水星探査機メッセンジャーのデータの解析の結果、水星の極地域の日が当たらない場所に、かなりの量の氷があることが確かめられました。水星に氷が存在するという仮説はこれまでもしばしば唱えられてきましたが、今回の解析により、この仮説がはっきりと裏付けられたことになります。
今回の発見は、水星はもちろんのこと、地球のような、太陽にどちらかというと近いところにある惑星に、どのように水、あるいは生命の起源となる軽元素(比較的軽い元素)が存在するのかを指し示す大きな証拠になるといえるでしょう。
今回の解析結果は、11月29日に発行される科学雑誌「サイエンス」(エクスプレス)の電子版に掲載されます。
メッセンジャーは、水星に3回フライバイを行ったあと、2011年3月から水星の周りを周回、多くの科学的なデータを取得しています。この観測のうち、近赤外線の波長による極内部の物質の反射率の測定により、水星の北極地域に、多数の水素が存在することが確かめられました。さらに、極地域、及び極周辺地域の温度モデルが作られました。
水星は8つある惑星の中で太陽にもっとも近い惑星です。従って、氷が存在するとはなかなか考えにくいものです。しかし、ポイントは、水星の自転軸の傾きがわずか1度にも満たないということ(ほとんど垂直方向に回っている)ということです。
つまり、極地域には、太陽の光がほぼ真横から差し込むことになります。ここにクレーターのような地形があったとすれば、その縁が盛り上がっていることにより太陽の光が遮られて、永遠に太陽の光が届かない領域ができることになります。
水星に氷が存在するのではないかという考えは古くから存在していました。1991年には、プエルトリコ(アメリカ自治領)にあるアレシボ天文台で、水星からの電波の反射により、氷の存在を示唆するデータが得られたことで、この考えが一躍脚光を浴びることになります。
このアレシボでの電波観測のデータでは、氷は点状に存在しており、この点は、それぞれがマリナー10号(1970年代の水星探査機)で発見されたクレーターの位置と一致していました。しかし、マリナー10号の観測では水星の半分くらいの領域しかみることができなかったため、このレーダー画像と重ね合わせることができるだけの水星の画像を科学者たちはなかなか手に入れることができませんでした。
メッセンジャーが2011年の水星周回軌道投入後、あるいはその前の水星接近時に撮影した水星の画像と、この電波による極地域の氷の存在を示す部分とを重ね合わせると、まさに表面の永久影の領域とピタリと重なることがわかりました。この発見は水の氷の存在を裏付けるものでもあります。
では、氷の量はどのくらいなのか。メッセンジャー計画の協働科学者であり、今回の論文の主著者でもあるジョンズホプキンス大学応用物理学研究所のデビット・ローレンス氏は、もし水星の極地域の氷をワシントンDCの面積(177平方キロメートル。東京23区でいえば、世田谷・大田・目黒・品川・港区の5区の面積の合計に匹敵)に広げた場合、「その水の層の厚さは2マイル(約1.6キロ)にも達するだろう」とのことです。
これだけでもかなりの水が存在するということがわかりますが、今回の解析によって、水星の北極地域の主な堆積物が氷(水の氷)であることも確かめられました。さらに、今回の観測によって、堆積物がもっとも冷たい場所には氷が表面に直接露出しているものの、それ以外の場所では、不自然に黒っぽい物質の下に存在するということもわかりました。氷がこの黒い物質の下にある地域では、表面温度は、氷が安定して存在できる温度よりわずかに高くなっています。
メッセンジャーに搭載されている中性子スペクトロメーターのデータでは、水素の濃度が高いところは、レーダーにより氷が存在するとされている地点の内部にあることがわかっています。水素の濃度により、水(氷)の量がわかるのです。これによると、水素分が少ない表面の層が10〜20センチあり、その下に氷があるのではないかとのことです。
今回の結果をさらに強力に裏付けるデータは、探査機が撮影した水星の地形データです。NASAのゴダード宇宙飛行センターのグレゴリー・ノイマン氏らが発表した2つめの論文では、北極の永久影の領域に、近赤外線の波長で不自然に暗い、あるいは明るい物質が存在しているということが発見されています。このような物質は「これまでにみられたことがない」(ノイマン氏)ということです。
このくらい領域では光の反射率が低く、おそらく氷(キラキラと輝くので反射率が高い)が何らかの物質で覆われているのでしょう。ノイマン氏らは、彗星、あるいは揮発性成分に富む小惑星の衝突により、この暗い物質と明るい物質の両方がもたらされたと考えています。こちらの方は、同じ論文誌に掲載された3つめの論文に詳しい内容が書かれています。
この3つめの論文の主著者である、カリフォルニア大学のデビット・ペイジ氏は、この暗い物質について、おそらくは複雑な構成を持つ有機物なのではないかと考えています。「この複雑な化合物は、彗星、あるいは揮発性物質に富む小惑星の衝突によりもたらされたと考えられ、これらによって水も運ばれたのだろう。」(ペイジ氏)
「水星の水」と日本語で書くと、水星にはたくさん水がありそうですが、太陽のすぐそばにある天体にこれほどの水があるとは想像もできなかったでしょう。今回の発見は、長年にわたって仮説のままとなっていたこの「水星の水」の問題に決着をつけただけではなく、有機物の存在まで示唆することで、水星の新たな側面を見つけ出したことになります。表面温度が400度を越すような灼熱の天体に有機物が存在するとは誰が想像したでしょう。
メッセンジャー計画の総責任者である、コロンビア大学ラモント・ドハーティ地球科学観測所のシーン・ソロモン氏は、「20年以上にわたって、科学者たちはこの太陽にもっとも近い惑星に水が豊富に存在するのかどうか議論を戦わせてきた。メッセンジャーがいま、はっきりとした存在の証拠を提示できたのだ。」と、発見の重要性と喜びを語っています。
・NASAのプレスリリース (英語)
  http://www.nasa.gov/home/hqnews/2012/nov/HQ_12-411_Mercury_Ice.html
・メッセンジャー (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/pex_world/MESSENGER/