)」について触れています。日本人としてはここで、同様の小惑星サンプルリターンとして「はやぶさ」「はやぶさ2」を取り上げていないことを非常に気にしたいところではありますが、いずれにしても、記事ではそう述べているものの、大規模な資源採掘と、小惑星からせいぜい数キログラムのサンプルを持ち帰ることを同一視していいのでしょうか。
記事ではその点について、NASAの宇宙飛行士であり、小惑星に関する専門家でもあるポール・チョーダス氏にインタビューしています。
チョーダス氏は、毎秒十数キロという速度で宇宙を動いている小惑星を追跡し、資源があるかどうかを調べるのは困難であると述べています。
「どの小惑星が最も多く資源を有しているのかを調べるというのは実際かなり難しい。もちろんやろうとすれば可能ではあるが、それがコストに見合うものであるかどうかとなるとかなり厳しいと言わざるを得ないだろう。実際のところこの問題(コスト見合いの問題)に関し、私たちは答えを持ち合わせていない。どの小惑星が資源採掘対象として理想的か、ともかくもより多くの調査を重ねることが重要だということはいえる。しかし、(小惑星資源採掘が)有望なことは間違いがない。」と述べています。
この意見には編集長も賛同します。チョーダス氏はおそらく、地球近傍小惑星について述べていると思われますし、少なくともここ数十年で資源採掘対象となる小惑星は地球近傍のものとなると思いますが、それだけでも1万個以上もあります。それらすべてについてどのような組成であるか、また採掘可能な、あるいは資源として魅力のある物質がどのくらい含まれているかというデータはありません。だからこそオサイレス・レックスや「はやぶさ2」のような探査で、小惑星がどのようなものでできているかを「いまも」調べているのです。

さて、インタビューはさらに、プラネタリーリソーシズ社のクリス・ルウィッキー社長に移ります。
ルウィッキー社長は、鉱業という形態が宇宙資源採掘では最も普通になるだろうという見解を示しています。それは、基本的に宇宙にものを持っていくのではなく、宇宙からものを持ち帰るという形態になるからだということでした(この部分、私もややわからないのですが)。彼は10年以内には小規模なロボットによる小惑星の水資源採掘が可能になるだろうと予想しています。これが、記事にある「10年後には」の元になっているのでしょう。もっとも私(編集長)はまだ半分は懐疑的ですが。
「これは、(鉱業が)どのように持続可能な産業になるかということである。これは宇宙(開発)計画ではない。資源開発計画だ。同じ意味で、鉱物資源を保持しておくことは私たちの社会にとって大変有益である。私たちの経済をより発展させていく上で、宇宙は今後新しい手段になるだろう。」(ルウィッキー社長)

もちろん、地球での鉱業と同様、こういった資源採掘には法律をクリアしていく、さらには元になる法律の整備も重要です。この点に関し記事では、2015年に、当時のオバマ政権が宇宙法を改訂、アメリカの民間企業が採掘した宇宙の物質に対してアメリカとしての権利を認めるという画期的な条項を承認したことを伝えています(現行の宇宙条約に照らすとかなり問題があると編集長は考えていますが)。

さらに記事では、もう1つの小惑星資源採掘企業、DSIのチーフ・ストラテジスト、ピーター・スティブラニー氏にインタビューしています。
スティブラニー氏は、「もし宇宙で人類が大きな宇宙活動を始めるとしたら、必ず資源が必要となる。すべてを地球から運ぶというのには無理がある。」としています。
DSIは設立から4年と、プラネタリーリソーシズ社(2010年設立)に比べるとやや若い会社ですが、それでもベンチャーであることには変わりありません。そして、投資家や設立者からのより多くの資金を必要としています。同氏によると、同社は現在技術開発のステージにあるといい、特に現在では地球周辺低軌道からの打ち上げによる宇宙船打ち上げ技術の確立を目指しているそうです。

スティブラニー氏によると、宇宙資源採掘は「4次元問題」なのだそうです。つまり、4つの問題が複雑にからみ合い、それぞれを解決していく必要があるということです。その4つのうち2つは技術と法律ですでに述べた通りです。しかし残り2つは何でしょうか。スティブラニー氏はこう述べています。
「問題は、小惑星から資源を採掘するという心理的なバリアーである。これは非常に高いハードルで、それに比べれば技術的、あるいは資金的な問題はより低いといえるだろう。」
ちなみに資金ですが、ゴールドマン・サックスのリポートによると、資源採掘用の宇宙船を1機製造するには数千万ドル(日本円では数十億円)必要で、さらにカリフォルニア工科大学の指摘では、小惑星をまるごと捕まえて持ち帰ることができるような宇宙船の製造は26億ドル(日本円で2930億円)かかるとのことです。
この「小惑星をまるごと捕まえる」という構想は、アメリカが現在進めている小惑星イニシアチブ、そしてそのメインプロジェクトである(といってもプロジェクトとしてはほぼキャンセルされる見通しになっていますが)「アーム」(ARM: Asteroid Rendesvous Mission)の当初の内容です。
当初アームでは、小惑星を袋詰にしてまるごと地球-月間軌道まで持ち帰り、有人宇宙船をそこに打ち上げて小惑星の有人探査を行うという内容でした。しかし技術的な困難が指摘されて、現在では小惑星表面の数メートルサイズの岩を持ち帰る内容になっています。ただこれも、予算超過やスケジュール遅延、そしてなによりも政権交代によるアメリカの宇宙政策の方向性の転換などが影響し、ミッションが中止される見通しが濃厚となっています。

前述のジェームズ氏は、より低価格での資源採掘の手段として「ナノサット」と呼ばれる超小型衛星の可能性について触れています。ナノさっとであれば1機あたりの開発費はせいぜい200万ドル(日本円で2億2000万円)であり、その代わりこれらを大量に製造し打ち上げることで資源採掘を達成しようという考え方です。もちろん、大量生産ができればその効果でさらにコストを下げることも期待できますから一挙両得ともいえます。
実際、DSIはこのようなナノサット、あるいは小型衛星を活用することで、小惑星の資源採掘に先立つ、有用と思われる小惑星の詳細探査を行おうとしています。
しかし、ナノサットは小さいため、観測機器は超小型化する必要があり、また通信や衛星寿命などの点でも問題があります。現時点での過剰な期待は禁物であるといえるでしょう。

さて、小惑星資源採掘については、上述の通り「4つの問題」があるということですが、そのうち3つは技術、法律、そして心理的な問題でした。では4つ目は何でしょうか…それは小惑星資源に関する市場の関心の低さだと、記事では述べています。
しかし記事では、この関心の低さについては、宇宙人口が「限界」に達した時点で自動的に解決される、つまり地球上の資源に頼れなくなった時点で、自然に宇宙資源へと感心が向かうだろうと述べています。もっとも編集長としては、そこに至る期間が10年であるとは到底考えられないのですが…。
その時点で、投資家がその投資の見返りとして適切であると認識しさえすれば、宇宙資源開発は自動的に加速していくと、かなり楽観的な見通しを立てています。
「ゲームの終わりは、もし宇宙に1000人、あるいは1万人の人間が暮らすようになれば、現実的な選択肢は宇宙の資源を利用することだけだ。」(スティブラニー氏)

全体として記事は楽観的なトーンで書かれています。10年後に資源採掘は当たり前になる、という見出しも、小惑星資源採掘ベンチャー企業の経営者の言葉も、楽観的な部分が非常に強調されています。また、中東産油国(のようなお金持ちの国々)が宇宙開発に目を向け始めているという点も引き合いに出し、「宇宙開発、とりわけ宇宙資源開発には今後大きなお金が流れ込むだろう」という予想を立てています。
しかし、2013年から宇宙資源開発、とりわけ小惑星資源開発を追いかけている編集長としては、そこまで楽観的なムードにはなれません。そもそもそのようなムードを引っ張ってきたNASAの小惑星イニシアチブ自体が、メインプロジェクトの中止という危機的な状況に瀕しています。アームはまさに小惑星資源採掘のデモンストレーションともいえるわけで、国家としてこれをキャンセルするということはその方向性を小惑星「ではない」方向に向けようとしている表れではないかと思います。また、アームをはじめとして、小惑星イニシアチブに関する研究を受託することで、プラネタリーリソーシズ社やDSIはNASAから多額の研究資金をもらっていました。ですから、アームが中止されればこれらの会社も大きなダメージを受ける可能性もあります。
一方、アメリカの宇宙開発の矛先が月へと再び向かったとして、月の水が注目される可能性もありますが、月の水についてはまだ十分調べられているとはとてもいえない状況で、ここで「月の水を利用して月面基地」というのはまさに「山師」の言葉であると編集長としては思っています。

一方、宇宙資源そのものの将来的な可能性は編集長としても大いに注目しています。いずれ地球の資源は枯渇し、それが人類の成長の限界を招く可能性があるのは、記事でも述べられていた通りです。
それを突破するために人類は確実にいずれは宇宙へと資源を求めざるを得ないでしょう。ただ、そのときには全人類がその恩恵に浴せることが必要であり、どこかの国が独り占めする、あるいはお金持ちが独り占めするような、現行経済の枠組みや考え方のもとに進めるべきではないと思います。
そして、資源開発のためにはまずは十分な調査が必要で、いま進められている小惑星ミッションだけではとても足りません。科学的な観測もその点からも重要になるでしょうし、編集長としてはむしろ、「将来的な資源採掘」を錦の御旗として小惑星や月の科学観測を推し進めるというやり方も考えるべきだと思っています。
このような点に関して日本もできることは大いにあります。日本は小惑星からサンプルを持ち帰った世界で唯一の国であり、また鉱物学や地質学など、資源採掘に基本となる学問は世界最先端のレベルにあります。従来の科学ミッションの枠組みから離れることを前提で、このような視点からの科学ミッションの検討があってもいいのではないか、そのように思います。

スティブラニー氏が言うような、人間が1万人も宇宙で暮らす時代が10年でやってくるかどうかはわからない、というより否定的でしょう。しかしだからといってそれに備えないというのもまた態度としては正しくないと思います。この記事をお読みになった方が、いまの宇宙開発の現状をこの(月探査情報ステーションの)記事から汲み取っていただき、宇宙開発や月・惑星探査をどのように進めるべきか、お考えいただけると私としては幸いです。