冥王星への最接近(フライバイ)を果たし、冥王星ブームを巻き起こしたニューホライズンズですが、その旅は冥王星で終わるわけではありません。月探査情報ステーションの「ニューホライズンズ」のページにもある通り、もし探査機に問題がなければ、ニューホライズンズは冥王星のさらに外側の天体を探査することになっています。このように、冥王星の軌道に似たところを好転し、冥王星のような大きさを持つ天体のことをカイパーベルト天体(より正確には冥王星型天体)といいます。

このほど、NASAはニューホライズンズの次のフライバイの候補となるカイパーベルト天体を発表しました。その名前は、2014 MU69として…まだ名前がないのですが、この仮符号で呼ばれるカイパーベルト天体です。

カイパーベルト天体に接近するニューホライズンズ探査機の想像図

カイパーベルト天体に接近するニューホライズンズ探査機の想像図 (© NASA/JHUAPL/SwRI/Steve Gribben)

この2014 MU69は、最終的な次の探査候補として残った2つの天体のうちの1つで、ニューホライズンズのチームにより、こちらの方がより探査候補としてふさわしいと推挙を受けたものです。このような形で行き先が「一応」決まったとはいえ、なにせ名前からお分かりの通り、この天体は昨年(2014年)に発見されたばかりで、遠方ということもあり軌道を含め素性が完全にわかっているわけではありません。NASAでは今後も検討を実施し、最終的にNASAとしてこの天体の探査を行うかどうかを調査するとのことです。

実際のところ、この先のニューホライズンズのミッションは「延長ミッション」として扱われるため、NASAとしては新たに予算支出が必要となり、そのための提案書を公募していく必要があります。この公募はおそらくは2016年内になると予定されていますが、そのときになってから大騒ぎする前に、いまから候補を決めておこうというわけです。このニューホライズンズによるカイパーベルト天体探査ミッションについては、新たにNASAが設置する独立委員会により提案書が評価され、それによって実施が決定されるものとみられます。
実際、ニューホライズンズが「元気」なうちに、探査機をその目標に向けておくほうが、後になってから動き出すよりより効率的でもあります。ニューホライズンズのチームでは、2010年秋(10月後半から11月前半)に4回の軌道修正を実施し、軌道を2014 MU69へのフライバイのコースに設定する予定です(なお、現在はこの2014 MU69…といいますか、次のフライバイ候補天体は「予定目標1」…PT1 (Potential Target 1)と呼ばれています)。
軌道修正がうまくいけば、この2014 MU69へのフライバイは2019年の元日、1月1日になる予定です。もちろんすべてが順調にいけば、という条件がつきますが、もしうまくいかなかった場合、フライバイができないだけではなく、探査機の燃料の浪費、さらにはミッション全体が失敗する可能性さえ出てきます。

ニューホライズンズのプロジェクトマネージャーであるアラン・スターン博士は、「2014 MU69は非常に古いカイパーベルト天体(KBO)ノ1つと考えられ、その意味ではよい選択であるといえる。さらにいえば、(他の候補天体より)より少ない燃料で到達でき、そこで行える科学的な観測も意義があり、また燃料を温存できることで、万が一の事態に備えることができる。」と、冥王星より遠方での未知の領域での探査において、安全性を強調した決断であることを述べています。

探査候補となる2014 MU69の軌道

探査候補となる2014 MU69の軌道。この図では赤い線で描かれており、「可能性のある目標1」(Potential Target 1=PT1)と記されている。また図には、準惑星でカイパーベルト天体であるマケマケ(Makemake)とハウメア(Haumea)も描かれている。(© NASA/JHUAPL/SwRI/Alex Parker)

このアラン・スターン博士の言葉にも出てきますが、「燃料」というのは、軌道を変更するために使われる化学燃料(ヒドラジンという化学物質が使われます)のことです。この燃料によって冥王星まで、あるいは次の目標まで飛ぶわけではありません。それは打ち上げのときに得られた加速や、木星をかすめて飛行した(スイングバイ)際に加速するなどして得られた速度でまかなわれています。しかし、軌道の変更だけはこの化学燃料を噴射して実施しなければなりません。そして、まさか地球から補給しに行くわけにもいかないわけですから、これを温存して、万が一の事態に備えるというのは正しい決断といえるでしょう。

もちろん、プロジェクトチームは冥王星より外側の天体の探査を最初から想定していましたから、そのための燃料(つまり、冥王星フライバイ分に加えたやや余分な燃料)を搭載してはいます。また、通信装置や電力供給システムなども、冥王星より外側でも機能することを想定して設計・製造されています。もちろん、科学機器もそうです。おそらく2014 MU69に接近する際には太陽からさらに遠くなることになるため、対象はより暗いものとなるでしょうが、そのことも織り込んで設計されてはいます。
それでも、探査は何が起こるかわかりません。「ああ、こうしておけばよかった」は探査の世界では通じないのです。しかもだからといって、いざというときのために余計なものを積んでいく余裕はありません。十分に余裕ある設計にすることと、重量をできる限り減らすという、相反する要求を、ニューホライズンズ探査機は満たしているというわけです。

さて、2003年にアメリカ科学アカデミーの中に設けられた「来たる10年の月・惑星探査」検討グループ(名称は「太陽系の新しいフロンティア」)では、その探査の目標の1つとして、冥王星を含めたカイパーベルト天体へのフライバイを、行うべき探査として強く推奨していました。これは、これらの天体が太陽系の中で未だ私たちが直接探査をしていない領域であり、その探査を行うことで太陽系の多様な姿を知ることができるという理由によるものです。今回PT1という形で、冥王星と全く違うタイプの天体(軌道は似ているにせよ)を探ることはこの勧告にも沿うものとなります。

しかし、ニューホライズンズ探査で探ることができるカイパーベルト天体を選び出す作業はそう簡単なものではありません。この候補天体の探索は2011年からスタートし、まずは地球にある望遠鏡を用いて行われました。その結果として、ニューホライズンズチームは複数のカイパーベルト天体を発見したのですが、どれも探査機に残される(残された)燃料で到達できるものではありませんでした。
そこで、より強力な望遠鏡…ハッブル宇宙望遠鏡の出番となりました。ハッブル宇宙望遠鏡は2014年夏にこの計画に投入され、新たに5つのカイパーベルト天体が発見されました。そのうちから、ニューホライズンズが到達できそうな候補は2つに絞られました。現在のところ、PT1(2014 MU69)の大きさは直径が45キロ程度とかなり小さい天体と考えられています。冥王星に比べれば0.5〜1パーセントほどのサイズしかないのですが、それでも、いま彗星探査機ロゼッタが探査を行っているような彗星に比べれば、大きさにして10倍、質量にすれば1000倍も大きなものです。もちろん、「はやぶさ」や「はやぶさ2」が向かう小さな小惑星に比べても2桁ほど大きな天体であることはお分かりかと思います。こちらの方はさしわたしで1キロメートルにも達しない天体なのです。

カイパーベルト天体は、小惑星とは異なり、太陽の光ではほとんど暖められたことがない天体であると考えられています。そのため、46億年前の太陽系誕生の頃に存在した揮発性物質…水や有機物などがほぼそのまま残っていると考えられています。これがカイパーベルト天体を探査しに行く大きな理由の1つでもあります。
サウスウェスト研究所の研究員で、ニューホライズンズの科学チームメンバーでもあるジョン・スペンサー氏は、このようなカイパーベルト天体を探査する意義について「地球からは決して行うことができない近接探査で、私たちが学べることは非常にたくさんある。そのことは先の冥王星へのフライバイで実証したばかりだ。詳細な画像をはじめ、科学データなどが得られれば、ニューホライズンズはカイパーベルト天体に関する私たちの認識を一変させることになるだろう。」と期待を述べています。

NASAの科学ミッション本部長でもあり、宇宙飛行士でもあるジョン・グランズフェルド氏は、「ニューホライズンズは冥王星を離れてカイパーベルト天体へと歩を進めているが、まだワクワクするような発見を秘めたデータは続々と地球へと送られてきている。この新たな探査を承認するかどうかの決定については、惑星科学のより広い枠組みの中で(原文ではポートフォリオ=portfolioという言葉が使われています。経済用語のような感じです)決まることになるが、私たちは最新かつ斬新な科学的な前進がメインの探査に比べてはるかに安い予算で実現できると信じている。」と述べています。NASAの上層部として、いろいろな他のミッションとバランスをとって決定しなければならないグランズフェルド氏の立場がにじみ出てきているような発言ですが、「はるかに安い」という部分には十分に期待が持てます。

カイパーベルト天体は、四半世紀前まではあくまでも理論の産物でした。望遠鏡やそのデータの解析性能が向上した1990年代になってから実際にそれらの天体が続々とみつかり、それが「冥王星の惑星から準惑星への変更」という劇的な形で科学の進歩を私たちにみせつけたわけです。今回のニューホライズンズの延長探査は、その太陽系最果ての天体に向け、私たちの科学の手が伸びる(であろう)ということを示したものです。すでに地球から50億キロ離れたところにいる探査機ではありますが、この発見の旅はまだまだ続きます(続きそうです、というのがより正確ではありますが…)。

  • ニューホライズンズチームの記事 
[英語] http://pluto.jhuapl.edu/News-Center/News-Article.php?page=20150828
  • ニューホライズンズ (月探査情報ステーション)
    https://moonstation.jp/ja/pex_world/NewHorizons/