月からの天体観測
月をどう利用するかについて、早くから提案されているのが天体観測所の設置だ。
月は「天体観測の理想郷」ともいうべき特徴を数多く兼ね備えている。
まず、空気がない。地上とは違い、星々からの光が吸収されたり散乱したりせず月面上に届くわけだ。また、空気がないために夜の月面上は常に安定した低温に保たれており、観測の精度や安定性の向上が期待できる。月の裏側では雑音となる人工の電磁波がないことも有利といえる。地上ではさまざまな電磁波が飛び交い、電波望遠鏡での観測に悪影響を与えているのだ。この他、地盤が安定していること、自転周期の関係で夜が14日間続くことなどなど。現在はこうした諸条件を求めて高山に観測基地を建設したり、軌道上に衛星を上げて観測しているが、それらより格段に好条件の地、それが月なのだ。
大規模な観測基地も可能
観測所を月に。スケールの大きな話だが、観測方法もまたスケールが大きい。たとえばクレーターの利用。自然にできたクレーターの内部にパネルを敷き詰めれば、直径数10kmものパラボラアンテナが簡単に作れてしまうわけだ。
現在、この巨大パラボラより実現性の高いものとして提案されているのが干渉計だ。小さな電波望遠鏡を広範囲に設置し、集めたデータをコンピュータで合成するというものである。数km、あるいは100kmの規模で干渉計を展開することも可能であり、望遠鏡を可動式にし、さらに広範囲でデータを収集することも検討されている。
もちろん、問題がないわけではない。月面の塵、建設や輸送の困難さ、ハッブル望遠鏡のような軌道上観測に比べて増大するコストなど、クリアしなければならない課題は多い。しかし、月面の観測基地は、現在の技術レベルでも十分に可能であり、天文学者らが待ち望んでやまない「理想郷」なのだ。
危機回避のための月面観測基地
もう1つ、地球の安全のための観測も、月が担う使命として考えられている。 もし、小天体が地球に衝突したらどうなるか? 最近になって真剣に取り組まれている命題であり、NASAは地球に近づきつつある小天体を早期にキャッチし、レーザなどで破壊する「スペースガード計画」を考え出した。
ところが、地球に接近する小天体は、観測は困難だが落下した場合の被害は大きい、というサイズのものが多い。しかも、太陽方向から接近し、太陽光の影響で地上からは観測しづらいのだ。これでは気付いた時には手後れ……ということにもなりかねない。
しかし、月からの観測であれば、こうした問題はかなり解決できる。先に述べた月面の有利性のおかげで、小さな天体が太陽方向にあったとしても、地上よりはるかに高い精度で観測することが可能なのだ。 月は科学の未来だけでなく、人類の未来をも左右する存在なのである。
参考文献:岩田 勉著
「2020年 日本人の月移住計画は もう始まっている」
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このページは、1997年4月から1998年3月まで宇宙開発事業団(当時)の機関紙「NASDA NEWS」に連載された、「月がふるさとになる日」を移設したものです。記述内容に当時の状況を反映したものがありますが、オリジナル性を重視し、そのまま掲載しています。