多くの予想を覆し(あるいは「期待」かも知れませんでしたが)、アメリカの次期大統領にドナルド・トランプ氏が選出されたというニュース(そしてその衝撃)は、まだ私たちに大きな余韻として残っています。余韻どころか、これから始まるのです。2ヶ月後(2017年1月)に大統領に就任すれば、アメリカの内政、外交、安全保障、その他すべてがどうなっていくのか、まだ見通しがつかないというのが現状です。

見通しがつかないという点でいえば、アメリカの宇宙政策もそうでしょう。今回の大統領選は歴史上まれにみる「個人攻撃ばかりの」選挙だったともいわれていますが、その一方では、クリントン・トランプ両候補者とも宇宙政策についてはあまり語りませんでした。そのため、月・惑星探査分野を含め、宇宙政策全般に関して、今後どのようになるのかという点も不透明です。

この点について、11月14日付の「フォーブス」誌が、アメリカの宇宙政策の究極の目標である有人火星探査に関して、トランプ氏がどのように考えているのかという記事を掲載しています。興味深い内容ですので、紹介いたしましょう。

記事を執筆したのは、科学ジャーナリストのブルース・ドミニー氏です。
以下、氏の記事をもとに、トランプ氏の宇宙政策、さらには有人火星探査へのアプローチを予想してみましょう。

まず氏は、これまでのアメリカ大統領は宇宙開発を必ず政権ビジョンに盛り込んできたものの、結局はその実現に失敗してきていることを指摘しています。このあたりは、例えばブッシュ(子)政権の新宇宙政策とそれの具体化としてのコンステレーション計画(そしてその中止)、あるいはオバマ政権の小惑星有人探査(とその停滞・遅れ)を意味しているものと思われます。

そのうえで、元ペンシルバニア州選出の下院議員で、トランプ氏の選挙キャンペーンにおける上級アドバイザーを務めたロバート・ウォーカー氏の言葉を伝えています。「個々の探査計画の概要については、有人太陽系探査の全体的な目標の中で個別に決められていくことになる。しかし、トランプ政権の長期的な宇宙政策の目標は、人間を(現在の)地球低軌道ではなく、火星以遠へと送ろうというものである。」
「トランプ次期大統領は、宇宙政策を彼の選挙キャンペーン終盤の重要目標に据えており、また次期副大統領のペンス氏も、国家宇宙会議(NSC: National Space Council)の長となることを前提にその役割を果たすことに非常に熱心である。NSCは、宇宙関連の事案をトランプ政権において常に政権の重要議題として設定するのに大きな役割を果たすだろう。」

ここでNSCという言葉が出てきましたが、実はこのシステムは非常に重要です。
アメリカでは、国家の戦略(特に安全保障面での戦略)を練る会議として、同じ略称ですが国家安全保障会議(NSC: National Security Council)があります。一方、宇宙関係でのNSCは、実はブッシュ(親)政権当時の4年間しか設けられていませんでした。当時は議長をクエール副大統領(当時)が務め、ホワイトハウスが直接、宇宙政策を指示する形をとっていました。実際、ブッシュ(親)政権の宇宙政策の意向に反対した当時のトゥルーリーNASA長官は辞任(更迭)され、後任にはその後のNASAの宇宙探査の方向性(火星中心、小型探査の継続的な実施)を掲げたゴールディン長官が就任しています。
このようなホワイトハウス主導を明確にした宇宙政策は、アメリカの1960年代以降の政権では一般的でした。それを遡っていきますと、いわゆる「スプートニク・ショック」(アメリカが人工衛星の打ち上げで旧ソ連に先んじられたこと、及びそれに代表されるアメリカと旧ソ連の科学技術における歴然とした差)に対応するためにアイゼンハワー大統領が設けた国家航空宇宙会議(NASC: National Aeronautics and Space Council)があります。ただ、このNASCはニクソン大統領の時代(2期目)に廃止され、その後の政権(フォード、カーター、レーガン各政権)では、科学技術政策局(OSTP: Office of Science and Technology Policy)が、宇宙政策を科学技術政策の一環として担当していました。
さて、クリントン政権になるとNSCを廃止する代わりにOSTPと国家戦略会議の方のNSCとが連携する方向性になります。さらにブッシュ(子)政権では宇宙政策調整委員会(SPCC: Space Policy Coordination Committee)が国家安全保障会議のNSCやOSTPと連携して宇宙政策を決定、オバマ政権では宇宙関連省庁間政策調整委員会(SPIC: Space Interagency Policy Committee)により、各省庁間での調整をホワイトハウスが果たす形で、若干ホワイトハウスは引いた形になっています。
ロバート・ウォーカー氏がNSC(国家宇宙会議)という名前を出してきたということは、ブッシュ(親)政権当時と同様、ホワイトハウスが強力な主導権を持って国家の宇宙政策を決定していくということを示唆しているものと思われます。そしてこのブッシュ(親)政権は、アメリカの現在の宇宙政策の究極の目標としての有人火星探査をはじめて打ち出した「宇宙探査構想」(SEI: Space Exploration Initiative)を掲げた政権です。
ことによると、トランプ政権はこのような強力な権限のもとに、ホワイトハウス主導でアメリカの宇宙政策を再構築していくという可能性が考えられます。

さて記事に戻りましょう。記事ではさらに、ウォーカー氏が唱える、トランプ次期政権における宇宙政策の目標について掲げられています。

  • 今世紀末を目標とした太陽系内の有人探査を目標とした、有人飛行技術の開発の開始、及び具体的な目標設定。
  • 深宇宙探査に関連したNASA予算の見直し(原語ではre-direction)。
  • 超音速飛行技術の確立に向けた技術開発への積極的な展開。
  • 国際宇宙ステーション(ISS)の2028年以降の存続へ向けた協議の開始。

この段階では、まだトランプ次期政権の方向性は非常に漠然としたもののように感じられますが、それでも重要政策になりそうなものの種はみえているように思えます。キーワードとしては「太陽系有人探査」「深宇宙探査(の促進)」「超音速飛行技術」「国際宇宙ステーション」かと思います。
国際宇宙ステーションは現在2024年までの存続が決定していますが、それ以降については未定となっています。アメリカ主導でこの国際宇宙ステーションを存続させるという動きは、近年宇宙ステーション「天宮」の構築などで宇宙への存在感をみせている中国を牽制するものと考えられます。
深宇宙探査は、その前にある(非常に長期的な)太陽系への有人探査を意図しているのではないでしょうか。
編集長(寺薗)は、この「太陽系有人探査」の目標地点は具体的には木星の衛星エウロパ、あるいは土星の衛星エンケラドゥス(あるいはその両方)ではないかと思っています。両者ともに水、あるいは海の存在が知られ、生命を擁するのではないかという期待が持たれている天体です。
従って、「アメリカを再び偉大な国へ」(Make America Great Again)をモットーとしてきたトランプ氏としては、偉大なるアメリカの次の目標として、ちょうどブッシュ(親)政権が有人火星探査という非常に大きな目標(当時としては)を掲げ、それが現在も続いていることを念頭に、さらにその先の木星・土星圏への有人飛行をさらなる究極の目標として設定、そのための探査を実施していくことを考えているのではないかと思われます。さらには、NASAをそのような探査を実施するための組織として再編・再整備していく可能性が考えられます。
もしそうだとすると、現在のオバマ政権が小惑星という「近い」目標を設定してきたのに対し、非常に遠大な構想をぶつことになる可能性が高いかと思われます。

さらに記事では、トランプ次期政権が宇宙開発を政権の重要目標に据えるかどうかについて、ウォーカー氏の次のような言葉を引用しています。
「トランプ政権の宇宙政策では、軍事衛星の強化による宇宙における軍事的な弱点の解消を優先課題として掲げる。具体的には複数の人工衛星(軍事衛星)からなる衛星群(コンステレーション)による機能強化、さらにはその衛星群に対する補給、サービス提供などの機能の強化が挙げられる。」
実際NASAは人工衛星に「給油」する実験を行う衛星の打ち上げを行っていますので、こういった機能強化はすぐにでも実現する、あるいは重要施策として実現へ向かう方向にあると思われます。
さらに、ウォーカー氏が先日カリフォルニア州立大学アーバイン校のピーター・ナバロ教授(彼もトランプ次期政権の宇宙政策アドバイザーです)とスペース・ニューズ誌に共同執筆した記事を挙げ、「中国とロシアが現在、宇宙における軍事目的の活動を強化している。中国とロシアの目標は、ペンタゴン(アメリカ国防総省)がすでに指摘しているように、宇宙空間においてアメリカの目となり耳となっている軍事衛星の機能提供能力低減、低下、混乱、中断さらには破壊(原文では”deny, degrade, deceive, disrupt or destroy)である。」と述べており、宇宙空間におけるアメリカの軍事プレゼンス強化、さらには中国やロシアに対抗する意図を明白に述べています。

一方、近年盛んになっている民間の宇宙開発についてはどうでしょうか。
こちらについては、ウォーカー氏もナバロ教授も、NASAについてはまずは地球周辺よりも深宇宙探査に注力すべきと述べており、これは上記の方針、予想とも一致します。つまり、地球低軌道領域は「民間に任せよ」というポリシーは続くと思われます。彼らは上記記事の中で「太陽系全体の有人探査を今世紀中に実現させるという目標にNASAが注力していくべきである」と述べています。

また、2035年までに有人火星探査を実現させるためには官民の強力なパートナーシップが必要とも両氏は述べています。そのためには「20世紀の枠組みのままとなっている古い管理体制、宇宙構造体、契約手法に縛られていては、21世紀のアポロ計画とも呼ぶべきこの探査を行うことはできない。」と述べています。この「宇宙構造体」(operational structure)が実物のものを指すのか、あるいは枠組みなども含めたより包括的なものを指すのかは不明ですが、私の頭の中にふと浮かんだのは国際宇宙ステーションです。
先ほど次期トランプ政権の目標として、国際宇宙ステーションを2028年まで延長運用することが挙げられていましたが、その時点で国家として地球低軌道に関与することをやめ、あとは民間企業に任せていく可能性が考えられます。そのための法整備や国際協力の強化などが次期トランプ政権で行われるのではないでしょうか。
また、民間と国とのパートナーシップにおいては、重複した部分の徹底的な排除や、オープンアクセス化(企業が独占するのではなく、互いの持ち物…例えば打ち上げロケットなどを利用しあうといったことによって、費用低減と総合的な競争力強化を目指す)ことを考えているようです。

以上が記事の内容です。もちろん、まだトランプ次期政権は始動していませんし、その後実際に政権についてからまた別の動きが出てくるかもしれません。さらに、宇宙以外の内政などの問題によって政権がもたついたりすれば、宇宙政策が後回しにされる可能性もあります。
しかし、この記事が全体的に見せているトーンとしては、トランプ次期政権は非常にアグレッシブに宇宙政策に関わり、太陽系有人探査という新たなる目標を設定し、それをアメリカが主導していくという方向性で国家宇宙政策を再編していくということがみえてきます。これはこの月探査情報ステーションが範躊とする月・惑星探査分野においても非常に重要なポイントになってきます。

来年以降のトランプ政権において、このような政策が(あるいはこれではない政策が)どのように打ち出されていくのか、月探査情報ステーションでもしっかりとお伝えし、分析していきたいと思います。

[参考資料] 渡邉浩崇(大阪大学大学院法学研究科)、米国の宇宙政策体制について、内閣府宇宙政策委員会 調査分析部会(第2回)資料、2013年4月25日、[PDF] http://www8.cao.go.jp/space/comittee/tyousa-dai2/siryou4.pdf