水星探査機メッセンジャーが発見した水星の9つのクレーターに、新たに名前がつけられました。この中には、まさに誰もが知っているあのウォルト・ディズニーの名前もあります。
水星のクレーターには、芸術家の名前がつけられることになっています。これは、水星(英語ではマーキュリー=Mercury)が芸術の神様であることから来たものです。
こういった月や惑星など、天体の表面の名前を決定、管理しているのは、国際天文学連合(IAU: International Astronomical Union)です。このほど、メッセンジャーチームからの提案に基づき、これら9個のクレーターの名前がIAUによって承認され、正式なものとなりました。

この9個は以下の通りです。

  • カトゥルス (Catullus) …共和制ローマ時代の詩人、ガイウス・ヴァレリウス・カトゥルス(Gaius Valerius Catullus, 紀元前84年頃〜紀元前54年頃)にちなむ。紀元前に活躍した詩人でありながら、その影響は現在まで残っている。
  • ディズニー (Disney) …アメリカの映画製作者・俳優・アニメーターであるウォルト・ディズニー (Walter Elias “Walt” Disney, 1901年〜1966年)にちなむ。兄のロイ・ディズニーと共にウォルト・ディズニー・プロダクションを設立、数多くのアニメ作品、映画作品を残した。ディズニーランドなどの事業も手がけ、現在でも子供たちだけでなく、大人たちにも夢を与え続けている。
  • ホッパー (Hopper)…アメリカの画家、エドワード・ホッパー (Edward Hopper, 1882年〜1967年)にちなむ。具象画家として、特に油絵の分野では有名であるが、水彩画やエッチング技法などの絵画でも優れた作品を残している。
  • ジョプリン (Joplin)…アメリカの作曲家・ピアノ演奏家、スコット・ジョプリン (Scott Joplin, 1868年〜1917年)にちなむ。44曲のラグタイム(20世紀前半にポピュラーであった音楽の一形態)を作曲、特に「メープルリーフ・ラグ」は有名。また、「ジ・エンターテイナー」の作曲者でもある。
  • コブロ (Kobro)…ポーランドの彫刻家、カタジナ・コブロ (Katarzyna Kobro, 1898年〜1951年)にちなむ。芸術改革運動(AR, Revolutionary Artists, あるいはAvant−garde Actual)の共同創設者で、彫刻に関して非常に優れた洞察を持っていた。特に、彫刻作品そのものと観衆、そしてその周囲の環境とを結びつける芸術傾向に優れていた。
  • コメダ (Komeda)…ポーランドの映画音楽作曲家・ジャズピアニストのクリストフ・コメダ (本名はクシシュトフ・トルチンスキー, Krzysztof Komeda, 1931年〜1969年)にちなむ。ロマン・ポランスキー監督の「水の中のナイフ」「ローズマリーの赤ちゃん」「吸血鬼」「袋小路」などの映画音楽を手がける。またジャズアルバムでは1965年に発表した「アスティマティック」がヨーロッパジャズの中でもっとも重要なものとして受け入れられている。
  • キョサイ (Kyosai)…日本の浮世絵師、河鍋暁斎(Kawanabe Kyosai, 1831年〜1889年)にちなむ。浮世絵での高い名声はもちろんのこと、大判の日本画やスケッチなどでも知られる。
  • ポポバ (Popova) …ロシアの画家・グラフィックデザイナー・劇場デザイナー・応用美術家・イラストレーターであるリュボフ・ポポバ (Lyubov Popova, 1889年〜1924年)にちなむ。ロシアで当時盛んだった立体未来主義を代表する芸術家であり、布地のほか、共産主義宣伝用の書籍やポスターなどのデザインを行った。
  • ウォーターズ (Waters) …アメリカ人のブルースミュージシャン、マディー・ウォーターズ (Muddy Waters, 本名はマッキンリー・モーガンフィールド McKinley Morganfield, 1915年〜1983年)にちなむ。言わずとしれた「シカゴブルースの父」であり、イギリスでの1960年代のブルースの勃興にも大きな影響を与える。さらには、同様の時代のロックの隆盛にも寄与し、ローリング・ストーンズなどを始めとするロックミュージシャンたちにも大きな影響を与えた。

これで、メッセンジャーが2008年に水星探査を開始して以来、メッセンジャーチームによって発見、命名されたクレーターは95個となります。
ところで、ブラウン大学の研究員でメッセンジャーチームで命名グループに入っているウィリアム・ボーガン氏は、日本人の河鍋暁斎について、「もともと暁斎は『狂斎』と名乗っていた(『狂う』という言葉を使っていた)が、投獄後は『暁』(英語では”enlightenment”という言葉を当てています)という字を使っている」と、大変ていねいに解説しています。彼によれば、このKyosaiクレーターをより詳細に調べることで、「水星の地質史にも光(enlightenment)が射してくるだろう」とのことです。

メッセンジャーチームのリーダーであり、本計画の主任科学者である、コロンビア大学ラモント・ドハーティ地球観測所のシーン・ソロモン氏は、「IAUが我々の提案を時宜よく承認してくれたことを感謝する。今回命名したクレーターは水星の中でも地質学的に活発な地域に位置しており、各クレーターに命名されることで、科学者同士の意思疎通を容易にすることが可能となる。さらに、各クレーターへの命名は、私たちの惑星=地球における長い長い歴史の中の芸術の進歩をずっと記憶に留める良い機会となるだろう。」と述べています。