打ち上げ直後から通信が途絶し、地球周回軌道上で事実上行方不明になっているロシアの火星探査機、フォボスグルントですが、アメリカの有力紙ワシントンポストが、探査機の部品変更が異常につながったとの記事を掲載しています。
この記事によると、ロシアの科学者たちは探査機の復帰をほぼ絶望的とみている模様です。
12月10日には、探査機の地球落下に備え、ロシア連邦宇宙局と国防軍とが合同のタスクチームを立ち上げました。このことは、宇宙局自身が既に探査機の復活をあきらめ、来るべき地球落下へと舵を切ったことを示すものであると、RussianSpaceWeb.comの編集長であり、ロシア宇宙開発評論家であるアナトニー・ザク氏は述べています。
また、2度にわたり短時間ではあっても通信に成功したヨーロッパ宇宙機関(ESA)は、公式に観測を呼びかけています。
一方で、ロシアでもトップの科学者が、この8日に、今回の事態を謝罪する公開書簡を発表しています。
ロシア宇宙科学研究所のレフ・ゼレニェイ氏は、「打ち上げからみな不眠不休で働いているにもかかわらず、一向に満足すべき成果が得られていない。一方で私たちは、(来るべき)地球落下、及び破片の落下地点予測にも取り組んでいる」と語っています。なお、ロシア宇宙科学研究所は、このフォボスグルントのサイエンス側の主導者でもあり、ロシア科学アカデミーの一員でもあります。
また、ゼレニェイ氏は、探査機の機器には、ごく少量(数マイクログラム)の放射性同位体、コバルト57が搭載されているが、(地球落下の場合でも)危険はないと述べています。
宇宙開発評論家のジェームズ・オバーグ氏は、「惑星探査に復帰するというのは、ロシアにとって情熱を傾けるべきものでもあり、またある種執念でもあった。既にロシアが惑星探査に成功したのは25年も前である」と述べています(編集長注: ハレー彗星探査を行ったロシアの探査機「ベガ」が最後のロシアの成功した惑星探査となっています)。
一方、探査機との交信ができないことから、故障の解析についてもよい成果は得られていません。
アナトニー・ザク氏は、探査機を設計したNPOラボフーキンの情報をもとに、打ち上げ直前、バイコヌール宇宙基地で急遽行われた探査機の電気システムの交換が今回のトラブルの原因ではないかと述べています。
「バイコヌール宇宙基地で、打ち上げ数週間前に深刻なケーブル接続の問題がみつかった。本来は離れているべきケーブルが、しっかりと結びついているのがみつかった。そのため、それらを切断すると共に、ケーブルの向きを変更する作業を行わねばならなくなった。探査機は既に(揮発性の高い燃料である)ヒドラジンが充填されていたにもかかわらず、技術者がはんだを使ってケーブルの再接続を行わなければならなかった。」
また、ロシア宇宙開発の評論家は、今回の探査はそもそも「失敗に向けて動いていた」と述べています。
ザク氏は、「このミッションは必要以上に野心的すぎ、あまりにも多くの機器を詰め込みすぎ、管理も行き届いていなかった。そして最後に、中国の探査機が加わることになった(編集長注: 蛍火1号)。そのために探査機は1から設計をやり直す必要が生じた。さらに重くなり、さらに制御しづらくなったのだ。」
アメリカ惑星協会(The Planetary Society)元理事長のルイ・フリードマン氏は、探査機は常に「その場しのぎ」のやり方で組み立てられていたと述べています。設計の最後の段階にあって新たな機器が付け加えられたということです。なお、惑星協会は、このフォボスグルントに小規模の機器を提供しています。
このような追加の機器を探査機に乗せて飛ばすために、ロシアの技術者たちが取った手段は極めてお手軽かつ安価なものでした…探査機にドーナツ型の追加タンクを追加したのです。
「全体を再設計するのではなく、彼らの問題解決方法はまさにロシア的で、探査機にちょっとタンクをくっつけただけだった。」(オバーグ氏)
今回、地球周回軌道から離脱するためのエンジンが点火しなかったことがそもそもの問題だったわけですが、その燃料を供給するタンクはこのような形で追加されたわけです。
フリードマン氏は、最近のSpace Review氏への投稿の中で、今回の事態は、宇宙開発におけるロシアのずさんな管理体制が原因であると述べています。
この記事の中では、ロシア宇宙局は、これだけの探査であるにもかかわらず、地上との通信局をたった1箇所しか用意していなかったことに触れています。探査機に異常が発生したとき、ロシアは急遽ESAやNASAへあとから連絡をしなければならなかったのです。
また、ここ10〜20年ほどの間、ロシアの宇宙産業は深刻な「頭脳流出」に見舞われていると、ザク氏は述べています。低い給料、そして新しいミッションの機会に恵まれないこともあって、多くの技術者がロシアを見捨て、アメリカやヨーロッパへと移っているということです。
「ロシアで働いている技術者は70歳代、その次は25歳くらい。深刻な世代ギャップ、世代の欠如が発生している。」(ザク氏)
ロイターによると、ロシアの宇宙産業で働いている人の数は約25万人ですが、その90パーセントが60歳以上、または30歳以下だということです。
それでも、ロシアの火星行きのチャンスはまだ残されています。次の機会は2016年。ESAとNASAが火星大気を観測する探査機を打ち上げる計画を立ててはいますが、肝心な打ち上げロケットのめどが立っていないのです。ロシアはそこに参入するチャンスがあります。
7日にパリで開催された会議では、ロシア宇宙局がロケットを提供することで合意したと、ESAのフランコ・ボナシーナ氏は語っています。
「そうすればロシアは大きな発言権を得るだろう。ロケットがなければ、探査は紙の家のようにもろくも崩れ去るからだ。」(ザク氏)
・ワシントンポスト紙の記事 (英語)
  http://www.washingtonpost.com/national/health-science/russia-gives-up-on-failed-mars-probe-braces-for-crash-landing-next-month/2011/12/10/gIQANaQalO_story.html
・フォボスグルント/蛍火1号 (月探査情報ステーション)
  https://moonstation.jp/ja/mars/exploration/future.html#PHOBOSSOIL