■ヨーロッパとロシア共同の火星探査
エクソマーズ(ExoMars)計画は、ヨーロッパ宇宙機関(ESA)とロシアの宇宙機関であるロスコスモス(ROSCOSMOS)が計画している火星探査計画です。そもそもはESAが進める将来月・惑星探査プロジェクトのオーロラ計画の一環として計画され、後述する経緯でロシアが共同パートナーとして入りました。
エクソマーズ計画では、火星が生命に適した環境かどうかを調べると共に、人類の将来の火星進出のための基礎データの収集を行います。火星周回機とローバーからなり、主にローバーが火星表面の探査を実施します。
エクソマーズの特徴は、2回に分けて打ち上げられるという点です。1回めの打ち上げは2016年3月14日に行われ、周回機と着陸実証機がロシアから打ち上げられました。
2回めの打ち上げは2018年5月に実施される予定でしたが、探査機の問題により延期され、2020年に行われる予定となっています。
2016年10月19日(日本時間)には、微量ガス探査周回機(TGO: Trace Gas Orbiter)と着陸実証モジュール(EDM: Entry, Descent and Landing Demonstrator)(愛称「スキアパレッリ」)が火星に到着しました。TGOは周回軌道への投入に成功したものの、着陸実証機は着陸直前に通信途絶となりました。ESAでは現在原因究明と通信回復を試みています。
2020年にはローバーが打ち上げられる予定で、ローバーはこの着陸実証機の技術を活かして作られることになっています。
■火星大気中のメタンの謎に挑むTGO
TGOは、火星大気中に存在するメタンなどの微量ガスの分布や存在量を調査することで、現在でも火星に生命が存在しているかどうか、さらには火星の地質学的な活動状況がどのようになっているかを調査します。
2004年、ヨーロッパ初の火星探査機マーズ・エクスプレスは、火星大気中にメタンを発見しました。この発見は驚きをもって迎えられました。なぜなら、メタンは主に生物から出る気体であり、メタンがあるということは、メタンを発生させる生物が火星(の地表)に今でも存在する可能性が高い可能性があることを意味しているからです。
ただ、メタンがあるからといって、それがすべて生物起源であるとはいい切れません。地球上でもそうですが、火山などから出てくる、生物ではない起源のメタンもあるのです。
そこでTGOの出番となります。TGOは従来の測定器に比べて感度が数千倍という高精度の測定器を搭載し、火星大気中のメタンを測定します。それにより、火星大気のどこにメタンが多いのか、またそれは火山などと関係しているのかを詳細に調査できます。また、TGOに搭載されているカメラなどが同時に火星表面を観測することで、メタンが発生している場所がどのような場所かを詳細に調査することが可能です。
このように、TGOはこれまでの火星探査とは異なり、「メタン」という火星大気中の微量成分に的を絞った探査を行うことで、火星の謎、そして火星の生命存在の謎に迫ろうとしています。
TGOには、NOMADと呼ばれる赤外線・紫外線スペクトロメーターや(ベルギーが開発主導)、CaSSISと呼ばれる、高解像度ステレオカメラ(開発主導はスイス)が搭載されます。EDMにはDREAMSと名付けられた環境観測ステーション(イタリアが開発主導)が搭載されます。
■着陸、そしてローバー探査
一方、2016年打ち上げの着陸実証機「スキアパレッリ」は、火星への着陸技術の実証を目指します。ヨーロッパにとっては、2003年末、マーズ・エクスプレスと共に火星に向かった着陸機「ビーグル2」が着陸に失敗したという苦い経験があり、その「リベンジ」ともいえる着陸実証となります。
また、火星表面に着陸することを利用し、火星の大気中のチリ(ダスト)の観測も予定されています。
そして、このスキアパレッリで培われた技術を用いて打ち上げられるのが、2020年のローバーです。
このローバーには、広角・高解像度カメラ(PanCam。イギリスが開発主導)、近接イメージャー(CLUPI。スイスが開発主導)、地下レーダー(WISDOM。フランスが開発主導)、小型赤外線スペクトロメーター(Ma_MISS。地下ドリルに内蔵。フランスが開発主導)、ラマンスペクトロメーター(RLS。スペインが開発主導)、可視光・赤外スペクトロメーター(MicrOmega。フランスが開発主導)、新規有機物検出器(MOMA。ドイツが開発を主導し、アメリカが協力)が搭載される予定です。
■紆余曲折を経て実現へ
エクソマーズの打ち上げは当初は2011年の予定で、2013年の火星到着が計画されていました。しかし計画の遅れに加え、予算不足などから計画は遅れました。とりわけ、2012年はじめにアメリカ(NASA)が予算不足を理由に計画から脱退したことから、計画自体も一時実現が遠のくのではないかと心配されました。
その後、アメリカの代わりにロシアとの共同探査とする方向で検討が進められ、2013年3月に正式合意しました。ロシアは打ち上げロケット(当初はソユーズの予定でしたが、プロトンMに変更されました)と、2020年のローバー着陸用の降下モジュール、地表モジュールを提供します。
エクソマーズは、ESA参加国のうち14カ国(オーストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、イギリス)およびカナダが共同出資します。イタリアの資金供給が最多で、次がイギリスです。
■長期にわたる大規模探査
エクソマーズは、2カ国(ヨーロッパを国として数えればですが)が共同で行う火星探査としてははじめてのものとなります。また、2年の間隔(現在は4年間隔が開くことになりましたが、いずれにしても)をおいて2つの探査機を打ち上げるという形の火星探査としてもはじめてのものとなります。
計画では、2016年に打ち上げられたTGOとスキアパレッリは、2016年10月19日に火星に到着、スキアパレッリは火星への着陸を実行する一方、TGOは火星周回軌道に入ります。当初はTGOは楕円軌道を周回しますが、その後火星の大気を利用した減速「エアロブレーキング」により徐々に速度を落とし、最終的には円軌道を周回し、火星大気や地表の観測を行います。
一方、ローバーは2020年の打ち上げが予定され、翌年より本格探査が開始されます。この際、TGOはローバーからの通信を中継する通信衛星としての役割も果たします。
すべての探査の終了は2024年を予定しており、打ち上げから終了までは8年に及ぶ長い大規模な探査になる予定です。