9年半、50億キロにも及ぶ旅を経て、人類は新たな地平線に到達しました。

NASAが2006年1月に打ち上げた冥王星探査機「ニューホライズンズ」は、アメリカ東部時間14日午前7時49分57秒(日本時間14日午後8時49分57秒)、冥王星から約12400キロメートル(原文表現では7750マイル)を通過しました。天体のそばを高速で通り過ぎ、そのわずかなチャンスで観測を行う、「フライバイ」という手法での探査です。
地球の直径がほぼ12800キロメートルですから、ニューホライズンズと冥王星の間に地球がまるまる入るくらいの距離を通過した、ということになります。

探査機は現時点では交信状態にはなく、アメリカ・メリーランド州になるジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(JHUAPL)にある管制センターでは、探査機からの信号を待っています。最終的なフライバイの成否は探査機からの信号を受信して、その中身を解析してからの判断ということになります。信号の受信は現地時間で14日午後9時ころ(日本時間では15日午前10時ころ)と予想されています。

冥王星は、1930年、アメリカの天文学者クライド・トンボーが発見しました。当時は海王星の外側にあるとされた惑星「惑星X」の探索が盛んで、トンボーもアメリカ・アリゾナ州フラッグスタッフにあるローウェル天文台で、その観測に従事していました。天文台を建てたパーシバル・ローウェル自身、この惑星を発見することを夢見ていました。残念ながらローウェルは自身でその惑星を発見することなく、1926年にこの世を去りましたが、その夢はトンボーに受け継がれました。またこの冥王星の発見は、アメリカ国民が「科学の偉大な成果」として冥王星への強い思い入れを抱く理由ともなっています。

「冥王星の発見は85年前、カンザス州からやってきた農民の息子によるものだった。彼はボストン出身の天文学者(ローウェルはボストンで、大富豪の息子として生まれています)のビジョンに支えられていた。今日、探査機は新たなフロンティアへと飛行し、冥王星とその衛星を詳細に観測することができ、科学に大きな飛躍をもたらした。この成果は、太陽系の起源をより詳しく理解する上で、私たちにとって大きな材料を提供することになるだろう。」(NASAの科学探査部門長、ジョン・グランズフェルド氏)

「ニューホライズンズのチームは、冥王星とその衛星の探査を世界ではじめて行えたことを誇りに思っている。世界中の人たちに支えられ、世界と驚きを共有し、人類としてこの成果を達成できた。私たちは今、冥王星に関する教科書の記述を書き換えつつある。」(ニューホライズンズのプロジェクトマネージャー、アラン・スターン氏)

冥王星フライバイを喜ぶプロジェクトメンバー

ニューホライズンズの冥王星フライバイの直前、探査機が撮影した冥王星の詳細画像をみて喜ぶプロジェクトメンバー。ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(JHUAPL)の管制センターにて。(© NASA/Bill Ingalls)

フライバイを喜ぶ見学者

ニューホライズンズの冥王星フライバイの瞬間、アメリカ国旗の小端を振りながら喜ぶ見学者とプロジェクトメンバー。ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(JHUAPL)にて。(© NASA/Bill Ingalls)

ニューホライズンズの冥王星への再接近は、実際には当初予定していた時刻より約1分ほど早く行われました。もっとも、1分というのは探査機が費やした9年半、50億キロもの行程に比べればものの時間ではありません。探査機の軌道は、60〜90キロメートルの軌道を通過するように設計されており、これは旅客機がテニスボールほどの大きさの的を目指して通過するくらいの精度です。
日本の小惑星探査機「はやぶさ」も、地球のそばを通りすぎて軌道修正と加速を行う「スイングバイ」(フライバイの一種)を実施しましたが、このときも誤差はわずか1キロほどでした。逆に、宇宙空間で探査機に正確な軌道を飛行させることは、科学観測にとって極めて重要なのです。

ニューホライズンズは、惑星探査機としては史上最速を誇ります。その時速は約5万キロにも及びますが、それはまたリスクをも伴います。宇宙空間に漂う微小な粒子やチリ、岩石などがもし探査機にこのスピードで衝突したとしたら、探査機はひとたまりもありません。冥王星には(そして、衛星カロンにもおそらくは)大気が存在しますので、天体の周辺にはより多くのチリが存在することも考えられます。ですから、フライバイは「やれば必ず成功する」ものではないのです。そのことからも、探査機からの信号が待たれるところです。

以下、各方面からの声明を掲載します。

「NASAが達成した偉大な成果を喜びたい。同時に、アメリカ合衆国が世界の宇宙計画を先導していることをここに示したものである。ニューホライズンズは、NASAが進めようとしている数多くの科学計画の一環であり、その中には火星からのサンプルリターンや、その先に計画されている有人火星探査も含まれている。太陽系外の惑星系を調査しようというケプラー計画や、宇宙天気観測を目的として地球のリアルタイム観測を100万キロ以上も離れたところから行うディスカバー計画(DSCOVR)も、こういった野心的なプロジェクトである。ニューホライズンズが冥王星をフライバイし、さらに遠くのカイパーベルト天体を目指すことで、この多角的な探査はまだまだ続いていくことになる。」(アメリカ合衆国科学技術政策局長で大統領科学技術担当補佐官であるジョン・ホールドレン氏)

「ニューホライズンズによる冥王星フライバイは、NASA、そしてアメリカ合衆国の50年にわたる月・惑星探査の歴史の中でまさに最高レベルの業績の1つといってよいものである。いま改めて、私たちは歴史上はじめての成果をもたらした。アメリカ合衆国は、冥王星に到達した世界ではじめての国となった。太陽系の基礎的な探査を今回達成したことで、他の国がどこも成し得ない到達点に私たちはいることになる。」(NASAのチャールズ・ボールデン長官)

「計画開始から15年。探査機の製造、打ち上げを経て、ようやく私たちはゴールに到達した。いよいよ、私たちの収穫した成果が明かされようとしている。」(ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所のプロジェクトマネージャー、グレン・ファウンテン氏)

ニューホライズンズは、冥王星のフライバイのあと、冥王星のさらに外側に存在する天体(カイパーベルト天体)の探査を目指しています。現時点では次の探査目標は決定していません。
冥王星と地球との通信は光(電波)の速度でも片道4時間半かかる状況で、通信回線は大変に細い(遅い速度でしか通信できない)状態です。今後、冥王星最接近前後に取得した画像や科学データをすべて地球に送信するためには、約16ヶ月(1年4ヶ月)かかるとのことです。
これは逆にいいますと、今後もニューホライズンズがもたらす発見が次々にやってくるということでもあります。私たちもフライバイの興奮のあと、科学成果をじっくりと待つことにしましょう。

【速報】NASAは15日朝に記者会見を行い、ニューホライズンズからの信号を受信し、フライバイが無事成功したことを確認したと発表しました。

  • NASAのプレスリリース