冥王星探査機のニューホライズンズ、昨年7月の冥王星最接近(フライバイ)以降、もう皆さんの記憶の彼方に行ってしまっているかも知れません。しかし、ニューホライズンズは当時のデータを今でも地球へと送り続けています。なにしろ、冥王星はあまりに遠く、通信に時間がかかるだけでなく、通信回線も細い(少しのデータしか送れない)ため、当時撮りためた大量のデータがまだ探査機側に残っているのです。
このデータを送り終わるのは今年末頃という予定のようですが、送られてくるデータからは、冥王星の驚くべき素顔が次々に明らかになっています。今回もそのような話です。

まずは冥王星そのものから。
今週アメリカ・カリフォルニア州パサデナ(ジェット推進研究所=JPLがある街です)で開催された、ヨーロッパ惑星科学会議(EPSC: European Planetary Science Conference)とアメリカ天文学会惑星科学分科会との合同大会で、新たなニューホライズンズの成果が発表されました。その中に、冥王星に雲が存在する可能性を示すデータがあるというのです。

ニューホライズンズのミッション主任科学者である、サウスウェスト研究所のアラン・スターン氏は、現在、昨年夏の冥王星最接近の際のデータの最後の部分が送られてきていると説明、これだけ多くの発見がなされた冥王星には改めて別の探査機を送るべきであると低減しました。
スターン氏は、冥王星の複雑で層を成した大気は非常にもやがかっており、雲はほとんどないと考えられるが、ニューホライズンズ探査機が撮影したデータの中に、いくつか雲らしきものと考えられるものが写っている写真があることを明らかにしました。スターン氏は「もしそれが雲であるならば、冥王星の大気・気象は私たちが考えているよりもさらに複雑なものであろう」と述べています。

ニューホライズンズ探査機が撮影した、雲らしきものが写っている冥王星大気の写真

ニューホライズンズ探査機が撮影した、冥王星大気の写真。全体的に冥王星の大気はもやが多いのだが、ところどころに白い模様がある。この模様は大気の下の方にあり、あまり大きくなく固まっていないことなどから、大気中に発生した雲をとらえたものと思われる。かなり珍しい現象の可能性が高い。(Photo: NASA/JHUAPL/SwRI)

冥王星の地表についても面白いことがわかってきました。皆さんも昨年最接近の際に公開された冥王星の写真を思い出していただけれると、冥王星にはすごく明るい部分(例えば世界中で話題になった「ハート型の模様」の地形)があり、その反射率は太陽系の地形(地表)の中でも最大に達するほどです。JPLのボニー・ブラッティ氏は、このように非常に明るい地形は、地表で活発な活動が起きていることを示すものだとみています。彼によると「明るい地形のパターンは地表活動と一致いる。このことは重大な示唆を含むものであり、例えば非常に反射率が高いことが明らかになっている準惑星のエリスについても、同じように地表面での活動があることが考えられる。」と述べています。
もしそうであれば非常に驚くべきことです。私たちはこれまで、準惑星、とりわけ海王星の外側に多数発見された「太陽系外縁天体」は、いずれも氷に閉ざされた暗く冷たい世界だとばかり考えてきました。しかし、冥王星をはじめ、もしエリスもそのような活動的な可能性があるとするならば、私たちはその認識を改める必要があるでしょう。

この冥王星の活動にはいろいろな種類があります。その中でもよく目立つのが地すべりです。この地すべりですが、実は冥王星の最大の衛星カロンにも存在することがわかりました。カロン自身は直径1200キロほどの天体ですが(これは冥王星の半分近い大きさにあたります)、そこには他の岩石質の天体や氷衛星、例えば火星や土星の衛星イアペトゥスなどにみられるような地すべり跡があると考えられてきました。しかし、ニューホライズンズが見たものはその予想を越すものでした。NASAエームズ研究センターのロス・バイヤー氏によると、「私たちはカイパーベルト…あるいは太陽系のはるかに果てで、このように大きな地すべりというものを目撃することになった。そこで出てくる大きな疑問は、他のカイパーベルト天体でも同じようなことがあるのか?ということである。」とのことです。

ニューホライズンズ探査機がとらえた冥王星の衛星カロンの地すべり

ニューホライズンズ探査機がとらえた冥王星の衛星カロンの地すべり。矢印で示された箇所が地すべり跡と考えられれている。ニューホライズンズチームにより仮に「セレニティ谷」と呼ばれる地域で撮影されたもの。探査機のカロンからの距離は78717キロ。(Photo: NASA/JHUAPL/SwRI)

カロンの谷の立体写真

冥王星の衛星カロンの谷の立体写真。写真中央右上の山(白い矢印)は高さが約6キロメートル、斜面の角度は30度とかなりきつい傾斜になっている。その山の下のところ(赤い矢印)には、じすリベリによるものと思われる堆積物が暑さ200メートルにわたって堆積している。上の写真と同じ、セレニティ谷の写真からステレオ撮影による立体視を行ったもの。撮影距離は73159キロメートル。(Photo: NASA/JHUAPL/SwRI)

今までのお話をみていくと、ニューホライズンズの観測チームは、すでに冥王星だけではなく、カイパーベルト天体も見据えた科学的な解析を行っていることがわかります。
ニューホライズンズの探査は終わったわけではありません。現在探査機は地球から約55億キロ離れたところを秒速14キロという速さで飛行しており、次の目標は2014 MU69と名付けられたカイパーベルト天体です。この天体への最接近は2019年1月1日(アメリカ現地時間)の予定です。
カイパーベルト天体とは、海王星の外側に広がる大きな天体のことです。かつて理論的にその存在を提唱したアメリカの天文学者、ジェラルド・カイパーにちなんで名付けられたこの天体は、1990年代以降、観測技術の急速な向上によってはじめてその姿が望遠鏡でも捉えられ、私たちの太陽系への理解を大きく変えることになりました。冥王星はこのカイパーベルト天体の1つであり、惑星というよりは「そのような多くの天体の1つ」と考えた方がよい、ということになり、惑星から準惑星へとその地位を変えることになったのは、まだ10年前のこと(もう10年、という方もいらっしゃるかも知れませんが)です。

この2014 MU69ですが、カイパーベルト天体としては比較的小さい天体ではあるものの、やはり探査機の行き先であることから精力的な観測が行われているようです。ハッブル宇宙望遠鏡による観測では、この天体が赤い色をしていることがわかっています。少なくとも冥王星よりは赤いとのことです。
また、この2014 MU69は、カイパーベルトの中の「寒冷原始領域」(Cold Classical Region)と呼ばれる場所にあります。ここはカイパーベルトの中でももっとも古いものが集まっている領域であり、おそらくは太陽系が誕生する以前の物質がそこに残されているのではないかと考えられます。
表面が赤いということは、その構成物質についての手がかりを与えてくれることになります。さらに、その色が天体の型を表しているかも知れないと、サウスウェストリサーチ研究所の博士研究員(ポストドクター研究員)のアマンダ・ザンガリ氏は語っています。「データは2019年の新年にならないと確かめられないが、ニューホライズンズは、おそらく太陽系の惑星たちを作り上げた構成物質のうち、もっとも古いものを目撃することになるだろう。」

ニューホライズンズが昨年7月の冥王星最接近の際に取得したデータのうち、すでに99パーセントは地球へと送られてきています。そして、すべてのデータの送信が完了するのは10月23日(アメリカ現地時間)の予定です。
ニューホライズンズは、すでに冥王星からは10億キロほど離れたところを次の目標に向けて飛行しています。探査に携わる人たちも、すでに次の目標へと心が「移動」しているようです。しかし、送られてきているデータは膨大ですから、その中から新しい冥王星やその衛星に関する新しい発見がまだ出てくるかも知れません。こちらにも期待するとともに、ザンガリ氏が語る「2019年新年のサプライズ」にも期待することにしましょう。

  • ニューホライズンズチームの記事 
[英語] http://pluto.jhuapl.edu/News-Center/News-Article.php?page=2016101
  • ニューホライズンズ (月探査情報ステーション)
    https://moonstation.jp/ja/pex_world/NewHorizons/