皆様、新年あけましておめでとうございます。
旧年中は月探査情報ステーションをご愛顧いただきまして、本当にありがとうございました。

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2025年をあとから振り返るとき、おそらくは「月探査の飛躍と苦闘の年」と総括されるのではないかと思います。

1月にはアメリカのファイアフライ・エアロスペースの月着陸機「ブルーゴースト」と、日本のアイスペース(ispace)が開発した月着陸機「ハクトR M2」(HAKUTO-R M2)(愛称「レジリエンス」)が、同じロケットで相乗り打ち上げされました。月着陸機が2機同時に打ち上げられるのは史上初のできごとでした。

さらに2月には、アメリカのイントゥイティブ・マシーンズ社の月着陸機「IM-2」(愛称: アセナ)が打ち上げられました。まさに月探査ラッシュが展開されたことになります。

ブルーゴーストは3月初頭に月面に着陸。搭載されたNASAの実験装置は実証に成功し、14日間のミッションを無事終了、史上初の「完璧にミッションを完了させた世界初の民間月着陸機」となりました。
また、ブルーゴーストが捉えた映像や画像は人々の興味をそそる内容でした。月の砂を巻き上げ、太陽を背景にくっきりと自らの影を映しながら着陸する映像や、月面からカラーで捉えられた皆既月食(月面の皆既月食…太陽を地球が隠す現象です),しかもダイヤモンドリンクを鮮明に捉えた画像は人々の関心を誘いました。

ほぼ同じ時期に月に到着したアセナは月の南極地域に着陸しました。しかし、予定着陸点を大幅に離れた場所に着陸したのみならず、姿勢を崩して転倒、さらに着陸場所がクレーターの中で日光が当たらなかったため発電ができず、ミッションはわずか12時間で打ち切られました。
アセナには日本の株式会社ダイモンが開発した超小型月面ローバー「ヤオキ」(YAOKI)が搭載されていました。このトラブルで月面への展開はできなかったものの、格納容器の中から写真撮影に挑み、月面の姿を捉えることに成功しました。厳しいミッションの中で大きな成果を上げたといえるでしょう。

レジリエンスは5月初頭に月周回軌道に入り、6月6日に月面着陸にチャレンジしました。完璧な着陸態勢ののち月面へと向かいましたが、あと数秒というところで通信が途絶、後ほどアイスペースは「月着陸機は月面に激突したとみられる」と発表しました。本当に惜しいところで、アイスペースとしては2回連続、月面着陸を達成できなかったことになります。
なお、この月面着陸失敗の原因は、搭載されていたレーザー光時計にあるとみられていますが、アイスペースは現在も原因を調査中です。

惑星探査の分野では、5月に打ち上げられた中国の小惑星探査機「天問2号」が注目されます。
天問2号は、中国がはじめて(世界で3番めに)目指す小惑星サンプルリターン計画です。地球近傍小惑星「カモオアレア」のサンプルを取得、2027年ころには地球に持ち帰る予定となっています。サンプル取得方法で注目されるのは、小惑星に本体を固定して地下をドリルで掘削するという試みです。地下物質を持ち帰る試みは「はやぶさ2」でも実施されてきましたが、天問2号ではドリルを使うという新たなチャレンジが行われます。
日本での報道は少なかったのですが、要注目のミッションです。

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2026年は、まさに月探査が本格的に再始動する年になりそうです。
なんといっても最大の注目は、早ければ2月5日にも打ち上げ予定とされているアルテミス2(Artemis II)ミッションです。
実に半世紀以上(1972年のアポロ17号以来、実に54年)ぶりに、人類が月に到達します。
アルテミス2では月面着陸はしませんが、4人の宇宙飛行士を乗せて月の周りを周回、10日ほどのミッションを行う予定です。
アルテミス2では、構成要素であるSLSとオライオン(オリオン)宇宙船の性能を試し、2027年半ばにも予定されている有人月面着陸探査「アルテミス3」に向けての仕上げを行います。この成否は、アメリカが目指す、「中国よりも先に(再度)月面に到達する」目標の成否を占う大きなポイントになります。

その中国は、対抗するかのように、5月に無人探査機「嫦娥7号」を打ち上げる予定です。
周回機・着陸機・ローバーの「基本3点セット」に加え、新たにジャンプしながら移動するロボット「ホッパー」も搭載予定です。
いま注目されている月の南極域に着陸し、地震計などによる詳細な科学探査を実施、月の南極の状況について明らかにすることになっています。
アルテミス計画でも、宇宙飛行士を着陸させるのは月の南極を予定しています。月の南極には水が存在すると考えられており、その探査は月面における人類滞在を左右する可能性があります。アメリカ、中国ともに月の南極にプレゼンス(存在感)をみせることで、有人探査に向けてじわじわと詰めを進めていくことになります。

一方で、アメリカの無人探査も着実に実施される予定です。
これは、NASAの商業月輸送プログラム(CLPS: Commercial Lunar Payload Service=クレプス)の枠組みで行われる予定で、現在3つの月着陸機の打ち上げが予定されています。
3つのうち注目となるのは、アメリカの宇宙ベンチャー企業ブルーオリジンが打ち上げる「ブルームーン・パスファインダー1」でしょう。

ブルーオリジンは、アマゾンドットコム創業者のジェフ・ベゾス氏が創立した宇宙ベンチャーで、いまや「飛ぶ鳥を落とす勢い」ともいえる「スペースX」の対抗馬として注目を浴びています。
このブルーオリジンが計画している有人月着陸機の名称が「ブルームーン」(Blue Moon)であり、今回のミッションはそれに向けた技術実証となる無人月着陸機となります。ブルーオリジンのロケット「ニューグレン」で、早ければ第1四半期のどこかで打ち上げられる予定です。
スペースXの大型宇宙船「スターシップ」の開発が難航しており、この技術を応用したアルテミス計画の月着陸船の開発にめどが立たない中、NASAもブルーオリジンの月着陸船に注目しています。今回の無人着陸機の成否は、アルテミス計画の成否、さらにはアメリカの月探査計画の進捗にも大きく影響することになります。

また、CLPSの他の計画としては、アストロボティック社によるグリフィン・ミッション・ワンが夏頃に予定されています。アストロボティック社は2023年に無人月着陸機を打ち上げましたが、月軌道上で故障し月に到達できないという無念を味わっています。今回成功するかどうかは注目です。
イントゥイティブ・マシーンズ社も3機目となる月着陸機「IM-3」を打ち上げる予定です。現在の予定は「2026年中」となっていますが、昨年のIM-2が失敗に終わっているだけに、今年中に打ち上げできるかは予断を許しません。
このIM-3は、過去2回横倒しでの着陸になっている同社のノバC着陸機での打ち上げ予定です。ノバCは非常に背が高い(高さ5メートル)着陸機で、重心が高い構造から横転しやすい構造になっているようです。
今回の着陸地点は月の表側、磁気異常がある「ライナー・ガンマ」と呼ばれる場所です。成功すれば、月の科学探査にも大きな進展が期待できます。しかし、過去2回のミッションを考えると、まず「うまくいく(着陸できる)かどうか」が注目されるといえましょう。

惑星探査分野は、2026年中に打ち上げが予定されている日本の火星探査機「MMX」が大きなイベントになるでしょう。
MMXは「はやぶさ」「はやぶさ2」シリーズに続くサンプルリターン探査機です。ただ、サンプル取得対象は今回は小惑星ではなく、火星の衛星フォボスです。
フォボスはその成り立ちが注目される天体です。小惑星起源なのか火星への巨大衝突でできた天体なのか、まだわかっていません。フォボスのサンプルの分析で、火星の衛星の起源についての議論に決着がつくことが期待できます。
また、フォボス表面には火星表面から飛来した火成の物質が存在する可能性があります。そのため、もしかすると火星表面の物質のサンプルリターンにも成功するかも知れません。そうすると世界初(もちろんフォボスのサンプルリターンも世界初ですが)の火星物質のサンプルリターンを行える可能性があります。
火星、そして火星の衛星を理解することは、来る有人火星探査に向けても重要です。MMXはその先人として火星と火星の衛星の科学的理解を深めることが期待されます。

ただ、12月のH3ロケット8号機の打ち上げ失敗が、MMXにも影を落としています。
MMXはH3ロケットで打ち上げ予定です。打ち上げ失敗の原因究明が遅れると、2026年中の打ち上げが難しくなります。そうすると、火星と地球の位置関係から、次の打ち上げチャンスは2028年となってしまいます。
H3がいかに早く打ち上げを復帰できるかが、MMXの打ち上げにも大きく影響してきます。この動きにも注目していきましょう。

また、「はやぶさ2」の拡張ミッションでも大きなできごとがあります。
7月5日、はやぶさ2探査機は小惑星「トリフネ」にフライバイします。そばを高速で通り過ぎながら写真を撮影し、探査を行う計画です。
ただ、はやぶさ2はそもそも小惑星にとどまってサンプルを取るために設計された探査機であり、高速フライバイは予定されていません。機器もそのようなミッションには対応していません。『拡張ミッション」という、いわばエクストラな(追加の)計画であるとはいえ、うまくいくかどうかは非常に注目されます。わずか数秒のフライバイによりどれくらいの科学的成果が得られるかをみていければと思います。

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月探査がこれだけ話題になり、ビジネスとして世界中で、さらには日本で広く注目されるようになった昨今ですが、月探査情報ステーションはそのはるか前、1998年に産声を上げました。
それから27年、カバーする領域を火星探査、さらには惑星探査へと広げ、世界と日本の月・惑星探査を紹介するサイトとして成長を続けてきました。
そして、月探査情報ステーションというサイトを通して、メディアの方からの取材要請や講演・イベントの依頼、書籍の執筆・監修のお誘いなど、数多くの新たな仕事に出会うことができました。この業務をベースとして、2016年に設立した合同会社を本サイトの運営のベースとし、2023年からは本サイトを中心とした広い月・惑星探査の情報発信を行うべく、動いてまいりました。
月探査への関心の高まりとともに、これら事業は着実な成長をみせています。

しかし一方で、月・惑星探査に関する業務の拡がりとともに、その情報のコアである月探査情報ステーションでは十分な情報発信・更新ができない状態になってしまっています。
もちろん、情報収集は常に行っており、それらは適宜サイトにも反映されていく予定ではあるのですが、その進捗は決して満足できる速度ではありません。他の業務が優先となってコアとなる本サイトがおろそかになってしまっている状況は、残念ながら認めざるを得ません。

これらはすべて、編集長(寺薗)が1人ですべてを動かしているという、月探査情報ステーションに20年以上つきまとっている問題が根本にありますし、その解決のためには新たな力が必要という矛盾した状況が露呈していることも確かです。
もちろん、それでいいわけではなく、この状況を改善するために何らかの手を打っていかなければなりません。毎年このごあいさつで同じことを申し上げているわけですが、今年もその改善に向けた手を打っていく、そしてその手が着実な一歩となるような動きを出していくことが重要と考えています。

月探査情報ステーションが編集長(寺薗)の情報収集の中心となり、それが他の業務にも着実に広まり、ひいては皆様が月・惑星探査の情報に触れる機会を増やしていく。このような正の循環を作っていくことが今年の目標になります。
特に、MMXという日本としては久しぶりの大型月・惑星探査計画の打ち上げに向け、日本として、日本語での月・惑星探査の情報発信は確実に進めていきたいという思いがあります。この目標に向け、編集長も全力を傾けたいと思います。

と同時に、情報科学分野は常に進展をみせています。
例えば昨今話題の生成AIは、情報収集の仕方を根本的に変革しました。いまや生成AIに適切な命令文(プロンプト)を発することで、適切にまとめられ、整えられた情報を得られるようになりました。情報の真偽などの確認が必要とはいえ、従来非常に時間を要していた情報収集に革命的な手段をもたらしたことは間違いありません。
編集長も今回のあいさつの情報確認に生成AIの結果を活用しています(この文章そのものはすべて私が書いています)。こういった新たな手段を活用することは、月探査情報ステーション、さらには月・惑星探査の情報発信にも大きな力になるかと思います。

今年も月探査情報ステーションは、月と月・惑星探査の情報を「正しく」「わかりやすく」「素早く」お届けすることを目指します。もちろん、この中で特に「素早く」がなかなか実現できていないことは確かですが、その旗を下ろすことなく、さらに高い目標を目指すことが、28年目の月探査情報ステーションの古くて新しいチャレンジであると考えます。そしてその先には、30年目という大きな節目がみえてきます。
その頃には、私たちが掲げてきた「ふたたび月へ」という言葉が現実のものになるかも知れません。その日まで、そしてその日を過ぎたとしても、編集長のライフワークとしての情報発信を続けていきたいと思います。

今年も月探査情報ステーションをご支援・ご愛顧のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。

2026年1月1日
月探査情報ステーション 編集長
合同会社ムーン・アンド・プラネッツ 代表
寺薗 淳也