11月2日、月探査情報ステーションは満27年を迎えました。
日々変わりゆく月・惑星探査の流れの中で、27年という歳月を迎えることができたことをうれしく思います。そしてそれを支えてくださっている、ご覧いただいている皆様、パートナーという形で支えてくださっている皆様に、深い感謝の意を表したいと思います。本当にありがとうございます。
毎年話していることでありますが、27年前の1998年11月2日のこの日、当時の宇宙開発事業団(NASDA)と文部省宇宙科学研究所(ISAS)の共同月探査計画「セレーネ」(SELENE)のプロモーションサイトとして、このサイトの前身「インターネットシンポジウム ふたたび月へ」が誕生しました。
当時は月に行くこと自体が新たな挑戦であるのみならず、日本の2つの宇宙機関が共同でプロジェクトを成し遂げるといいうこと自体も大きな挑戦でした。
セレーネがある種のきっかけ、あるいはテストケースとなって、その後日本の宇宙機関は2003年10月に統合して宇宙航空研究開発機構(JAXA)となりましt.あそしてセレーネ自身には「かぐや」という愛称がつき、2007年9月に打ち上げ、その後1年10ヶ月にわたって月を観測し、大きな成果を得いました。
そしてこの「かぐや」の物語自体も、次第に歴史の中に遠去かりつつあります。いま月探査といえば民間企業が行うということも半ば常識となっています。
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2025年、日本の月探査はさらに大きく前進しました。
「さらに」というのは、昨年2024年に歴史に残る日本の月探査「SLIM」が実施されたことです。日本初の月面軟着陸を達成するのみならず、3度にわたり月面の夜を越えるなど、まさに記録破りの活躍を行いました。
今年はこれに加え、2機の日本の探査機が月面を目指しました。
1つ目は、日本の宇宙開発スタートアップ企業アイスペース(ispace)が打ち上げた、ハクトR(HAKUTO-R)2号機「レジリエンス」です。
1月15日に打ち上げられ、月を目指し、6月6日に月着陸にチャレンジしました。しかし、本当にあとわずかなところで機体に不具合が発生したようで、最終的には月面に激突し、着陸はうまくいきませんでした。2023年に続く2回めの挑戦も失敗に終わってしまいました。
原因究明は現在も続けられていますが、重要なのは、「月に向かう」という行為を続けることです。それが必ず成功につながると信じて、続けていくことです。ただ、それを続けていくのが個人や国家ではなく、株式を店頭公開している企業ということもまたポイントです。つまり、株主の理解を得ていくことが重要となります。ここがこれまでの月探査とは大きく異なるところです。
それもまた新たな挑戦となりますが、それが結実するかは、次の…おそらくは2027年のハクトRの打ち上げに期待しなければなりません。
もう1機は、日本の宇宙ベンチャー企業ダイモンが開発した超小型ローバー「ヤオキ」(YAOKI)です。重さはわずか500グラム、長さ15センチほどという、これまでの常識を覆す小型ローバーです。耐衝撃性、月面での走行性に優れ、石につまづいてひっくり返っても「七転び八起き」でまた走り出すことができます。
アメリカの月着陸機に搭載され、3月7日に月面に到達しましたが、探査機は月の南極付近のクレーターで転倒、発電できない状態に陥りました。この極めて厳しい状況の中でヤオキは約2時間にわたって動作し(月着陸機全体では12時間しか動作できませんでした)、何枚もの写真の撮影に成功しました。結局月面に降りて走行することは叶わなかったものの、格納容器の隙間から月面やクレーター内を捉えることに成功、大きな成果を残しました。
小さなローバーが生み出した大きな可能性。月面探査に新たな基軸が生まれた瞬間ともいえます。
そして、日本の月探査にはまだまだこの後が控えています。
2026年以降の打ち上げを目指して開発が進められているJAXAの月探査機「ルペックス」(LUPEX)、そしてその先、月の有人探査に向けて、JAXAとトヨタ自動車などが共同開発している有人与圧月面ローバー「ルナクルーザー」など、日本が月に向かう準備は着々と進み、その実績も積み上がりつつあります。
「ふたたび月へ」は、30年近い時期を経て現実になりつつあります。
問題はその流れをいかに確固たるものにしていくかです。政治、経済、そして国民が一体となり、宇宙開発、そして月探査を促進していく。そのためには、「今なぜ月探査なのか」という説明を、実施機関がていねいに行っていくこと、そして成功例を積み重ね、その意義と未来への構図を着実に伝えること。この2つが重要だと思います。
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世界を見回していくと、月探査はアメリカと中国が熱心に進めているように見えます。
今年は、アメリカの「商業月輸送プログラム」(クレプス、CLPS=Commercial Lunar Payload Service)に従って、2機の月着陸機が打ち上げられました。
1機は、アメリカの企業ファイアフライ・エアロスペースが開発した月着陸機「ブルーゴースト」です。
1月15日、前述のハクトR2号機と同じロケットで相乗り打ち上げ(月着陸機の2機同時打ち上げは史上初です)、3月に月面に到達し、予定通り14日間のミッションを行いました。そして、「全て正常に動作した史上初の民間月着陸機」となりました。
もう1機は、アメリカの企業イントゥイティブ・マシーンズ社が開発した月着陸機「アテナ」です。これは、2024年に月着陸に挑んだ機体と同じもので、2号機となります。
2月27日に打ち上げられ、月を目指しました。これが前述のヤオキを搭載していました。
3月7日の月面着陸時に、月の南極のクレーター内で転倒、発電ができず、予定されていた14日のミッションはわずか12時間で終了することになってしまいました。今回は明らかな失敗といえるでしょう。
月へのチャレンジは厳しいものです。特に、アルテミス計画で狙おうとしている月の南極は、起伏も多く、太陽光も届きにくい(高度が低い)ので、難易度の高い目標であるといえます。
それでも、少しずつミッションは進んでいます。クレプスについては来年にも2機が打ち上げられる予定で、そのうちの1機はあらたにブルーオリジン社の月着陸機になる予定です。
また、有人月探査計画「アルテミス計画」も進んでいます。打ち上げ準備は順調に進められており、NASAからは早ければ来年(2026年)の2月にも打ち上げられるとの発表が出ています。なお、本来の打ち上げ予定は4月です。いずれにしても、あと半年もすれば、人類が再び月の近くに到達する光景を、私たちが目撃することになりそうです。
そこに影を落としているのは、アメリカ政府の支出削減です。既にNASA予算が大幅に削減される方針が出ているほか、10月1日からは政府機関のシャットダウンが始まり、現時点(11月2日)でも解除されていません。NASAもその対象です。
ホワイトハウスはアルテミス計画については政府機関閉鎖の対象外としていますが、NASAの他の部分の閉鎖が続いていて、アルテミス計画が何の影響も受けないということは考えられません。さらにいえば、アルテミス計画以外の他の月・惑星探査計画には何らかの影響が出ていることが考えられます。
第2次トランプ政権は政府機関の支出削減、研究機関の縮小の方針を変えていません。このまま行くと、今後アルテミス計画の遅れや、中国に先に有人月着陸を許してしまうといった「実害」が明確に出てくる可能性もあります。
このような状況は日本も無縁ではありません。日本の月探査計画がアルテミス計画に「おんぶにだっこ」であることを考えると、日本の月探査計画をどう、日本の国家意志として進めていくかを真剣に考える時期に差しかかっている(私としてはとうの昔にそうだと思っていますが)と考えられます。
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月探査情報ステーションは、編集長(寺薗)が代表を務める会社「合同会社ムーン・アンド・プラネッツ」により運営されています。
ムーン・アンド・プラネッツは、「宇宙開発を一人でも多くの人に身近に」という理念のもと、宇宙開発を一般の人にわかりやすく伝える仕事をしています。具体的には、このサイトの運営はもちろんのこと、講演、イベント、書籍出版、番組監修、メディア出演などの活動です。
それらすべての活動のいわばコアになっているのが、この月探査情報ステーションです。
月探査情報ステーションを通じて情報を収集し、公開し、編集長自らの知識とする。講演やイベントの際に伝えきれなかった話題をこのサイトを通じて提供する。講演やイベントを通してサイトに誘導し、月や惑星にさらに親しんでもらう。この3年ほど、こういった活動を生業としてより注力するようになってきました。
おかげさまで、講演やイベントなどの仕事も増え、会社理念を実現することが少しずつできていくようになりました。
ただ一方で、月探査情報ステーションの更新が滞ってしまうという現象がさらに顕著になってしまっています。
月探査情報ステーション用に情報収集は行っているのですが、講演やイベントなどでの情報提供は多いものの、サイトに反映できない…そのような状況がここ1年ほど続いています。「わかりやすく、正しく、すばやく」の最後、「すばやく」がだんだん達成しにくくなっている状況です。
幸い、会社組織であるという点は、私1人でなくてもサイトは動かせるということを意味しています。もう一度、これが合同会社のコア事業、そして編集長の心であることを認識し、持続可能な形を早急に模索し、実現したいと思います。そのためにも皆様の引き続きのご支援が必要です。
今後とも月探査情報ステーションをご支援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
2025年11月2日
月探査情報ステーション 編集長
合同会社ムーン・アンド・プラネッツ 代表
寺薗 淳也
