現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)がすすめている日本の月探査衛星プロジェクトの名前として、ギリシア神話の月の女神「SELENE」(我々は”セレーネ”と発音しますが、欧米人の発音を聞いていると”セリーニ”に近いようです)を選びました。これは、「SELenological and ENgineering Explore」という語呂合わせを兼ねているのですが、前回のインターネット・シンポジウムのアンケートでは、「なぜ、日本語(または神様)の名前にしなかったのか」という意見が少なからず寄せられました。実際に候補の中には日本語の名前もいくつかあったのですが、上記のような語呂合わせを考えると、ローマ字つづりで子音の連続しない日本語はかなり不利になってしまったようです(といいつつ、SELENEはかなり日本語のローマ字つづり的ですね)。

 さて、もし、日本の月の神様の名をつけていたとすれば、何になるのでしょうか。


 日本の神話における月の神としては「月読命(つくよみのみこと)」があげられます。今回はこの神様についてのお話です。

 「つくよみのみこと」は古事記では「月読命」と書かれ、日本書紀では「月神(つきのかみ)」、「月弓尊(つくゆみのみこと)」、「月夜見尊」「月読尊」(ともに、つくよみのみこと)などと記載されていますが、みな、同じ神を指しているようです。
  この「月読命」(以降、この字を用います)は天の岩戸で有名な「天照大御神(あまてらすおおみかみ)」と「須佐之男命(すさのおのみこと)」との兄弟神にあたる男神です。これらの神は、日本の国生みの男神である「伊邪那岐命(いざなぎのみこと)」が妻を追って一度入った黄泉国(よみのくに:死者の国)から悪霊に追われて逃げ帰り、黄泉比良坂(よもつひらさか)に大岩で封印をした後に、筑紫(つくし)において禊祓(みぞぎはらい:清らかな水で身を清めること)をした時に、生まれたとされています。まず左目を洗った際に「天照大御神」が、次に右目を洗った際に「月読命」が、最後に鼻をすすいだ際に「須佐之男命」がそれぞれ生まれました。ここで、伊邪那岐命はこれら3神に対して、天照大御神には高天原(たかまがはら:天上界です)を月読命には夜の国を、そして須佐之男命には海原をそれぞれ治めるように命じたことになっています(「古事記」)。
  また、日本書紀では、生まれ方は同様なのですが、「月読尊は青海原の潮流を治めなさい。」と月読命に海を治めることを命じている記述も見られます。古事記に比べ日本書紀が様々な日本の古い伝承(口承説話)を集めたものであることを考えると、古代の人達も既に潮汐現象(月が地球の周囲を回る時、引力の関係で潮の満ち引きが起きることです)が月と関係があるということに気が付いていたことがうかがえます。
  ちなみに、月読命の「月読」とは「月を読む」つまり「月を数える」ことから来ています。このことから、月読命は農業で大切な暦と関係あるということで、農業の神様としても祀られているようです。

【疋】

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《参考文献》
古事記 講談社学術文庫
日本書紀 講談社学術文庫
日本の神々の辞典 薗田稔・茂木栄監修 学研