火星大気に突入し、大気圏内を降下している途中で通信が途絶え、現在行方不明になっている、火星探査機エクソマーズの着陸実証機「スキアパレッリ」。
一体何が起きたのか。はるか彼方の火星で探査機がどのような状況になっているかを知るためには、手持ちのデータを徹底的に分析する必要があります。そしてそのデータは、探査機、そして母船ともなる周回機(TGO: 微量ガス探査周回機)が送ってきたデータです。
20日、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)は記者会見を開き、現時点でのデータの解析の状況について説明しました。

パラシュートを開き降下するスキアパレッリの想像図

パラシュートを開き降下するスキアパレッリの想像図 (© ESA/ATG Medialab)

エクソマーズは19日、周回機TGOと着陸機「スキアパレッリ」がほぼ同時に重要なミッションをこなしました。TGOは火星周回軌道への投入、スキアパレッリは着陸という、探査にとって重要な段階を両者がほぼ同時に行っていたわけです。
このとき、スキアパレッリからのデータはTGOに到着していました。今日(20日)このデータが地球に送られ、技術者たちが、スキアパレッリ行方不明の手がかりがないか、詳細な分析を開始しました。

昨日の記事でもお伝えしましたが、スキアパレッリからのデータは、最初はインドのプーネにある巨大メートル波望遠鏡(GMRT)に直接、及びESAの火星周回探査機「マーズ・エクスプレス」を中継する形で地上に送られてきていました。
この送信された信号の内容を解析した結果、6分間の降下過程のうち、パラシュートの展開や熱シールドの分離など、ほとんどの過程は正常に機能していたことが確認されました。
ところが、GMRTに送られたデータ、あるいはマーズ・エクスプレスを中継してきた交信いずれも、地表に着陸する直前で途絶えてしまっています。この両者のデータの違いが、スキアパレッリに起きたできごとを知る手がかりになるかも知れません。その作業は現在、ドイツ・ダルムシュタットにあるヨーロッパ宇宙運用センター(ESOC)で行われています。

もう一度、スキアパレッリの降下過程を振り返ってみましょう。大気圏突入から着陸まではわずか6分です。

スキアパレッリの降下シーケンス

エクソマーズの着陸機「スキアパレッリ」の降下手順。(© ESA/ATG Medialab)

以下、時間は大気圏突入から数えた時間です。

  • 降下開始後、前面熱シールドにより減速を開始。
  • 3分11秒…パラシュートを展開(上空11キロ)
  • 4分1秒…前面熱シールド分離、レーダー機能開始(上空7キロ)。
  • 5分22秒…パラシュート分離(後方シールドも同時に分離)。(上空1.2キロ)
  • 5分23秒…減速用スラスターに点火(上空1.1キロ)
  • 5分52秒…スラスター停止。このあとは自由落下。(上空2メートル)
  • 5分53秒…着陸

問題が起こったのは、この着陸の直前ということになります。
スキアパレッリに何が起きたのか。状況をより詳しく理解するためには、この火星着陸と同時に火星周回軌道投入を行っていたTGOのデータも重要です(個人的な感想になりますが、このように重要な過程を同時に行うというミッション設計はあまりよろしくないと思います)。
TGOに記録されていたスキアパレッリのデータは、ヨーロッパ時間で木曜日の午前中に地球へと送信され、そのデータの解析が現在進められています。
それによると、大気圏突入・降下の過程はほぼ予定通りに進み、パラシュート及び後方シールドの分離まではほぼ正常だったようです。ただ、データをみると、このパラシュート分離の時間が想定より早かったようで、そこに何か問題がある可能性があります。ただ、こちらはより詳細な解析を待つ必要があります。

TGOの科学責任者であるアンドレア・アコマッツォ氏は、会見で「通信途絶は着陸の約50秒前」と述べています。ということは、上記と重ね合わせると、パラシュート・後方シールドの分離の前、あるいはその際に何かが発生し、通信が途絶えた可能性が浮かび上がってきます。ただ、現時点ではあくまで「1つの可能性」に過ぎません。

ESAは今後も地球に送られてきた通信データや、TGOからのデータの解析を進め、スキアパレッリに何が起きたかを解明していくことになります。と同時に、NASAの火星周回機が地表にいる可能性があるスキアパレッリを撮影できないかどうかも検討しているとのことです。

ESAのジャン・ベーナー長官は、今回の事態について次のように述べています。
「火星周回機の軌道投入は無事成功し、科学観測の準備は整った。そして、2020年に予定されているエクソマーズ・ローバーの中継の役割も果たしてくれることになるだろう。スキアパレッリの基本的な目的はヨーロッパとして天体着陸技術を習得することにあった。効果中に得られたデータはその一助となるであろうし、何が起きたのかを知り、そこから教訓を得ることは将来に備えるという意味でも重要である。」

ESAの有人飛行・ロボティック探査部門長のデビッド・パーカー氏は、「スキアパレッリが着陸『実証機』であるという点からすれば、これまでに得られたデータから何が起きたかを理解するとともに、なぜ想定されていた軟着陸ができなかったのか(編集長注: 着陸していない可能性に言及しています)という点を理解することができるだろう。技術的な観点からすれば、これは我々が『試験』(テスト)によって得ようとしたものであり、今後において非常に貴重なデータであることは間違いない。より詳細な状況調査のために調査委員会を立ち上げることになると思われるが、現時点では将来のことはまだわからない。」と述べています。
確かに、スキアパレッリは「着陸『実証』機」であり、着陸技術を習得するための試験機であることは確かです。また、データが得られていることもあり、何が起きたのかを知ることは、パーカー氏の言葉通りできると考えられます。
ただ、探査機が失われたという状況は深刻であることに変わりありません。特に、このスキアパレッリは2020年のローバー(軟着陸が必要です)のために設定されているものです。つまり、この解析がしっかりと行えず、原因が特定できなければ、2020年のローバー探査にも暗雲が垂れ込めてくることになってしまいます。
さらに、ESAとしてはこれが着陸失敗のはじめての例ではなく、2003年のマーズ・エクスプレスの着陸機「ビーグル2」の行方不明を経た上での2回めのチャレンジであったことを思い起こす必要があります。13年かけて、ビーグル2から十分な教訓を引き出した上で今回のミッションに臨んだはずです。にもかかわらず、同じ火星で同じように着陸機が失われました(まだ交信回復の可能性はあるとはいえ)。
そして、スキアパレッリに搭載されている電池は3〜10日程度しかもたないことを考えると、交信回復の手立ては一刻を争います。
原因究明と交信回復のための努力。ESAにはいまこそ、将来に向けた大きな努力が求められています。

  • ESAのプレスリリース