水星探査機メッセンジャーは、1年間にわたる基本探査期間をこの3月17日に終了しました。この期間に探査機が撮影した写真は合計10万枚以上にも達しました。そして、探査機がはるか彼方の水星から送ってきた科学データは、この天体の地形や構造、内部構造(とりわけ中心部のコアについて)、極地域にあるとされる永久影の領域などについて、多くの情報をもたらしてくれました。
これらの発見は、本日(3月21日)に発行される科学雑誌サイエンス・エクスプレス(電子版)に2本の論文が掲載されているほか、現在テキサス州ザ・ウッドランズ(ヒューストンの北隣の街)で開催されている、世界最大の月・惑星科学に関する国際会議、月惑星科学会議(LPSC)においても、合計57本の発表が行われます。この会議の席では、成果発表に関する記者会見のほか、来年3月まで予定されている延長探査期間についての基本的な考え方についても発表する予定です。
メッセンジャーの主任研究者であるカーネギー研究所のシーン・ソロモン教授は、「メッセンジャー探査の最初の1年は大きな驚きでいっぱいだった。水星が驚くほど活発な磁気圏や外圏を持つこと、またその表面や内部に意外なほど揮発性物質が含まれていることなど、私たちが数年前に考えていたこの天体の知識とはまったく違う姿がいま、明らかになっている。今回みつかった新発見の料、そしてその幅広さは、私たちがこれまでに発見した科学的成果がいかに衝撃的なものであったかを示すものになるだろう。」と語っています。
■水星の風景
水星レーザー高度計(MLA)の観測により、これまでとは比べものにならないほど高精度な、水星の北半球の地形が明らかになりました。同時に、地形の傾斜や荒さなどについての情報も得ることができました。メッセンジャーは極軌道に近い楕円軌道をとっており、このため、MLAの水平方向での測定領域は15〜100メートルほどとなっており、また、測定領域は約400メートルほどの間隔となっています。
測定によると、標高差は火星や月などと比べると非常に小さいということです。この発見を論文として発表しているマサチューセッツ工科大学のマリア・ズーバー教授は、もっともはっきりした地形は、北半球の高緯度地域にある低地で、火山性の平原が広がっているということです。この平原の中に、おそらくは火山性と思われる高みがあるとのことです。
水星の中緯度地域には、水星の中でももっとも目立つ地形である、直径1500キロメートルにも及ぶ巨大なカロリス盆地があります。このカロリス盆地について、MLAの詳細な観測の結果、盆地内部の一部は周辺の盆地の縁の領域より標高が高いことが明らかになりました。ズーバー教授によると、「このカロリス盆地の一部の隆起領域は、準線形の隆起領域であり、水星の中緯度地域のほぼ半分の領域に広がっている。全体的に考えると、こういった地形の特徴は非常に長波長の(編集長注: 地形の変動がゆるい尺度になっている)変化であり、これは水星の地質過程の中で最も早い時期に起きたものと推測される。」とのことです。
■水星のコア
今回の探査では、地形データ、及びあらかじめ得られていた水星の自転速度データを使って、はじめて水星の詳細な重力場モデルを作り上げることに成功しました。このモデルにより、水星の内部構造、例えば地殻の厚さや、コアの大きさ、及びその状態、さらには水星全体の熱史(平たくいえば、天体がどのように冷えてきたかの歴史)を明らかにすることができます。
この推定から、水星のコアは、惑星の半径に対しておおよそ85パーセントもの大きさがあることがわかりました。もともと水星はコアが大きな天体であることはわかっていましたが、今回の内部構造モデルでは、その推定よりもコアがさらに大きいことが明らかにされたのです。
科学者たちはこれまで、水星は小さい天体なので、コアも含めて天体内部は全体に冷えて、固体になっていると考えてきました。しかし、重力場モデルに加え、地球からのレーダーによる探査によって、水星自体にも何らかの動きがあることがわかりました。このことは、水星に磁場が存在する(つまり、内部に溶けたコアが存在することを示唆する)ことからも確かめられています。おそらく、水星のコアは少なくとも部分的に溶けているのでしょう。
水星のコアの大きさ、そしてその状態は、科学者にとって長年の謎でした。それを知るためには、長波長の重力場変動を調べることが必要でした。今回の探査で、このデータから明らかにされた水星の内部が、これまで考えられてきたものとはだいぶ異なることがわかってきました。(編集長注: 長波長の変動とは、距離的な意味で長いスケールの重力場の変動のことです。短距離で現れる変動とは異なり、こういう長距離の重力場の変動は、天体内部の構造に関係していると考えられています。)
その結果、水星のコアは他の地球型天体とはおよそ異なる構造をもっていることがわかってきました。今回の論文の共著者の1人である、ケース・ウェスタン・リザーブ大学のスティーブン・ホークII世氏は、「水星の内部構造とは明らかに地球のものとは異なる。地球の場合には固体の内核の外に液体の外核があるという二層構造になっているが、水星の場合、上から順番に、まずケイ酸塩(通常の岩石)からなる地殻及びマントル、そしてその下に硫化鉄を主成分とする外核、さらに液体の核、そしていちばん内側は固体の核、という五層構造になっている。」と述べています。
このような発見は、水星の磁場がどのようにして生まれているのか、また水星が熱的にどのように進化を遂げてきたのか(言い換えれば、どのように冷えてきたのか)を明らかにする重要な鍵となるでしょう。
■極地域の永久影
メッセンジャーの探査目標の1つに、地上からのレーダー観測で発見された、水星の極地域の反射率が高い場所の正体を探ることがあります。極地域にレーダーで明るく光る(すなわち、反射率が高い)場所がみつかって以来、科学者はその正体を、氷(水の氷)の堆積物だと考えてきました。
これまで、このレーダー高反射率の領域の画像はなかったため、その正体はわかっていませんでした。今回、メッセンジャーに搭載された水星撮像システム(MDIS)が撮影した画像から、水星の南極地域にある高反射率地点は全て永久影の領域にあり、北極側の高反射率地域についても日陰域の中にあることがわかりました。これは、これまで考えられてきた氷であるという仮説とも整合性がある結果といえます。
(編集長注: 永久影とは、クレーターの壁などによって太陽光が遮られることによって、主に極地域にできる影、及びその領域のことを指します。極地域では太陽光は地面すれすれの高さで入射してくるので、クレーターの壁のような低い高さの障害物でも太陽の光を通すことができません。また、クレーターの壁は円状なので、太陽光がどの方向から射してきても、クレーター内部には光が射さない領域ができる場合があります。このような領域を永久影、あるいは永久影領域と呼びます。月でも極地域のクレーターにはこのような領域があり、同様に氷が存在するとされていますが、こちらの方は依然論争が続いています。)
ただ、今回のこの結果だけをもって、この堆積物、さらにはレーダーで明るくみえる物質が水の氷であると断定することはできません。実際、明るい物質は、氷だと考えるとかなり存在が困難な場所にも分布しています。その点については、例えば氷の上に薄い土の層があり、断熱材の役割を果たして、氷の層を低温に保っているという考え方もあります。
現在、MDISのデータに加え、水星レーザー高度計のデータも組み合わせた詳細な解析が進行中であり、この堆積物についてより詳細な結果が今後明らかにできると期待されます。
■延長探査が決定
メッセンジャーの2年目の延長探査期間は、いま述べてきたような成果をもとにスタートします。メッセンジャーの探査科学者であるジョンズホプキンス大学応用物理学研究所のラルフ・マクナット・ジュニア氏は、「延長探査は、単に基本探査期間と同じ周回をそのまま続けるようなミッションとはならない。太陽活動がより活発になる時期に磁場及び外圏をより詳細に調査し、探査機の高度を下げて地表の様子をより詳しく調べ、さらにいくつか興味深いポイントを集中的に調べることになるだろう。」と述べています。
・メッセンジャーチームの記事 (英語)
  http://messenger.jhuapl.edu/news_room/details.php?id=198
・メッセンジャー (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/pex_world/MESSENGER/