アメリカが手を引いてしまった火星探査計画「エクソマーズ」ですが、これにロシアの手が伸びようとしています(決して悪いことではないのですが)。このほど(4月6日に)行われたヨーロッパ宇宙機関(ESA)とロシア連邦宇宙局との会議では、この話題も議論になった模様です。
ロシアとしては、フォボス・グルントで地に堕ちてしまった月・惑星探査計画、さらには自国の宇宙計画への信用を取り戻すことができますし、ヨーロッパはその際に自然なパートナーだということもできます。ただ、計画が本格化するかどうかは今後の議論次第です。この記事は「ボイス・オブ・ロシア」(ロシアの声)経由でMarsdaily.comが伝えています。
この6日に行われた会議では、ESAのジャック・ドルダン長官とロシア連邦宇宙局のウラジミール・ポポフキン長官同士のトップ会談も行われました。会談の詳細な内容については公開されていませんが、ロシア連邦宇宙局の当局者によると、将来的にロシアがエクソマーズ計画に参画するための協定についてが、最も重要な内容だったとのことです。
エクソマーズ計画は、当初はアメリカ(NASA)とヨーロッパとの共同火星探査計画として始まりました。しかし昨年になって、アメリカが探査計画から撤退することになり、計画は中に浮いてしまいました。打ち上げロケットや科学探査機器などの多くがまだ決まっていない状態です。
NASAは現在、新たな火星探査戦略を練り直していると言明しています。エクソマーズ計画は、集会機とローバーを火星に送り込み、生命の痕跡を探すということを目的としていましたが、NASAの撤退を受けて、ESAはロシアに目を向けた、というわけです。
ロシアは一方で、20年ぶりともいえる火星探査機フォボス・グルントを、地球周回軌道から脱出させることができないまま失うという大きな痛手を被ったばかりです。今回のエクソマーズ計画へのロシアの参画をロシア連邦宇宙局が決めたというタイミングは、実際、ロシアが既存の宇宙計画をすべて再検討しているタイミングの中での出来事です。
ロシア科学界は、今年1月にフォボス・グルントが失敗に終わったあと、同様の計画を再度実施すべきと声明を発表していましたが、これは、太陽系小天体からのサンプルリターンがこれまで世界のどの国も成功どころか提案さえしていないということとも関係しています(編集長注: この記事ではこう書いてありますが、「はやぶさ」については間違いなく太陽系小天体からのサンプルリターンを成功させていますから、記事の肩を持つならば「かなり大量の物質を、地球から遠いところ…火星や小惑星帯などからサンプルリターンさせる」という意味で捉えるのが適切であると考えられます)。
仮にその「フォボス・グルント2」が成功したとすれば、ロシアの科学技術における名声は長期にわたって確固たるものとなるでしょう。さらに、フォボスのような始原天体(おそらくそうでしょうけど)からの試料は太陽系の誕生と進化を探る上で貴重なサンプルとなるでしょうから、科学界にとっても大きな仕事が生まれます。
一方で、ロシアの月・惑星科学分野については、長年の探査の欠如によって大きく立ち遅れています。実際、最後に成功したロシアの月・惑星探査計画は、なんと1982年(30年前!)の金星探査、ベネラ14号にまでさかのぼらなくてはなりません。
さらに大きいのが資金の問題です。フォボス・グルント計画に使われた予算は50億ルーブル(約134億円)と言われています。すでに多くの機器は開発済みですから、2号機はこれよりは安く開発できるとは思われますが、ロシアの宇宙予算からするとそれでも多額になることは間違いなく、さらに、ロシアがエクソマーズ計画に参加するとなれば、火星探査全体の予算がより膨らむことになるでしょう。
このあたりの議論は、最近のポポフキン長官の声明にも詳しく述べられていますが、長官自身が、フォボス・グルント計画承認の前に、その科学的重要性をアピールしていた人物でもあります。
ロシア科学アカデミーに属する宇宙科学研究所の長官で、フォボス・グルント探査機の科学機器開発の多くに関わってきたレフ・ゼレニー長官は、2号機が打ち上がるまでには長い時間はかかるだろうが、その科学的な意義が消え去ることはないと述べています。
ヨーロッパもロシアも、現在に至るまで、火星着陸探査を成功させたことがありません。したがって、両国にとって、周回機とローバーを組み合わせた火星探査は、科学的、あるいは技術的目標として掲げやすいということはあります。(編集長注: ヨーロッパはマーズ・エクスプレス探査機に着陸機「ビーグル2」を搭載していましたが、着陸途上で行方不明となりました。ロシアはフォボス・グルントのほか、80年代末の「フォボス」探査機2機、90年代なかばの「マルス96」と連続して着陸機を送り込むことに失敗しています)。
ロシア連邦宇宙局の当局者によると、もしロシアの計画参加に合意することができれば、ロシアとしては打ち上げロケットとしてプロトンロケットを提供し、さらに本来アメリカが提供するはずだった科学機器を提供し、ロシアの科学界にも寄与したい考えとのことです。さらに、探査で得られたデータは、ヨーロッパとロシア双方が権利を持つことにしたいようです。
実際惑星探査は当事者が多いだけに、こういったことはなかなか表に出にくい面もあります。ロシア連邦宇宙局の前長官であるユーリ・コプテフ氏は、現在ロシアの宇宙探査計画策定に関わっていますが、インタビューの中で、国際協力の妥当性について触れており、その中でエクソマーズ計画についても言及しています。
このロシアの宇宙探査戦略については、ロシアがどのような宇宙計画を必要としているのか、という点について激しい議論を引き起こしています。ロシアが今後も有人宇宙開発を正面に据えるのか、はたまたより利用面に特化した方向に進むのか。ポポフキン長官による最近の声明をみると、後者に進みそうな方向のようです。
また長官は、ロシアの宇宙コミュニティの一部からの声にショックを受けているようです。彼らによれば、単に「宇宙クラブ」のトップにいたいがために、宇宙開発の全ての領域に資金を投入することはやめるべきだというのです。長官によれば、GDPに占める宇宙予算の比率はアメリカのそれを依然として上回っているとのことですが、ロシア自身、解決すべきことは山ほどあるのです。
当事者の多くは長官の言に同意しないとは思われますが、火星探査をヨーロッパと共同で進めるという道筋はいちばん自然なものでもあり、宇宙探査という面からみても十分野心的といえるでしょう。
・Marsdaily.comの記事 (英語)
http://www.marsdaily.com/reports/Russia_and_Europe_give_boost_to_Mars_robotic_mission_999.html