NASAが計画している、木星の衛星を探査する周回探査機「エウロパ・クリッパー」について、NASAは26日、搭載する9つの科学機器の選定を完了したと発表しました。
エウロパ・クリッパーは、木星の4つの大きな衛星「ガリレオ衛星」の1つであるエウロパを探査することを目的にした衛星です。エウロパの周囲を回りながら、エウロパの内部に存在するとされる海の有無や、もし存在した場合にはその深さや温度などを詳細に調べることを目的としています。海…つまり、液体の水があるということは、そこに生命が育まれている可能性もあります。そのような可能性があるかどうかを調べることが、エウロパ・クリッパーの究極の目的です。
選ばれた機器は、周回衛星ということもあり、カメラやスペクトロメーターといった、遠くからエウロパの表面を探査するための機器です。「表面を調べるだけで地下のことがわかるのか?」と思われるかも知れませんが、エウロパでは、表面の氷の割れ目から地下の海の水が染み出している可能性もあり、それがわかれば地下の様子を知る手がかりになります。また機器には電波で地下の様子を探るためのものもあり、これを使えば直接地下を調べることも可能です。
今回搭載が決定したのは、以下の9つの機器です。
- 磁場サウンディングプラズマ装置 (PIMS: Plasma instrument for Magnetic Sounding)…主任研究者はジョンズホプキンス大学応用物理学研究所(APL)のジョセフ・ウェストレイク博士です。磁力計と共同で、エウロパの地下の海までの氷の厚さ、そして海の深さを直接測ることを目指します。海の塩分量の測定も行えるようです。エウロパの周りにある(木星による)強い磁場が、エウロパの内部に存在する海や氷、塩分などの影響を受けることを利用した装置です。
- エウロパ磁場内部探査装置 (ICEMAG: Interior Characterization of Europa using Magnetometry)…主任研究者はNASAジェット推進研究所(JPL)のキャロル・レイモンド博士です。基本的には磁力計で、上記のPIMSとの組み合わせで、エウロパの内部を調べることを目的としています。
- エウロパ・イメージング・スペクトロメーター (MISE: Mapping Imaging Spectrometer for Europa)…主任研究者はJPLのダイアナ・ブラニー博士です。スペクトロメーターは、表面から反射される光のスペクトルを調べることで、表面の構成物質を明らかにする装置です。MISEでは、全球にわたるエウロパ表面の組成、とりわけ、有機物や塩分、酸化水和物の存在などや、水の氷がどのような状態にあるのかを調べるのに役立ちます。
- エウロパ撮像装置 (EIS: Europa Imaging System)…主任研究者はAPLのエリザベス・タートル博士です。文字通り、カメラです。広角と狭角の2つのカメラで、エウロパ全体の様子の撮影を行います。エウロパ全体を解像度50メートルで撮影することを目指します。さらに一部については100倍の解像度(50センチ)の解像度でも撮影します。これまで、探査機「ガリレオ」ではエウロパ表面の10パーセント程度しか撮影できておらず、解像度も数百メートル単位と低いものでした。このカメラで、エウロパの基本情報ともいえる表面の様子を明らかにすることが期待されます。
- エウロパ地下・海観測レーダー (REASON: Radar for Europa Assessment and Sounding: Ocean to Near-Surface)…主任研究者はテキサス大学オースティン校のドナルド・ブランケンシップ博士です。2種類の周波数の電波をエウロパ表面(地下)に向けて発射し、その反射波を調べることで、エウロパの地下の海から表面近くまでの構造を明らかにします。海の上にある氷の部分にも内部には水がたまっている可能性がありますので、そのような隠れた「地下の湖」なども明らかにできるでしょう。
- エウロパ熱放射撮像システム (E-THEMIS: Europa Thermal Emission Imaging System)…主任研究者はアリゾナ州立大学のフィリップ・クリステンセン博士です。この装置は、エウロパ表面から放出される熱赤外線と呼ばれる赤外線を測定するもので、表面の温度を測定します。これにより、エウロパの地下から水が上昇してきている場所などを探知することが可能になります。また、火山などもあれば、そのような場所を特定することも可能です。
- エウロパ質量分析計 (MASPEX: MAss SPectrometer for Planetary EXploration/Europa)…主任研究者はサウスウェスト研究所のジャック・ウェイト博士です。周回衛星に質量分析計を搭載するというのは珍しい試みです。エウロパには、表面、さらには地下の海からやってくる水などを起源とする極めて薄い大気が存在しています。この成分を調べ、地表、さらには地下の海などの成分を知ること、そして、大気の運動を把握することが、この機器の目的です。
- 地表ダスト質量分析装置 (SUDA: Surface Dust Mass Analyzer)…主任研究者はコロラド大学ボールダー校のサスカ・ケンプ博士です。エウロパ表面から放出される細かいチリ…氷の微粒子を調べます。周回衛星が高度を下げて観測する段階では、このチリを直接捉えて測定することも目指します。
以上8つの機器に加え、機器選定委員会は、将来の技術開発を前提として、「エウロパ表面・周辺環境測定装置」(SPECIES: SPAce Environmental and Composition Investigation near the Europan Surface)の搭載も決定しています。この機器の主任研究者はNASAゴダード宇宙センターのメディ・ベンナ博士です。この機器は中性ガス質量分析計とガスクロマトグラフィーからなる物質分析装置で、これらの装置は他の探査ミッションでの開発を前提としています。
以上、9つの科学装置が、エウロパ・クリッパーに搭載されることになりました。
エウロパ・クリッパーは、NASAの2016年度予算では3000万ドルが要求されます(日本円で約37億円)。特徴的なのは、この探査機は太陽電池で電力を賄うということです。
従来、木星より先に行く探査機は、太陽の光が弱くなるために電力を太陽電池ではまかないきれず、原子力電池を搭載することが一般的でした。しかし、2011年に打ち上げられた木星探査機「ジュノー」は、太陽電池で電力をまかないます。省電力技術や蓄電技術の進歩に加え、太陽電池の能力が向上したことで、木星周辺でも太陽電池で探査を実施することが可能となりました。また、原子力電池を搭載しないため、生物に有害な元素であるプルトニウムを搭載しないことになります。もしエウロパに生命がいた場合でも、周回衛星を最終的にエウロパ表面に衝突させた際にも有害物質を撒き散らすおそれがないため、その生命にも悪影響を及ぼしません。
エウロパ・クリッパーは、3年にわたってエウロパを周回…より正確にいえば、45回にわたってフライバイを行う形での擬似的な周回軌道を取ります。もっとも近いところではエウロパ表面から高さ25キロ、遠いところでは2700キロのところを飛行する予定です。
打ち上げは2020年代に計画されています。
エウロパ・クリッパーの機器選定に際しては、昨年(2014年)NASAが行った機器公募に対して寄せられた33の提案に対し、今回の9つの機器が選定されています。
エウロパ・クリッパー計画の科学者であるNASA本部のカート・ニーバー氏は、「今回の機器選定は、私たちの裏庭にある生命を宿す可能性があるオアシスを探す旅にとって大きな一歩である。これらの多彩な能力を誇る科学機器により、長らく待たれていた(待たれている)ミッションが大きな成果をもたらしてくれるだろう。」と期待を語っています。
NASAの科学ミッション部門の副部門長であるジョン・グランズフェルド氏は、「エウロパは、探査機ガリレオが11回のフライバイによって発見した地下の海の証拠、そしてその表面の氷という魅力的な謎を科学者に投げかけてきた。さらに、最近のハッブル宇宙望遠鏡での観測によって、水の間欠泉(プリューム)が吹き上がっている可能性が指摘されている。私たちは、このミッションの可能性に大いに期待している。そして、この探査機に搭載される機器が取得するデータはエウロパの真の姿が明らかにし、地球以外に生命を見つけようとする我々の旅に大きな力になることだろう。」と述べています。
- JPLのプレスリリース
https://moonstation.jp/ja/pex_world/EuropaClipper/