spacedaily.comがRIAノーボスチ通信の記事を引用して伝えるところによりますと、先頃失敗して太平洋に墜落したとみられるロシアの火星探査機、フォボスグルントについて、その失敗の原因が搭載コンピューターの不良による可能性が高いとのことです。ロシア宇宙局が31日に発表した内容によりますと、主な原因は搭載コンピューターのソフトウェアの欠陥とみられるとのことですが、まだ確実なことはわかっていません。現在、製造会社なども交えた原因追及が進められています。
ロシアの新聞コメルサントは、火曜日の記事で、製造会社の話として、フォボスグルントの失敗の原因は、搭載コンピューターのプログラムの欠陥が原因であると報じました。
これに対し、同日午後行われたロシア宇宙局のポポフキン長官の会見では、さらにいくつかの事実が付け加えられました。まず、「2セットのコンピューターが再起動し、その後コンピューターは電力低減状態、及びコマンド待機状態になった」とのことです。これは、先のコメルサント紙の記事の内容とも一致しています。さらに朝刊は、調査委員会の話として、コンピューターの誤動作の原因は、何らかの電気を帯びた重粒子によるものではないかと述べています。
その上で、長官は、おそらく偽物の電子回路が組み込まれていたのではないかとしています。この回路は、これまで使われてきた200ナノメートルプロセスの電子回路に代わり、90ナノメートルの回路を採用するために輸入されたものだとのことです。
つまり、長官の発言をまとめると…フォボスグルントの故障の原因は、内蔵コンピューター回路の欠陥であり、その欠陥を外部からの粒子、おそらくは宇宙線に直撃されたことが主因である、ということです。
しかし、なぜそれほどまでに貧弱な電子回路が使われていたのかについてはまだ調査の余地があります。そもそもこの長官の言明についても、これまでの証言などと一致していない部分もあり、また専門家からは多くの批判が寄せられてはいます。
一応それでもこの長官の発言内容が正しいとして、そうすると今回の失敗の原因は、宇宙用に耐放射線能力を強化した電子部品ではなく、民生品(編集長注=宇宙用に特別に開発された部品に対して、私たちがふだん使っている製品を宇宙機に搭載する場合、それを民生品と呼びます)を使用したことが原因であるということです。また、長官の言明の中にあった「偽物の」という部分も重要な鍵となる可能性があります。
もし今回の失敗が探査機の設計面にあるのだとしたら、最終的には刑事訴追の可能性も出てきます。一方、部品の欠陥に起因する場合には、その影響はもっと限定的で、何人かの責任者の更迭ということになるでしょう。新規製作された搭載システムが、十分な試験を経ていなかった、ということは多くの人が認識しているところです。
どちらにせよ最終的には、より厳密な調査手法がとられて、ブラバミサイルの例でとられたような措置が実施されるものと思われます。
しかし、このフォボスグルントについては実に多くの話が飛び交っています。最初はイズベスチア紙のインタビューです。ここで、ポポフキン長官は、ここ何回かのロシア宇宙機の失敗について、すべてがロシア追跡局の通信範囲外で起きていることから、何らかの外部勢力の干渉の可能性を示唆しました。
そして、メディアが委員会に近い筋からの情報をリーク。ここでは、アメリカのレーダー電波との干渉の可能性が指摘されていました。最終的に、調査委員会の委員長であるユーリ・コプテフ氏が、その可能性について試験を行う可能性を認めました。ロゴジン副首相は両者の可能性を排除していません。敵はどこにでもいるということでしょうか。
ここ数日、報道はさらに推測…というよりは想像力たくましい空想に近い話にまで発展してきています。その半分くらいはとてもではないが信頼できない話ではありますが、残り半分はというと、ありとあらゆる可能性について必死になって探り出し、外部要因について推測したものです。
中には、アラスカにある電離層研究施設、ハープ(HAARP)が原因だとする説まで流れました(編集長注=HAARPは、アラスカ大学などが米軍との協力で運営している電離層観測施設です。いわゆる「陰謀論」の世界では、ここが発する電波によって飛行機の墜落から地震までが起きるとされていますが、もはやそれは「トンデモ」の世界です)。
しかし、HAARPはともかくとして、アメリカのレーダーの影響としても、やはり考えにくいことではあります。専門家による計算で、すぐにその点についてはあきらかとなりました。そもそもレーダーの電波は方向が絞られており、また出力も衛星に影響を与えるほどではありません。
このような結果が出たことから、ロゴジン副首相もトーンダウンを余儀なくされました。最後には彼自身のツイッターへの書き込みで、「火星人とその巧妙なやり口により、」探査機が失敗したのだと、皮肉混じりに述べるに至りました。
さらには、太陽活動の影響による「プラズマ雲」までが失敗の原因として取りざたされましたが、電離層の専門家はその可能性を一蹴しています。
今のところは、先ほど述べた「偽物回路」に起因する搭載コンピューターの欠陥、そしてそれをたまたま直撃した放射線の問題という説が強そうですが、当然のことながら製造会社などはそれを否定しています。
フォボスグルント自身、その計画開始から打ち上げまでに紆余曲折がありました。そもそも探査機の製造は2006年になってからスピードアップされ(編集長注=この年、ロシアと中国で宇宙開発に関する相互協定が結ばれ、中国の火星探査機をロシアのロケットで打ち上げることが決まりました)、2009年に打ち上げられる予定ではありましたが、それが延期され、2011年打ち上げまでもつれ込んでいるのです。
この2年の打ち上げ延期についての公式説明は、フォボスグルント探査機に搭載される土壌採取用の装置が完全ではなかったため、とされています。しかし、実際のところは、探査機は(2009年の時点で)打ち上げできる状態にはほど遠く、搭載コンピューターや地上の管制システムなどは非常に大きな問題を抱えていたとされています。
2011年にかけても、いくつかの内部情報により、11月の打ち上げには間に合わないのではないかという話が漏れ伝わってきていました。ポポフキン長官も打ち上げ後、この点については間接的ながら認めており、「リスクはどんなことにも必ずあるものだが、それを上回る利益が存在する」と述べています。
実際のところ、今回の問題の背景にあるのは、ロシアの宇宙産業、あるいは宇宙開発全体にわたる問題点といえましょう。決して火星人やアメリカのせいではなく、内部の問題だということです。今回の事故により、ロシアの宇宙産業は深刻な打撃を被ることになるでしょう。それは携わる個人の問題、そして頻繁かつ無秩序に変更される宇宙開発のポリシーにも起因するものでしょう。このような問題を解決するためにはやはり、内部からの改革しかないということです。
たとえ太平洋の海底から50億ルーブル(日本円で約125億円)の探査機を回収し、内蔵されている電子回路を調べたとしても、それはロシアが今後とも宇宙開発の覇権を握るにはあまりにも高い代償ということになるでしょう。
・marsdaily.comの記事 (英語)
  http://www.spacedaily.com/reports/The_Phobos_Crash_Was_Preprogrammed_999.html
・フォボスグルント/蛍火1号 (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/future.html#PHOBOSSOIL