月環境を利用した実験とは

月面基地 空気がなく、そのために電磁波の吸収・放射もなく、約2週間周期で昼と夜とが訪れるなど、月は天体観測にふさわしい条件を揃えている。それだけではなく、台風などの天災がなく、重力が地球の6分の1といったさまざまな特徴を持ち、さらにいえば、エネルギー源となるヘリウム3や太陽光、各種の鉱物など資源も豊富なので、こうした特徴を総合的に生かした、つまり「月の環境そのもの」を生かした実験や実利用が考えられる。

医学的研究のベースとして

 まず考えられるのが医学的な研究だ。スペースシャトルや実験用ロケットと違い、月基地は恒常的な実験設備として機能する点が大きい。微小重力環境による体内のカルシウムの流出、関節炎などのように自分の体重、すなわち重力が治癒の妨げになる病気の治療、心臓の機能と血液の循環、狭い空間に閉じ込められる人間に関する精神医学など、月基地での研究は医学に貴重な成果をもたらしてくれるだろう。また人間だけでなく、月環境が植物などの生物に与える影響も観察されることにもなるはずだ。
 難しくとらえる必要はない。たとえば「重力が6分の1の環境下で、野菜は地球の6倍に育つのか?」。そう考えるだけで楽しいではないか。

すべてが6倍の驚異の世界

 工業分野や素材分野の研究・実験も有力だ。資源は豊富にあるのだし、地球の6分の1という重力、酸素や水がないため資材を放置しても腐食する心配がない、という特徴を利用した実験や建設が盛んに行われることになるだろう。
 これもまたそう難しく考えなくてもいい。たとえばドーム型の球場。東京ドームでは内部の気圧を高め、内外の気圧差を利用して屋根を膨らませている。いわば「大きな風船」であるわけだが、空気のない月面では簡単にドーム型球場が作れることになる。
 もっとも、重力が地球の6分の1である月面では打球の飛距離が地上の6倍にもなってしまう。これではホームランの連発。球場のサイズも6倍にしなければならないだろう。
 同じように、月面のスポーツを考えてみるのは非常に楽しい。ゴルフのドライバーの飛距離、走り幅跳びや走り高跳びの記録も6倍になる。ジャンプしてから落ちるまでの滞空時間が長いので、バスケットボールなどではまったく違うスケールのシュートが見られるだろう。体操競技では「後方20回ひねり」という正真正銘のムーンサルトが誕生するかも知れない。
 松井の800m級ホームラン、ジャンボ尾崎のキャリー1500ヤード、空中で5回転するマイケル・ジョーダンのダンクシュート…。
 もちろん、こうした夢の世界は月環境利用の基礎研究の向こうに待っている。まずは月への第一歩を踏み出し、研究のベースとなる基地を建設することが先決だ。

参考文献:岩田 勉著
2020年 日本人の月移住計画は もう始まっている

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このページは、1997年4月から1998年3月まで宇宙開発事業団(当時)の機関紙「NASDA NEWS」に連載された、「月がふるさとになる日」を移設したものです。記述内容に当時の状況を反映したものがありますが、オリジナル性を重視し、そのまま掲載しています。