20年にわたるミッションの最後に、土星とその輪の間を22回にわたって通過するというミッション「グランドフィナーレ」を実施している土星探査機カッシーニですが、先日の第1回通過の際、面白いことがわかってきました。土星とその輪の間に、「何もない領域」があることがみつかったのです。
カッシーニ計画のプロジェクトマネージャーである、ジェット推進研究所(JPL)のアール・メイズ氏は、「土星の輪とリングの間に、明らかに『何もない空間』が存在する。カッシーニがその中を通るコースを取るようにし、どうしてこの空間に、チリなどの物質がほとんど存在しないのかを確かめたい」と語っています。
土星とその間は、確かに地球から見ると何もない空間のようにみえます。しかし実際には、科学者はこの領域には、輪を構成している物質のような細かい石や岩、あるいはチリなどが存在していると考えてきました。ですから、今回この領域を通り抜けるというかなり危険なミッションを行うに際して、カッシーニ探査機は万全の対策を取ることにしました。
もしそういった石や岩、チリなどにぶつかってもダメージを最小限にできるよう、探査機の巨大なアンテナを進行方向に向けて、本体ができるだけやられないように工夫をしたのです。
その意味では、このような「何もない空間がある」ということは、探査機、そしてミッション計画を行う上では好ましい方向ではあります。しかし科学者にとっては、「なぜそこに物質がないのか」という新しい疑問が加わるという悩ましい結果をもたらしています。
カッシーニが送ってきた写真の分析によれば、土星の輪と本体の間の約2000キロメートルの領域には、想定されていたような大きな物質が存在しないとのことです。
もちろん、たまたまそうだった可能性もありますから、26日の第1回の通過の際には予定通り巨大なアンテナを進行方向に向けるという形で通過を行いました。
この際、カッシーニに搭載されている観測装置「電波・プラズマ波科学観測装置」(RPWS)が観測を行っていました。この装置は磁力計と共に、カッシーニ本体からいわば「飛び出す」形になっていたため、もし何か大きいものがあれば何らかの形での検出が行えるはずでした(まぁ、最悪の場合にはぶつかって破損、ということもありえたのですが)。
26日の通過の際、RPWSは輪の面の外側を通過する際、1秒間に数百もの粒子の衝突を検出しました。ところが、輪の面に入るとこの数は一気に数個まで減ってしまったのです。
なかなかこういうデータは視覚化しにくいものです。そこでJPLでは、このRPWSの観測データを音に変換し、探査機側の外側から輪の面を通過してくる間の粒子の検出の様子を音として理解できるようなビデオを作成しました。
このビデオでは、粒子の検出は「ピリピリ」とか「キー」とかといった音として聞こえます。下のビデオで、「Ring Plane Crossing」(輪の面の通過)というところで、しばらくの間この音が静かになる様子がわかります。
アイオワ大学アイオワシティ校の研究者で、RPWSの主任研究者でもあるウィリアム・カース氏は、「これには少々驚いた…我々は『聞ける』と思っていたものを聞けなかった。最初の通過の際のデータは我々は何回もチェックしてみたのだが、輪の面を通過するときの粒子の数は、私の指で数えられるくらいだった。」と驚きを語っています。
RPWSチームによると、この空間を通過するときにはほとんど大きな粒子はなく、1マイクロメートル程度…煙の粒子ほどの大きさの物質くらいがせいぜい存在していただけ、ということだと結論づけています。
ちなみに、実際に輪の面を通過した他の場合では、こういったことは起こっていません。例えば、昨年12月18日、土星のかすかな輪を通過した際は、輪の面を通るときにはうるさいくらいの音として粒子が検知されていることが、下の映像からもわかります。
図でも、輪に近づくに連れて急激に黄色・赤の部分がせり上がり、通過すると逆に減っています。
次回の土星の輪と本体の間の通過は、5月2日午後0時38分(アメリカ太平洋夏時間。日本時間では5月3日の午前4時38分)が予定されています。このときにはカッシーニは第1回のときとほぼ同じ軌道で輪と土星の間を通過する予定です。そして、カメラで輪の写真を撮るほか、探査機を(当初安全を見越して制限していた)速度を超えて回転させ、磁力計の校正を行う予定です。
今回の謎の空間も、カッシーニの最後のミッションでの大胆なチャレンジがなければ私たちが知ることはなかったでしょう。1つ探査をするといくつもの謎が生まれ、それによりまた新しい知識が積み重なっていくのです。
- JPLの記事
https://moonstation.jp/challenge/pex/cassini