打ち上げから20年、土星到達から13年にわたって活躍してきた土星探査機カッシーニが、ついに最後を迎えました。
NASAは15日(アメリカ東部夏時間)、土星探査機カッシーニが土星大気に突入し、探査を終了したと発表しました。

カッシーニが土星大気に突入し、ミッションを終了した瞬間の管制室(アメリカ・カリフォルニア州パサデナにあるジェット推進研究所(JPL)内)。カッシーニからの信号(信号画面で飛び出ていた部分)が消失したことを運用担当者がミッションマネージャーに報告したあと、ミッションマネージャーが探査終了を宣言、チームの努力をたたえ、すばらしいミッションを達成できた旨声をかけた。(Video: NASA/JPL)

 

「偉大なるミッションの最後の章の終わりでもあり、また新たなる始まりでもある。カッシーニが発見したタイタンやエンケラドゥスの海の存在は、すべてを変えた。私たちのこれまでの常識を根底から揺さぶるものであり、私たちがこれから、生命の存在を探検しに行くべき場所であることを示してくれた。」(NASA科学ミッション部門副部門長のトマス・ザーブチェン氏)

カッシーニは、最後まで予定通り、きっかりと、その任務を果たしました。信号は当初の予定通り15日の午前7時55分(アメリカ東部夏時間。日本時間では午後8時55分)に消失しました。最後まで信号を受信していたのは、NASAの深宇宙通信網(DSN)のオーストラリア・キャンベラ通信局でした。
カッシーニは土星大気に突入しながらも、その大気の様子を調査、最後まで信号を地球に送り続けていました。
これから数週間にわたって、ミッションチームではこの最後の信号の分析を行い、土星の形成と進化に関わるようなデータが含まれていないかどうか、また大気がどのような成分になっているのかについて調べていく予定です。

カッシーニミッション終了を抱き合って喜ぶプロジェクトマネージャーと運用マネージャー

カッシーニのミッション終了を抱き合って喜ぶ、プロジェクトマネージャーのアール・メイズ氏と運用担当者のジュリー・ウェブスター氏。15日、JPLの管制室にて (Photo: NASA/Joel Kowsky)

JPLのマイケル・ワトキンス所長は次のように述べています。
「ミッションの終わりというのは甘酸っぱい感情がこみ上げてくるものだが、一方で私たちはその終わりに対して、愛を込めたさよならを送りたい。それは、私たちに信じられないほど大量の発見という業績を残し、私たちの土星、そして太陽系に対する見方を完全に変えた、カッシーニに対してである。私たちはこれからも、この天体にアプローチし、探査を続けていくことだろう。」

カッシーニは今年4月から、最後のミッションとなる「グランドフィナーレ」を実施していました。このミッションは、探査機に土星本体と輪の間の狭い領域を通過させ、輪や土星大気などについて調べるというミッションでした。合計22回にわたって探査機は土星の輪と本体の間を通過し、これまで得られることがなかった様々な写真、科学データを取得しました。もちろん、本格的な解析はこれからです。

「カッシーニの運用チームは、その偉大なる最後まで探査機を制御・運用し続けるという、極めて優れた仕事を成し遂げた。私たちがこの軌道を7年前に考え、ハラハラドキドキの展開を呼ぶ、22回にわたる土星の輪と本体の間の狭い空間のくぐり抜けという探査を実施できたのは、まさしく名うての狙撃手とでもいうべき、科学者と技術者のグループの存在があってこそだった。彼らこそが、偉大なるミッションにふさわしい最後を探査機に迎えさせたのだ。何という終わり方だろう。まさにカッシーニは、偉大なる栄光と共に、その探査を終えたのだ。」
カッシーニのミッションマネージャー、アール・メイズ氏は、やや感極まった様子でこう語り、ミッションチーム、とりわけ最後の「グランドフィナーレ」を支えた運用チームを讃えました。

カッシーニの最後の地点

カッシーニが最後に土星大気に突入した地点(白丸で示した箇所)。カッシーニに搭載された可視光・赤外マッピングスペクトロメーター(VIMS)により撮影された画像にその地点を投影したもの。探査機突入地点は北緯9.4度、西経53度。(Photo: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)

「カッシーニ探査機が消滅したいま、私を含めた探査チームのメンバーがこれまでと同じような日々を送る、ということはもうないだろう。しかし、私たちが土星を見上げるとき、そこにその一部となったカッシーニがいる、そのことに私たちは安らぎを得ることだろう。」
長年カッシーニ探査に関わってきたJPLのプロジェクト科学者、リンダ・スピルカー氏は、カッシーニがいなくなったことの寂しさをこう表現しています。

カッシーニは、1997年10月に打ち上げられ、2004年6月に土星に到着しました。
2005年1月には、一緒に打ち上げられた突入機「ホイヘンス」が史上はじめてタイタンの大気へ突入、着陸に成功し、写真を送ってきました。赤茶けた写真が物語るタイタンの表面は、炭化水素(要は石油)で覆われ、メタンやエタンからなる海と陸とを持つ、一見地球のようではあるが極めて不思議な世界でした。
そしてカッシーニは小さな衛星エンケラドゥスで水の噴出を発見、後にそれは地下の海からの噴出であることがわかります。地球外で液体の水の海を持つことが確認された天体は木星のエウロパに続いて2例目となり、このような氷衛星が生命を宿す可能性を私たちに示しました。
その他にも、新たな衛星の発見、土星の輪の詳細な観測、土星大気の詳細の観測、土星の極地域の渦模様の観測、土星の数多くの衛星へ接近しての詳細観測など、カッシーニはこの13年間、働きに働いたといってよいでしょう。
そして、燃料が残り少なくなり、制御不能となってしまうこと、特に生命の可能性が取り沙汰されるエンケラドゥスに悪影響を与える(カッシーニは猛毒の放射性元素、プルトニウムを使用した原子力電池を搭載しています)可能性を考え、土星大気に突入させて消滅させる、という最後を迎えることになりました。

カッシーニはこうして土星大気に突入し、消滅しました。
しかし、カッシーニが残した膨大な量のデータは、これから何十年にもわたり、土星本体やその磁気圏、衛星や輪などについての科学者の探求を待つことになるでしょう。

「カッシーニは消滅したが、その科学的な見返りは今後長い間、科学者を引き止めてやまないだろう。私たちはまだ、カッシーニが送ってきた山のようなデータの、ほんのごく一部を引っかいただけなのだ。」(スピルカー氏)

探査に関わってきた編集長(寺薗)にとって、探査の終了が「ほろ酸っぱい」思いになる気持ちは痛いほどわかります。長年心血を注ぎ、打ち上げの心配をし、データを送り続けてきた探査機は、いつしかまるで自分自身の友、場合によっては子どものように思えるときすらあるのです。ミッションチームは探査機中心の生活をし、探査機のために寝起きの時間からライフスタイルまですべてを変更し、それを準備も含めて何十年も送ってきたのです。
あらためて、カッシーニという偉大な探査機の最後を祝福すると共に、偉大なる探査を見事にやり遂げたカッシーニの探査チームにも大きな祝福を送りたいと思います。
そして、カッシーニの遺産ともいうべき膨大な科学データが、この先また新たな科学的発見を生み出すことを期待したいと思います。

そして、人類はいずれ、カッシーニが見つけた膨大な数の謎の探求のため、新たな土星探査を行うでしょう。カッシーニ自身が1970〜1980年代のボイジャー探査機による土星観測から生まれたように、カッシーニがまた新たな探査を生み出すのです。場合によっては…おそらくずっと未来でしょうが…人類がエンケラドゥス表面に降り立ち、地下の海の探査を行う、そのようなこともあるかもしれません。
ザーブチェン氏が述べた「始まり」とは、私たちの好奇心が尽きない限り続く、新たな探査への意欲を示しています。私たちはきっと、またこの神秘的な世界へと戻っていくことでしょう。カッシーニの思い出を胸に。