韓国が計画している月探査計画がまたも遅れるようです。本来であれば2020年末打ち上げ予定であった月周回機の打ち上げが約2年(19ヶ月)延期され、2022年7月打ち上げになることが決まりました。中央日報日本語版、朝鮮日報日本語版が伝えています。

2022年打ち上げ予定の韓国の月周回衛星の想像図

韓国の月周回衛星の想像図。合計で5つの機器を搭載し、そのうち4つが韓国、1つがNASAのものとなる。本来打ち上げ予定は2018年だったが、2019年9月、打ち上げは2022年に延期された。(© KARI)

上記のキャプションにもありますが、もともと韓国の月周回衛星は2018年度末に打ち上げが計画されておりました。英語ではKPLO (Korean Pathfinder Lunar Orbiter: 直訳すると「韓国先導的月探査機」となります)と呼ばれ、5つの機器を搭載、うち1つがNASAから提供される機器となっております。それがさらに2年延期されて2020年末打ち上げに、そして今回2022年へとさらに延期になりました。

両紙によると、今回の打ち上げ延期は、月周回機の設計変更が原因のようです。
もともとの設計重量は550キログラムでした。ところが、これではミッション達成が困難というだけでなく、期限内の開発ができないという声が、技術者から上がっていた模様です。このため、韓国の宇宙開発を統括する韓国航空宇宙研究院が昨年11月から計画の再評価を実施、さらに外部有識者による委員会での評価も行い、今回の結論に至った模様です。

今回の計画変更によって、重量が増加して678キログラムとなり、128キログラム増加することになります。計画変更とはいえ、割合でいうと20パーセント近い増加というのですから、かなり大幅な設計変更を余儀なくされたようです。また、機器は6つになったようです。
さらに、当初は月の上空100キロメートルを周回する予定でしたが、これが変更され、円軌道と最大高度300キロの楕円軌道を併用する軌道を周回することで調整がなされたようです。

高度変更については少し説明が必要でしょう。
月は重力が不安定な天体です。重力が強い場所もあれば弱い場所もあります。強い場所の上空を探査機が通れば、当然強く引っ張られることになり、そのため軌道高度が下がります。
高度が下がり続けてしまうと、やがて月表面に激突してしまいます。また、高度が一定でないと、科学観測データなどの処理が大変面倒になります。そのため、一定の高度を維持するために、適切なタイミングでエンジン(小型ロケット)を噴射し、軌道高度を維持する必要があります。
当然のことながら、軌道高度が低いほど重力の影響を強く受けますので、軌道高度が低ければ低いほど、燃料が多く必要になります。燃料が多く必要になるということは、同じ探査機の大きさであればミッション期間が短くなることを意味します。
もちろん、高度が低ければ低いほど、月の表面に近くなるわけですから、科学的により詳細なデータを取ることが可能です。例えば、同じ性能のカメラであれば、高度が低ければ低いほどより精密な写真を撮影できることになります。ですが、このようなリスクがあるため、高度をむやみに下げられないのです。下げるのであれば、ミッションの最後、探査機の寿命直前に下げるようにします。
ちなみに、2007年に打ち上げられた日本の月探査機「かぐや」は高度100キロ、中国が最初に打ち上げた月周回機「嫦娥1号」は高度200キロでした。その後中国が2010年に打ち上げた「嫦娥2号」では高度100キロのところを周回するようにしています。中国は高度を下げることによるリスクを避け、最初はやや遠いところからの探査にとどめたのではないかと思われます。
また「かぐや」では、ミッションの最終段階で、高度を50キロ、さらには30キロへと下げ、地場の観測など、表面に近い方が有利な観測を重点的に実施しています。
朝鮮日報によると、9ヶ月を楕円軌道で、3ヶ月を円軌道で周回するという折衷案が採用される見通しとのことです。

さらに、今回の変更によって予算が167億ウォン(約15億円)追加となるようです。今回の月周回衛星計画全体の予算額は記事では明示されていませんが、少なからぬ追加費用がかかるという点も今後問題になっていくことでしょう。
中央日報では、ミッション機器を搭載しているNASAとの関係について懸念する関係者の声を掲載しています。また、打ち上げロケットを提供するスペースXにも追加費用が必要となるようです。

もう1つ、打ち上げのタイミングが、次期政権までずれ込むという点も興味深いところです。
現在の文在寅政権の任期は2022年までです。一方打ち上げは2022年7月を予定しています。文在寅大統領は2017年5月に就任したので、単純計算で任期は2022年5月。打ち上げ時期はその2ヶ月後です。ちょうど大統領退任直後の打ち上げタイミングとなります。
2022年7月への延期が、単に技術的な理由によるものなのか、大統領任期を計算した上で設定されたのかはわかりませんが、このタイミングも非常に気になるところです。

そもそもこの韓国の月探査計画、政治に常に振り回されてきました。
もともと2020年代に実現する予定であった韓国の月探査ですが、前の朴槿恵政権当時は月探査計画を一気に加速させ、上記「2018年末打ち上げ、2020年には月探査機を着陸させる」(朴槿恵・元大統領のセリフでいえば「月面に太極旗をはためかせる」)という計画に変更しました。そのために、朴大統領が肝いりで設立した未来創造科学部(日本では「省」に当たる。2017年に名称・組織体制が変更され、現在は科学技術情報通信部)が大々的に推進していました。ただ、当時でさえ、宇宙開発、さらには月・惑星探査の経験がない韓国がわずか数年で月探査機を開発、打ち上げること自体を疑問視する声が上がっていました。
案の定、2017年8月(文大統領就任直後)には月探査機打ち上げが2020年に延期となり、その後、計画の見直しなどを経て今回の決定になったわけです。

韓国の月探査計画について、編集長(寺薗)もいくつかの記事で論評していますが、政治に振り回されているだけでなく、計画をとにかく早く実現させようとしすぎているという点は非常に問題かと思います。インドのような宇宙大国でさえチャンドラヤーン2の着陸に失敗するなど(さらにいえばその前のチャンドラヤーン1もミッション半ばで探査機が機能停止に陥っている)、月探査は決して甘いものではありません。中国でさえ、2機体制(1機をバックアップとして、奇数号機で安定した探査を、偶数号機で冒険的な探査を狙う)体制としています。
それに比べると、韓国が計画を度々延期している状況は、計画の実現性そのものに疑問を持たせる内容になってしまいます。
さらに、今回の月周回機はアメリカのスペースXで打ち上げられ、NASAの機器を搭載しています。体外的な調整も絡む問題になってくるため、韓国の一存だけでの延期はこういった体外的な信頼にも影響するでしょう。

韓国が本当の意味で宇宙大国を目指し、月探査を成功裡に実現させたいのであれば、政治の介入を排し、技術的な段階をしっかりと踏んだ上で(いきなり月を狙うのではなく、地球周辺などでの経験を十分に積んで)、技術的にも合理性がある中長期的な宇宙開発計画を策定した上で挑むべきかと思います。